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The Girl in the Blue Dress  作者: Ginger
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第二十五章:蜂蜜色の街と、サプライズな家族ディナー

バース・スパ駅に降り立つと、ロンドンとはまったく違う、穏やかでしっとりとした空気が私を包み込んだ。

せわしない足音も、鳴り響くサイレンもない。

聞こえてくるのは、教会の鐘の音と、石畳の上を歩く観光客の楽しげな話し声だけ。


蜂蜜色の美しい石で造られた建物が、柔らかな陽光を浴びて、優しく輝いている。


(やっぱり、この街は好きだわ)


ロンドンでの生活は刺激的で、それ自体が私のキャリアそのものだ。

けれど時々、この穏やかな街の空気が、どうしようもなく恋しくなる。


実家へ向かう坂道をゆっくりと歩きながら、途中にあるお気に入りのデリカテッセンに立ち寄った。

父が好きなスティルトンチーズと、母が喜びそうな南フランスのロゼワイン。

そして、姪のリリーが好きそうなくまの形をしたショートブレッドを、手土産に選ぶ。


見慣れた緑色の玄関ドアの前に立ち、少しだけ深呼吸。

ドアベルを鳴らすと、数秒後――ガチャリ、と音を立てて、エプロン姿の母が顔を出した。


私の顔を見るなり、母は目をまん丸に見開く。


「エマ!? えっ、どうしたの、こんな平日に!」

「ただいま、ママ。ちょっと休暇が取れたから」

「まあ! まあまあ! 入って、早く入って! 仕事は大丈夫なの? 疲れてるんじゃないの?」


矢継ぎ早に質問を浴びせながらも、母は私の腕を引き、心から嬉しそうに家の中へ招き入れてくれた。


リビングのソファでは、父が眼鏡をかけて新聞を読んでいたが、私の姿に気づくと驚いたように顔を上げた。


「おお、エマじゃないか。おかえり。何かあったのか?」


定年退職してすっかり好々爺然となった父。

その声は、昔から変わらず知的で、穏やかで、優しい。


「何もないわよ、パパ。振替休日が取れたから、ちょっと顔を見にきただけ」


私がそう笑うと、二人は少し疲れた私の顔を見抜いたようだった。

けれど、それ以上は何も詮索せず――


「そうか、よく来たな」

「ゆっくりしていきなさい」


温かく迎え入れてくれた。


これだ。

私が求めていたのは、この無条件の優しさだったのだ。


私が買ってきたチーズとワインを見るなり、母は「まあ、素敵じゃない! じゃあ今夜はちょっと豪華にしなくちゃね!」と途端に張り切りだした。

料理上手で、おしゃべり好きな母は、こういうイベントが大好きだ。

そして、母のおせっかいは、いつだって私の想像の斜め上を行く。


「ねえ、あなた! せっかくだから、お兄ちゃんたちも呼びましょうよ! リリーもエマに会ったら絶対に喜ぶわ!」

「ええ、急に呼んだらマークたちも迷惑よ」


私の遠慮など聞かず、母はすでにスマホを手に取っていた。


父は孫娘の名前が出た途端、それまで静かに読んでいた新聞をパタンと閉じ、相好を崩す。


「おお、リリーが来るのか! それはいいな!」


父は、私の兄の娘、5歳のリリーにめっぽう甘いのだ。


母の電話はものの一分で終わった。


「決まりね! マークもソフィアも喜んでたわ! すぐに来るって!」


こうして、私の静かな逃避行の予定は、思いがけず賑やかな家族ディナーへと姿を変えた。


ロンドンでの激しい戦いも、フィリップという名の巨大な謎も、今は遠い。

ただ、家族の温かさに包まれて、私は久しぶりに心の底からリラックスしていた。


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