表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Girl in the Blue Dress  作者: Ginger
24/39

第二十四章:バースへの逃避行と、知りたくなかった検索結果

あれから、どれくらい時間が経ったのだろうか。


フィリップという巨大な謎について考え続けていた私は、どうやら疲れ果ててソファの上で眠ってしまっていたらしい。


ふと目が覚め、壁の時計を見ると、針は午前十一時を指していた。


部屋には、私以外、誰もいない。

静寂が、昨夜の出来事が夢ではなかったことを、残酷なまでに物語っていた。


今日は、待ちに待った振替休日だ。

でも、一体何をすればいいのだろう。


クローゼットには、先日散財して手に入れた新しい服が眠っている。

だが、それを着て出かける気力も湧いてこない。


クロエやマヤ、オリヴィアは――いや、ダメだ。

今日は平日。みんな、それぞれの戦場で戦っている時間だ。

これ以上、私の個人的な混乱に付き合わせるわけにはいかない。


一人でロンドンの街をぶらつくのも、何となく気が乗らない。

今の私に必要なのは、刺激ではなく、平穏だ。


その時、ふと思いついた。


(そうだ。実家に帰ろう)


私の実家は、ロンドンから電車で一時間半ほどの場所にある、美しい古都バースだ。

ローマ時代からの歴史を持つ、穏やかで蜂蜜色の石造りの建物が並ぶ街。


今の私には、あの街の空気が何よりの薬になるかもしれない。


思い立ったら即行動。


私は手早く週末用のバッグに着替えと洗面用具を詰め込むと、アパートを飛び出し、パディントン駅へと向かった。


バース行きの特急列車に乗り込み、窓側の席に座る。

列車が滑るようにロンドンの喧騒から離れ、緑豊かな田園風景へと景色が変わっていくにつれて、私のささくれ立った心も少しずつ落ち着いていくのを感じた。


手持ち無沙汰に、iPhoneを取り出す。

親友たちとのグループチャットを遡って読んだり、インスタグラムの華やかな投稿をぼんやりと眺めたり――。


でも、ダメだ。

何をしても、心の片隅には、ずっとあの男がいる。


フィリップ・スターリング。


考えないようにすればするほど、彼の低い声や、あの全てを見透かすようなグレーの瞳が鮮明に蘇ってくる。


(検索しちゃダメ。絶対に、ダメよ、エマ)


私は、心の中で強く自分に言い聞かせた。

彼のことをこれ以上知ったところで、自分が惨めになるだけだ。

住む世界が違うのだから、関わってはいけない。


――でも。


私の指は、理性的な命令をいとも簡単に裏切った。

気づけば、検索窓に彼の名前を打ち込んでいた。


『Philip Sterling』


エンターキーを押した瞬間、彼の輝かしい経歴が画面いっぱいに表示された。


そして、その下に並ぶのは、私が一番見たくなかったゴシップ記事の見出しの数々。


『フィリップ・スターリング、アカデミー賞女優のアレクサンドラ・ケインとベネチアで密会か』

『BBCの看板ニュースキャスター、イザベラ・ロスとの電撃破局の真相は?』

『世界的スーパーモデル、ジゼル・ヴァーグが、彼との関係を匂わせる意味深投稿』


記事に載っている女性たちは、誰もが息をのむほど美しく、知的で、華やかだった。

世界中がその才能と美貌を認めるトップクラスの女性たち。


私は、スマホを持つ手が小さく震えているのに気づいた。


(……やっぱり、そうよね)


彼が住む世界と、私が住む世界。

その間には、天の川よりも深く、広い隔たりがある。


彼がこれまで愛してきた――あるいは遊んできた――女性たちと、初対面の男にゲロを吐きかけた、ただの広告代理店の主任。

比べるまでもない。


私なんて、彼の完璧な人生における、ほんの些細なバグ。珍事件。

面白いオモチャを見つけたくらいの、気まぐれな興味でしかないのだ。


自己嫌悪と惨めさで、胸が押しつぶされそうになる。


しかし。


そんな絶望的な気持ちのさらに奥深く。

心の中心に、小さな棘のように、昨夜の彼の言葉がずっと引っかかり続けていた。


『君のことが、気になっている』


理屈では、あり得ない。

状況証拠は全て「NO」と叫んでいる。


なのに――あの時の、少しだけ戸惑ったような、真剣な彼の瞳。

そしてその言葉だけが、どうしても私の頭から離れないのだ。


やがて、列車が速度を落とし、車窓の外に見慣れたバース・スパ駅の美しい駅舎が現れた。


私は、混乱した心を抱えたまま、スマホの画面をそっと閉じる。


束の間の休息のため、私は故郷の地に降り立った。


ロンドンの喧騒からは逃れても――フィリップ・スターリングという名の嵐は、どうやら私の心の中まで、静かについてきてしまったようだった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ