兄貴分からの頼みごと
空から降りてきた新築の家を見ても、僕の生活は変わらない。
目指す方向は見えたけれど、まだ見えただけで行動は何一つできていないのだ。
「なあ、最近、お前ん家、変わったの使って布団干してるんだってな。母ちゃんが羨ましがってんだけど、あれ何だ?」
今日は近所の兄貴分のような子供が僕に話しかけてきた。
皆が聞きたがっていたことを代表して聞きにきたようだ。
「ああ。僕が作ったんだよ」
「すげえな。俺にも作れるかな」
彼は手先が器用だ。
単純作業なので教えたらすぐにできるのではないかと思った。
だが、あまりに単純な作業の繰り返しなので飽きてしまう可能性が高い。
僕はそこに配慮して言った。
「作り方は簡単だからできると思うけど、作るのに何ヶ月もかかったし、根気がいるよ?」
「そうか。できるかわかんねぇけど、作り方だけ教えてくんないかな?あれがあれば、布団を汚すことなく干せるし、洗濯物の乾きもいいって評判になってるらしいんだよ。でも、お前んとこの親は、息子が考えたものだし、作り方はわからないって言っててさ。俺も親孝行したいから、こっそり作って驚かせようかなって」
彼は同じものを作って親孝行をしたいらしい。
確かに僕らでは親にお金で何かを買ってプレゼントをするのは難しい。
親に何かプレゼントを準備することになったら、森で手に入れたものをあげるくらいしかできない。
例えば花を摘んでくる、果物を取ってくるなどだ。
ただ、洗濯物を干す大きさのものを作ってこっそりプレゼントをするというのは不可能に近い。
だから僕は彼に現実を突き付けるしかできない。
「あのさ、こっそりは難しいと思うよ?」
「そうなのか?」
少しがっかりしている彼に、きちんと理由を説明する。
別に意地悪をしたいわけではないし、そう取られてしまったら今後この狭い区画で居心地の悪い思いをしなければならないのは僕だからだ。
「だって、布団を支えるサイズのものだし、さっきも言ったけど作るのに何ヶ月もかかるし、家の隅に積み上げる感じになるから……」
「それは外に隠しておけないかな?」
彼は洞窟で隠れて作ってはどうかと提案をしたが、僕は首を横に振った。
「それだと壊されたりなくなったりするかもしれないよ?獣とかは僕たちじゃどうすることもできないし、軽いうちは鳥に運ばれて巣にされちゃうかもしれない。それに木は濡れて土が付いたら腐ってしまうし、それじゃあ使いものにならなくなっちゃうから」
「それは嫌だな」
僕より森を知っているからすぐに想像できたのだろう。
彼は僕の話に納得してくれた。
「とりあえずさ、作り方は教えるよ。材料は森で集めた枝やツタなんだ。とりあえず森に行ってみる?」
僕が提案すると、彼はおずおずと聞いた。
「あのさ、みんなも呼んでいいかな?」
「みんな?」
「いや、みんな知りたがってんだよ。買わないで作ればいいなら、便利なものなら欲しいしさ……」
案の定、やっぱり皆が知りたがっていた。
彼は代表してきたわけではなさそうだが、一人だけ聞いて抜け駆けしようなどという悪い考えは持っていないらしい。
ただ、そうなると懸念されることがある。
「うん、いいけど……それだと材料が争奪戦にならない?」
「……そっか。材料が足りなくなるのか」
「みんながそんなに必要としているなら、大人に相談してみたらどうなんだろう?果物取りに行くついでに枝も拾うようにして、足りないのを子供だけのときに近くで探す。それなら材料不足は気にしなくてもいいかもしれないし、持ち帰れるだけ持ち帰って、それぞれの家で作ることもできるよね。木を切っちゃいけないって言われてるから、僕はコツコツ落ちてるのを拾い集めて作ったんだけど、拾う場所が変われば手に入れやすくなるはずなんだ」
「じゃあどうしようかな」
皆で作る材料など門の近くですぐに集めることはできない。
僕があまり拾わなくなったとはいえ、皆の分を集められるほど都合よく木もボキボキ折れてはくれないのだ。
「今日は作り方だけ教えるよ。そもそも、材料集めてから、やっぱり作るの無理だったってなったら困るだろうし」
僕がそう言うと彼はぱっと明るい表情になった。
「いいのか?」
「うん。だってみんなは僕に森のことを教えてくれたんだから、僕がみんなに教えられることがあるなら教えるし、困った時は助け合わないと、僕たちは生きていけないでしょう?」
ここでは人と関わりがないと生きるのが難しく、簡単にこの土地から引っ越したりして逃げ出すことなどできないと理解している。
それなら作り方を教えて仲良くやっていくほうがいい。
「そうか。お前、すこいな。俺だったらそんな簡単に、こんなすごいものの作り方を、タダで教えたりしないよ」
彼は自分だったら小遣い稼ぎに使うかななどと言っている。
だが、本当にそう思っているのなら彼が僕に習って、彼が教える時にお金を取ればいいのだ。
わざわざ自分から皆にも教えてあげて欲しいなどと言い出したくらいだから、彼もそれで小遣い稼ぎなどとは考えていないのだろう。
だから僕はそれを別の形で伝えることにした。
「でも、採集日の時に良くしてくれたりしたよね。その後もいろんな場所を教えてくれたし、遊んでくれたし」
「それはさぁ……」
ちょっと恥ずかしそうにしている彼に僕は言った。
「じゃあ、もし今度家で困ることがあったら、その時は助けてよ。これからずっとそうして仲良くやっていけたら、僕は充分なんだ」
「ああ、分かったよ。約束する!」
「皆、これから森に行けるのかな?明日にした方がいい?」
僕は皆に話を伝えるにしても急だし、僕自身は今日でなくてもかまわない。
彼にだけ教えるのなら今からでもと思ったが、仕切り直しが必要だと思ったのだ。
しかし彼は首を横に振った、
僕の気が変わらないうちに教えてほしいと思ったのかもしれない。
「いや、皆、あれの作り方を教えてもらえるって聞いたら他の予定なんてふっ飛ばしてくるよ。俺たちは遊ぶくらいしかしてないからさ。例え親の用事を任されていても、よっぽどのことがない限り来る。だって親が欲しがってるやつを自分で作れるんだぞ?」
「じゃあ、お昼ご飯食べてから門に集合して行こうか。ちょっと教えるのに必要なものがあるから寄りながらになってもいいかな?」
「それくらい、いいに決まってんじゃん」
彼は貴重な簾の作り方を教えてもらえるのだから、ちょっと寄り道をするくらいいいという。
だから僕はお言葉に甘えることにした。
「わかった。じゃあ皆に伝えるのは任せていい?誰が行きたがっているか僕は知らないから……」
「おう、任せておいてくれよ」
彼はそう言い残して僕の前から去って行った。
昼には出発だからと大急ぎで話を伝えに行ったのだろう。
何人来るのか分からないが、一人で簾の作り方を知りたがっている子どものいる家を回るつもりなのだろう。
彼の行動力に僕はただ感心するしかできなかった。




