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僕の目指すもの

内覧会の帰り道、僕は父に手を引かれながら、さっき見たものと、父に聞いた話を頭の中で整理することにした。

まず、土地を更地にするのは領主の手にかかればほぼ一瞬で終わる。

新しい建物はある程度完成したものが設置されて、設置後の細かい修正を職人たちが総出で行う。

あのような巨大なものを領主がどう扱っているのかはよく分からないが、僕が柱を切りだすことができたらそれを領主に依頼しておいてもらうことはできるのだろうかという疑問が浮かび、早速聞いてみた。


「僕が作ったものを領主様に設置してもらうことはできるの?」

「……そんな話は聞いたことないな。できるかもしれないが……だが一歩間違えれば家が潰れかねない。だから職人がいるんだ」

「家が潰れる?」

「ああ。ちゃんと重さや長さが適しているものをお願いしなければ、設置された家そのものが壊れるし、大きさを間違えて周辺の家にまで被害を与えたら大変なことになるからな」


詳しく聞いてみると、領主や職人に新築の住宅を依頼すると技術料が高い。

だが領主や職人に頼む方が失敗した際の保証もあり、安全に早く終わらせることができるため、依頼をするのが一般的だという。

仮に個人で家を建てるならば、材料以外にお金はかからないが、現物を作る必要がある。

パーツだけを作成して設置してもらうにしても、パーツ作りに関しては個人の技量が問われる。

新しい家であろうと、パーツだけであろうと、領主に設置を頼めば材料費だけなので安く済むということらしい。

その場に建てるのと、領主に設置を依頼することの違いはよくわからないが、分からないことは考えても仕方がない。



しかし、この貧困地域にそんなお金をかけられる人はいない。

それに家は今にも壊れそうなボロ屋だ。

別に大事なものさえ失わなければ、家自体、壊れてもなんとも思わない。

だが、自宅を補強したり、建て直したりするのに、他人の家を巻き込むわけにはいかない。

正確に長さを測ることさえできれば、少なくとも周囲の家を巻き込むようなことにはならないはずなのだが、そういった細かいことは職人任せなのだろう。

考えてみれば、重さや長さを測るようなものの存在を確認できていない。

少なくともこの世界に生まれてそのような道具を見たことも使ったこともない。

だから僕が壁や屋根を補強しようと作っていた素材も、一度大きめに作ったものを切り落としてサイズを合わせている。

最初からぴったりサイズのものを作っているわけではない。

もしかしたらこの世界にも長さや重さの単位というのは存在していて、それを測定する道具などもあるのかもしれないが、それは職人や領主様と呼ばれる人しか使っていないのかもしれない。

そしてこの世界で正確な寸法でものを作ったり、敷地からずれることなく家を設置したりする、それが領主に必要な資質だという。


「……領主様ってすごいんだね」


僕がぽつりと言うと、父は領主選挙のことを話し始めた。


「ちなみに領主は一年ごとに入れ替わる。毎年選挙があるんだ」

「選挙?」

「ああ。領主を選ぶ時は、みんなの意見を聞いて決めることになっているんだ。投票といって、やりたいと言っている人の中から、自分がいいと思う人の所に専用の紙を入れるんだ」


領主選挙には専用の投票用紙があり、それで投票を行うらしい。

領主選挙の場合は領主を選ぶだけなので、投票会場で身元の確認などをして投票用紙をもらうわけではなく、直接一人一枚の投票用紙が事前に配布されるそうだ。

そして候補者の名前を書いて投票箱に入れるというわけではなく、候補者を示す投票箱に投票用紙を投函して終わりらしい。


「僕も選べるの?僕は入れたことないよ?」

「ああ。大人になったらな」

「そっか。僕はまだ子供だからダメなんだね」


毎年あるというが、僕は選挙に行ったことはない。

年齢制限があり、成人しなければ投票権がないというのなら子供の僕のところに投票用紙が届かないのは納得できる。

そう思っていたら、どうやらそうではなかったらしい。


「働くようになったらもらえるから安心していいからな」

「年齢じゃないの?」

「ああ。年齢は関係ない。国に申請して何らかの仕事をしている人、したことのある人はみんなもらえるぞ」


国は戸籍などで国民を管理しているわけではないそうだ。

そして国に自分の存在を認知してもらうには、職を得て、仕事をしているということを申請しなければならないのだという。


「じゃあ、僕が明日から働きはじめたら僕にもできるの?」

「そうだけど……まだ働かなくても」


何歳でも仕事さえしていればいいという認識で間違いないらしい。

まだ僕を子供として扱いたいのか父親は僕が仕事に就くことを渋っているが、明日食べる者にも困るような生活をしているのだから、そんな余裕はないはずだ。


「僕も早く一人前になって、父さんや母さんを助けてあげたいよ」


そう言うと、父は顔を歪めた。

家長としては複雑なのだろう。


「そうか……。そんなふうに考えてくれていたのか。お前にそんな言葉を言わせるなんて、親として情けないが、お前ならきっとしっかりしているし、少し早いけど職を探してみるか。何かやりたい仕事はあるか?」


最後は前向きに話を聞いてくれたので僕は思い切って言った。


「僕は職人になりたい。あの家を作ったような人のところで勉強したいんだ」

「……そうか。頑張ってみるけど、職人はすごく人気の高い仕事だから、あまり期待しないでくれよ。普通、仕事はすぐに決まるものではないから、次の選挙は諦めてもらえると……」

「わかった」


とりあえず就職活動はできそうである。

選挙は大人まで待つつもりだったし、毎年あるというのだから選挙権を今すぐもらえなくても問題はない。

僕は素直にうなずいた。


「あと、本当に職人になりたいなら、何度もたくさんの職人のところに足を運ばなきゃならないし、決まった後も研修とか見習いとか呼ばれる期間があって、その間に認められないと、長くそこで働くことはできない。まあ、研修だろうが何だろうが、一度働けば選挙には行けるようになるけどな」

「そうなんだ」


どうやら一度でも採用されて国に仕事をしていると認められれば、研修でも本採用でも関係ないらしい。

もしかしたらそれだけ定職を得るのが難しいということかもしれないが、それでも選挙権が与えられて、周囲には大人として認められるのだから、大事な一歩だろう。


「ちなみに領主は職人経験者ばかりだ。確かにあの技術力がないと勤まらないからな」


領主の大半は職人経験者ということは、倍率も高いに違いない。


「へぇー。じゃあ、領主になりたい人も職人を目指しているんだね」

「ああ、そうだな……」


領主になりたいという人がどのくらいいるのかは分からない。

だが、物作りをしたい人だけではなく、領地のトップに立ちたいと考えている人がこの職業を選択するというのだから、難関だと言われても仕方がないだろう。


「そっか。やっぱりここの職人はすごいんだね。僕も職人を目指して頑張るよ。そして家を自分で建て直せるようになりたい」

「そうか。それは頼もしいな。父さんもお前がいい職人のところで仕事ができるよう応援するな」

「うん!」


こうして僕がこの世界で目指すものは職人に決まった。

小学生くらいの年齢で将来のことを決めるなんて早いとは思うが、将来の目標は早くから持ち、それに向けて努力するのは早くから始めた方がいい。

それはどこの世界でも同じに違いない。

僕は職人になって、僕に家を建てる技術が身についたら、絶対に今の家を近代的なものに建て替えてやろうと密かに誓うのだった。

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