EP 13
氷火の魔導杯と、後方支援の乾杯
冒険者ギルドでの会談を終えた後、アズマたちはガストンの案内で、城塞都市の一角にある高級異世界料理店へと足を運んだ。
軍閥司令官の行きつけというだけあって、重厚な木目調の店内は落ち着いた雰囲気が漂い、奥の広々とした個室が用意されていた。ガストンが「今日はお前たちの事業結成と、護衛契約の祝いだ。俺の奢りだから遠慮せず食え」と豪快に笑ったことで、一行のテンションは一気に最高潮に達した。
「すごい……! こんな綺麗なお店、帝都にいた頃でも入ったことありませんわ!」
リーザが目を輝かせて周囲を見回す。彼女の小豆色のジャージ姿は明らかに浮いていたが、ガストンと同席しているため、店員も失礼のないよう丁寧に対応している。
やがて、テーブルの上に次々と豪勢な料理が運ばれてきた。
まず目を引いたのは、大皿に乗せられた『ピラダイの炭火丸焼き』だ。
体長五十センチほどの肉食魚だが、粗塩を振って炭火で豪快に焼き上げられたその姿からは、香ばしい皮の匂いが立ち上っている。箸を模した木製の食器で身をほぐすと、パリッという音とともに、真っ白でプリプリとした身が湯気を上げて姿を現した。
「いただきます」
アズマが一口口に運ぶと、その味に目を見張った。
(……美味い! 真鯛以上の弾力に、上品な脂の甘みと強い旨味が凝縮されてる!)
醤油のような調味料が少し垂らされており、それがさらに魚の旨味を引き立てていた。前世の居酒屋で食べたどんな高級魚にも引けを取らない絶品だ。
「こっちのお肉も最高ですのーっ!」
隣では、リーザが『シープピッグの極上霜降り肉のロースト』を頬張り、感動のあまり涙ぐんでいた。羊毛のような巻き毛を持つ豚型魔獣の肉は、豚肉特有のジューシーな甘みと、羊肉の深いコクを併せ持っている。口の中でとろけるような柔らかさに、リーザは「生きてて良かったですわ……!」と天を仰いだ。
「ほらリーザちゃん、こっちの月見大根の煮物も美味しいわよ。アズマさんも、もっと食べてくださいね!」
キャルルが甲斐甲斐しく、アズマとリーザの皿に料理を取り分けてくれる。うさぎ耳を揺らしながら笑顔で世話を焼く姿は、まるで頼れるお姉さんのようだ。
美味しい食事を前に、アズマの心からこれまでの疲労と緊張が少しずつ溶けていくのを感じた。
「さて、腹も落ち着いてきたところで、これからの話だ」
ガストンが氷の浮かんだ琥珀色の酒が入ったグラスを傾けながら、口を開いた。
「俺の後ろ盾と、ニャングルの商会ルート。そしてキャルルという優秀な護衛。基盤は整ったが、アズマ、お前自身の立ち回りはどうするつもりだ?」
「はい、それなんですが……」
アズマは背筋を伸ばし、キャルルとリーザに向き直った。
「俺には、魔獣と正面から戦う力はありません。キャルルさんのように凄まじい蹴り技があるわけでも、リーザのように歌で人を癒やし鼓舞する力があるわけでもない」
「アズマ様……」
「だから、俺は徹底して『後方支援』に回ります。俺が持つ【生活改善カタログ】で、二人が最大限の力を発揮できるような道具を揃え、戦術を組み立て、休むための拠点環境を整える。それが、俺にできる最大の貢献です」
前職のホームセンターで学んだこと。それは、現場の職人が最高の仕事をするためには、適切な資材の調達と段取り、そして休憩環境の整備が何より重要だということだった。
アズマの言葉に、キャルルは真剣な眼差しで頷いた。
「分かりました。アズマさんが前衛を張らなくていいように、私が絶対に守り抜きます。……でも、基礎体力のスパルタ訓練は免除しませんからね?」
「うっ……お手柔らかにお願いします」
「私も、アズマ様のサポートで最高のアイドルを目指しますわ!」
三人の間で、明確なチームの方針が固まった。
その時、ガストンが手元のグラスを見て、チッと舌打ちをした。
「ちぃっ。話をしている間に、酒の氷が溶けて薄まっちまった。冷たい果実水も、すぐにぬるくなってしまうのが難点だな。氷魔法が使える魔導士がいれば冷やし直せるんだが」
異世界では冷蔵・保冷技術は魔導具に頼るしかなく、氷を維持するのは贅沢なことだった。
(……保冷、か。それなら、あれが役に立つな)
アズマは脳内のカタログを開き、1CPを消費した。残高は50,031CPだ。
虚空から取り出したのは、金属光沢を放つ三つのコップだった。
「これを使ってください。氷と飲み物を、この『真空断熱ステンレスマグ』に移し替えるんです」
「なんだこれは? ただの鉄の杯に見えるが……」
ガストンがいぶかしげに自分の酒と氷をマグに移し替える。リーザとキャルルも、自分たちの冷えた果実水をマグに注いだ。
「えっ……持っても全然冷たくないですわ!?」
リーザがマグを両手で持ち、驚きの声を上げた。
「本当だ。中には氷がたっぷり入っているのに、外側は室温のままね。それに、グラスの外側に水滴(結露)が全くつかないわ」
キャルルも不思議そうにマグの側面を撫でる。
「これは、ステンレスの壁が二重構造になっていて、その間が『真空』になっているんです。真空状態では熱を伝える空気が存在しないため、中の冷たさが外に逃げず、外の熱も中に入りません。だから氷は長時間溶けないし、結露もしないんです」
数十分後。
ガストンがマグの中を覗き込み、愕然とした表情を浮かべた。
「……信じられん。普通のグラスならとうに氷が溶けきっている時間だというのに、氷が角を保ったまま、全く溶けていないだと……!」
「冷たいままじゃありません。温かいスープやコーヒーを入れれば、ずっと熱々のまま保温してくれますよ」
「熱を完全に遮断する、氷火の魔導杯……。アズマ、お前の力は本当に底知れんな。戦場で兵士に冷たい水や温かい汁を提供できれば、士気は飛躍的に向上する。やはりお前は、最高の戦術兵器だ」
ガストンが感嘆の息を漏らす。
冷たい果実水で喉を潤し、美味しい料理に舌鼓を打つ。
心を開ける仲間たちと囲む食卓の温かさが、アズマの心を満たしていった。
『ピンポンパンポーン♪ 美味しい食事と仲間への温かい気配りによる善行ボーナスで、5CPを獲得しました! なお、ルチアナ様はクレジットカードを止められ、推しのライブDVDが買えずに現在枕を濡らしながら不貞寝中でーす♪』
(神様がとうとう金融ブラックに……!)
脳内で響くポンコツ女神の悲惨なシステム音声に、アズマは思わず噴き出しそうになった。
そんな彼を見て、キャルルとリーザも釣られたように笑い出す。
「それじゃあ、改めて。俺たちの事業結成と、これからの護衛契約に」
アズマがステンレスマグを掲げる。
「私たちの明るい未来に!」
「アズマ様との永遠の絆にですわ!」
「……ふっ、お前たちの武運を祈って」
カィン、と金属の心地よい音が個室に響く。
後方支援の元便利屋、極貧アイドル、そして月兎族の鬼教官村長。
凸凹な三人の絆が確かな形を結び、成り上がりの物語が本格的に動き出した、忘れられない夜の宴となるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




