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The Girl in the Blue Dress  作者: Ginger
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第二十章:招かれざる客と、有無を言わさぬ黒い車

 祝勝会は、最高潮の盛り上がりを見せていた。

 私が「鉄の女」の仮面を脱ぎ捨て、ただの上機嫌な酔っ払いと化したことで、部下たちを縛り付けていた見えない鎖も完全に断ち切られたらしい。


 ジェシカは最近付き合い始めた彼氏のノロケ話を始め、デザイナーは次の休暇で行きたい旅行先について熱弁している。

 トムは、僕が次のお店を探します!と言って、スマホで二次会の場所を健気に検索していた。


「エマさん、次は何を飲みますか?」

トムが、少し赤くなった顔で、メニューを差し出してくる。その瞳には、もう以前のような怯えの色はない。


私は

「そうねえ、せっかくだからエールでもいただこうかしら」

と笑って答えた。


 チームの心が、初めて一つになったような、温かくて、心地よい一体感。

 こんな夜が来るなんて、思ってもみなかった。


 その、完璧に和やかなムードを、ナイフのように切り裂いたのは、パブの入り口に現れた、一人の男だった。

 この庶民的なパブには、あまりにも場違いな、寸分の隙もなく仕立てられた高級スーツ。

 周囲の喧騒を、まるで存在しないかのように無効化する、圧倒的なオーラ。

 フィリップ・スターリング。


 彼は、店内を一度だけ見回すと、私たちのテーブルを正確に捉え、まっすぐに、こちらへ向かって歩いてきた。

 さっきまで陽気に騒いでいた部下たちが、彼の姿を認めた瞬間、水を打ったように静まり返る。

 まるで、楽しいホームパーティーに、鬼の教頭先生が乗り込んできたかのようだ。


「やあ。盛り上がっているようだな」


 テーブルの横で立ち止まったフィリップが、平静を装って声をかけてきた。

 その言葉とは裏腹に、彼のグレーの瞳は、楽しんでいるようには少しも見えない。


「たまたま通りかかったんだが、君たちの祝勝会かな? よければ、一杯だけご一緒させてもらえないだろうか」


 その言葉を聞いた瞬間、私の脳内で鳴り響いていた陽気な音楽が、レコードの針が飛ぶように、プツリと途切れた。

 アルコールで火照っていた全身の血が、急速に冷却されていくのを感じる。

(たまたま、ですって? あなたが? このパブを?)


 心の中で毒づきながらも、私は反射的に立ち上がり、完璧なビジネススマイルを顔に貼り付けた。


「スターリング様。これはこれは、奇遇でございますね。本日は、プレゼンのご承認、誠にありがとうございました」


 そして、やんわりと、しかし確実に断るための言葉を続ける。


「ですが、ご覧の通り、我々もそろそろお開きの時間でして。あと30分ほどで解散の予定なのですが、それでもよろしければ……」


 私のそのささやかな抵抗を、彼は一言で粉砕した。


「構わない。30分で十分だ」


 そう言うと、フィリップは有無を言わさず、空いていた私の隣の席に、どかりと腰を下ろした。

 和やかだった空気は、完全に氷点下にまで下がり、部下たちは石像のように固まっている。

 フィリップは、そんな異様な雰囲気を全く意に介さず、通りかかった店員に「ビールを」と短く告げた。


 その後の30分は、地獄だった。

 フィリップは、トムやジェシカに当たり障りのないビジネスの話を振るが、二人とも緊張でまともに言葉も返せない。

 私は、ただひたすら愛想笑いを浮かべ、時間が過ぎるのを砂時計の砂が落ちるのを見守るような気持ちで待っていた。


 約束の30分後、私は時計を確認すると、無理やりその場を締めくくった。


「では、スターリング様もいらっしゃいますし、本日はこの辺でお開きとしましょう!」

 部下たちは、その言葉に救われたように立ち上がり、フィリップに深々とお辞儀をすると、蜘蛛の子を散らすように、それぞれの方向へと帰っていった。


 私も、


「では、本日はありがとうございました。失礼いたします」と、彼に背を向けて一人で歩き出そうとした。


 その時だった。


「エマさん!」


 トムが、私の後ろから追いかけてきた。


「あの、夜道ですし、お一人では危ないですから、駅までお送りします!」


  地獄の一週間と、今夜の祝勝会を経て、彼の中に芽生えたであろう、精一杯の勇気と親切心。

 私はその申し出が素直に嬉しくて、


「ありがとう、トム。でも、大丈夫よ」

と断ろうとした。


その、瞬間だった。


「その必要はない」


 冷たく、有無を言わさぬ声が、私たちの間に割り込んだ。 フィリップだ。 彼は、いつの間にか私の隣に立っていた。 そして、トムをまるで存在しないかのように無視して、私にだけ告げた。


「彼女は、私が送る」


「えっ……」

と、トムが息をのむ。


 フィリップは、私の返事など待つ気もないらしく、近くの路上にいつの間にか停まっていた、黒塗りのベントレーのリアドアを、こともなげに開けた。

 そして、私に向かって「乗れ」と、目で、命令した。


 その、逆らうことを一切許さない圧倒的な威圧感に、私はもちろん、勇気を振り絞ってくれたトムでさえ、何も言えなかった。


 私は、なすすべもなく、まるで白昼夢の中で誘拐されるかのように、その豪華すぎる高級車の中へと、体を滑り込ませた。


 静かに、しかし力強くドアが閉まる。

 窓の外で、トムが呆然と立ち尽くしているのが見えた。

 

 車は、音もなく滑るように走り出す。

 運転手付きの、完璧な静寂に包まれた密室空間で、私とフィリップは、ただ無言のまま、ロンドンの夜の光の中を走り抜けていった。

 これから、私はいったい、どこへ連れて行かれるのだろうか。

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