第五話 バレた正体。公爵の掌が触れた、女の子ではない平坦な胸
よく晴れた午後だった。
旦那様の執務室へ、ティーセットを運んでいる途中だった。
銀のトレイに、ティーポットとカップが二客。廊下の角を曲がろうとした時、不意にバランスを崩す。
受け止めようとした手が、飾り棚の縁に引っかかった。
ぱりん、と音がした。
カップが一つ、床に落ちる。割れはしなかったけれど、縁にひびが入っていた。
そして僕の手の甲には、金具が深く食い込んでいる。
「……あ」
赤が、じわりと滲んでいく。
扉を叩いた。
「失礼いたします、旦那様。お茶をお持ちしました」
「入れ」
ティーセットを置き、カップを並べようとした、その時だった。
手の甲から落ちた赤い雫が、白いテーブルクロスを汚す。
「……っ」
「ラナ」
鋭い声に、肩が震えた。
「その手はどうした」
「大したことは……」
「見せろ」
逆らえず、手を差し出す。
彼は机の引き出しから救急箱を取り出し、僕の前に椅子を引いた。
――公爵が、メイドの手当てをしている。
ありえない光景なのに、この人がやると不思議なくらい自然に見える。
「旦那様、私が自分で……」
「黙っていろ」
春の光が窓から差し込む中、彼の指が傷口を丁寧に消毒していく。
その手つきがあまりにも慎重で、胸の奥が熱くなった。
――なんで、こんな顔をするんだろう。怖い人のはずなのに。
包帯を固定しようとした時だった。
彼の指が、僕の腕の骨格に触れる。
――しまった。
骨ばりすぎている。
さらにその手が、コルセットの下、平坦すぎる胸の境界に触れかけて――セヴェラン様の動きが、ぴたりと止まった。
「…………」
彼は何も言わない。
ただ僕の手首を掴んだまま、じっとこちらを見つめている。
その瞳には、今まで見たことのない、暗く深い何かが渦巻いていた。
――バレた。
全部、バレた。
――終わりだ。
「……お前は、本当に美しい」
え?
「屋敷に来たその日から、どの女よりも私の目を惹いた」
彼の指が、僕の頬をなぞる。
「だが……お前からは、女特有の『いやらしさ』を微塵も感じなかった。媚びも、計算もない。……男だと言われれば、すべてに説明がつく」
怒っていない。
それに気づいた瞬間、かえって全身が震えた。
怒られた方が、まだよかった。
この人は怒るんじゃない。
もっと深いところで、僕に執着している。
「……お前は、ただの、私の所有物だ」
窓の外では、何事もないように春の光が降り注いでいる。
彼はそれ以上、何もしなかった。
静かに立ち上がり、窓の外へ視線を向ける。
「……下がれ」
一拍、置いて。
「……茶は、置いていけ」
所有物。
その言葉が、頭から離れない。
怖いはずなのに。
拒絶したいはずなのに。
それよりも――ここにいていいのだと許された安心の方が、少しだけ大きかった。




