表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Girl in the Blue Dress  作者: Ginger
21/39

第二十一章:密室の尋問と、夜の闇に投げられた謎

 滑るように走るベントレーの中は、完璧な静寂に包まれていた。

 運転席との間には分厚いガラスの仕切りがあり、この空間は、完全に私とフィリップの二人だけの密室だった。

 ロンドンの華やかな夜景が、防音仕様の窓の外を、まるでサイレント映画のように流れていく。


 その沈黙に、耐えきれなくなったのは私の方だった。


「……あの。一体、どこへ向かっているのですか?」


フィリップは、窓の外に視線を向けたまま、平然と答えた。


「君の家だ」


「なぜ、私の家を……ご存知なのですか」


「調べたからだ」


こともなげに、彼は言う。

 まるで、天気の話でもするかのように。


「なぜ、そんなことを……」 私の頭の中は、「なぜ」という言葉で埋め尽くされていく。この男の行動は、何一つ理解できない。


 私は、震えそうになる声を必死で抑え、勇気を振り絞って、一番の疑問をぶつけた。


「なぜ、私をお送りくださるのですか? そもそも、私の第一印象は、最悪だったはずです。迷惑だった、と、あなたご自身がおっしゃいましたよね」


 フィリップは、そこで初めて、私の方へと顔を向けた。そのグレーの瞳は、相変わらず何を考えているのか読めない。 彼は少しの間を置いて、まるで教科書を読み上げるかのように、合理的な、しかし全く心のこもっていない理由を述べた。


「ビジネスパートナーが、泥酔して他人に迷惑をかける姿を、再び目撃するわけにはいかないからだ。君の自己管理能力に疑問符がつけば、我々のプロジェクト全体に影響が出かねん」


 その、あまりにも理屈っぽい言い方に、私の胸の奥で、何かがカチンと音を立てた。


「いつもあのような状態ではありません。あれは、たまたま……色々なことが、重なっただけです」


  私の精一杯の反論に、彼は何の反応も示さなかった。

 やがて、会話が途切れた頃、車は見慣れた私のアパートの前で、静かに停車した。

 私は、車から降りる前に、毅然とした態度でフィリップに向き直った。これ以上、この男のペースに巻き込まれるわけにはいかない。


「スターリング様。ご理解いただけたかと存じますが、私はプロとして、この仕事に人生を賭けております。今後は、ビジネスパートナーとして、お互いに一線を引いたお付き合いを、よろしくお願い申し上げます」


 これは、私の決意表明だ。

 これ以上、私のプライベートに踏み込んでくれるなという、最後の防衛線。

 フィリップは、私の言葉を黙って聞いていた。そして、


「……そうか」

とだけ、短く呟いた。


 私は、これで彼との奇妙な関係も終わりだと、安堵しながら車を降りた。

 アパートのドアの前で、バッグの中から鍵を探す。

 いつもならすぐに見つかるはずの鍵が、焦る気持ちのせいで、なかなか見つからない。


 その時だった。 走り去ったはずの車のドアが、静かに開く音がした。

 振り返ると、フィリップが車から降り、私の後ろに、いつの間にか立っていた。


「え……?」

 驚く私を、彼は、これまで見たこともないような、少しだけ困惑した、真剣な眼差しで見つめていた。


「君の言う通りだ。ビジネスには、一線を引くべきだろう」

 彼は、低い声で、ゆっくりと言った。

「だが、一つだけ、言っておく」


彼は一歩、私に近づいた。夜の闇の中で、彼のグレーの瞳が、不思議な光を帯びて見える。


「君のことが、気になっている」


「……え?」


「なぜかは、自分でもわからないが」


 それだけを、まるで謎かけのように言い残すと、フィリップは今度こそ車に乗り込み、夜の闇へと、音もなく消えていった。

 玄関の前に、一人、取り残される。


「……気になっている?」

 彼の最後の言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。

  好き、というわけではない。好意ですらないかもしれない。

 でも、無視できない何か。

 私は、ようやく見つけ出した鍵でドアを開けると、そのまま、ドアにもたれかかるようにして、その場に崩れ落ちた。


 彼の行動は、何もかもが謎だらけだ。

 私を罵倒した、氷の男。

 私を強引に車に乗せた、支配的な男。

 そして、最後に少しだけ本音を漏らした、戸惑うような顔の男。 一体、どれが本当の彼なの?


 私の頭の中は、フィリップ・スターリングという、巨大で、複雑で、そして恐ろしく魅力的な謎で、完全に埋め尽くされてしまっていた。

 平穏を願ったはずの私の日常は、どうやら、とんでもない迷宮へと迷い込んでしまったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ