1章ー15 しまっておく世界
アカツキは、ユリに見せて貰った地図の記憶を頼りに教会に到着し、初めて訪れる教会の内部を物珍しそうに見て回る。
教会内部は、薄暗く見えるがステンドグラスから透過された光が床を照らし、身廊に模様を写し出す。床に描かれたステンドグラスの身廊を歩き、翼廊まで差し掛かった辺りで、1体の彫像に誘われる。
青い鉱物で出来た、透き通るような彫像は、凜とした佇まいで微笑を浮かべているようにも見える。
「ヘレさんに似てんな……」
ヘレに似た像に見取れ、日が沈みかける。
地図のことなどすっかり忘れ、アカツキの耳に懺悔室のから人が出てくる音、告解を終えた黒いローブの女性。
アカツキは懺悔室の方に近づき、視線を変え女性を目で追いかける。
女性はフードを深く被り、顔は見えないがフードからはみ出した銀髪と、妖艶な香りと共にアカツキの五感を刺激する。
訳ありなのだろうか、女性の容姿も、声色も仕草も何も知らないが、きっと高貴な人なのだろう、細く、明媚な銀髪と天に昇ったかのような香りにみとれる。
「おっと、酔いしれてる場合じゃ無いな、懺悔室の前まで来たし、初めての懺悔でもするか」
気を取り直し懺悔室に入る。懺悔室は光沢のある木製で出来ており、入り口は二つあり一つは告解する者、もう一つは司祭の入る側。
勿論、アカツキは懺悔などしたことなど無く、中に入れば何とかなるだろうと、まだ薄く香りの残る狭い室内で司祭を待つ。
しばらくすると反対側に人が入る。
「母と子と精霊の み名によって……」
立ったままで良いのか、なにか特別な事しなければならないのか、ノープラン過ぎたアカツキは早くも後悔の念に襲われる。
「魔女の、いつくしみに……信頼してあなたの罪を告白して下さい」
魔女、神様では無く、ここでは魔女が信仰の対象のようだ、さき程の彫像が魔女であろうか、それにしてもこの司祭はえらく野太い声で、慣れてないのか、台詞が棒読みでどこかで聞いたような声。
「どうしました? 初めて来られたのですね? 大丈夫です、ここは魔女と貴女だけの空間です、全て吐き出し許しを求めるのです」
司祭の声は心を開くように安らぎを与え、アカツキは先ほどの辿々しさのあった司祭の台詞は気にはせず、その流れに乗り元の世界、この世界での自分の弱さを全てさらけ出そうとする。
「司祭さん、俺は凄くわがままで、ぐうたらな人間です。何も努力してこなかった、為ずとも望んだ物が、人が、目の前に現れるんです。大人になるまで自分は特別な存在だと思っていた。だけど……打ちのめされ、ただ飯を食べ、仕事をし、隙さえあればサボろうとするクソ野郎なんです。それでもこんな俺を、必要としてくれる人がいたんです」
アカツキは自分の言葉で、弱い自分を語る。凍え冷え切った暁の心を、自ら溶かすように、今にも泣き崩れそうに続ける。
「その人は俺が、間接的に殺したようなもので、その人の死の間際に気付いたんです、愛している。大切な唯一無二の存在だって事に、やっと気付いたんです。長い間一緒に生活して、隣にいつもいるのに……その人に何もしてあげられなかった」
自分の告解に感極まり、アカツキは膝をつく。
「その人は幸せでだったでしょう。どれだけあなたが自分を卑下しようと、どれだけ自身を憎もうとも、その人だけは愛しているのですから」
「だけどもういない、伝えようとも何処にも彼女はいないんです。だからいっそのこと忘れたい、全て忘れたいんです!」
「無駄です、忘れる事は出来ないでしょう。」
「何だよ! 無駄って! 逆なでして面白いのかよ!」
情緒不安定になったアカツキは司祭に食って掛かるが、声色は変わらず司祭は続ける。
「忘れたい、では無くしまっておく、で良いのでは無いでしょうか、必要な時に、その引き出しを空ければ良いのですよ」
その司祭の言葉にアカツキの脳裏には彼女の笑う、怒る、泣く、喜ぶ、驚く、うれし泣きする様々な面影が、アカツキを離さない、その中の女性は悲しくアカツキに呟く。
『ねぇ、アカツキ……アカツキに厳しくすると余計鬱ぎ込むから……もうこれでおわりにするよ? でも……一つだけ今度、今度また一緒になれたら、もしなれたら……子供とか欲しいなっ、それまでは何処に行っても私は大丈夫です! 心配しなくていいよ! おしまい!ありがとね……暁……』
「ふざっけんなよ……もう出てくんなよ……しまいきれないだろ」
膝をつき床に座り込み泣き崩れ、元の世界の思の引き出しを閉じ、その箱に鍵を掛けそっと心の奥にしまっておく。
「どうしましたか、また鬱ぎ込むのですか? 今を、これからの出逢いを、今以上に大切にしなさい。また同じように人を愛した時、また貴方はその大切な人を殺めてしまわぬよう」
アカツキは、幻聴の世界から現実に戻り、湿った床を人差し指から薬指の3本でなぞり。
「これからの出逢い……同じように大切な人を」
アカツキに対するヘレの態度は、まさに今見た幻覚と重なり、アカツキの中で新しい感情が生まれる、温かく心が震える熱い思い。
「ありがとうヘレさん、今までありがとう、今はそれしかいえないよ……」
「それでは、魔女のゆるしを求め、心から悔い改めの祈りを唱えて下さい」
司祭はこれ以上何も言うまい、幕を閉じようと何万回と唱えたであろう台詞を口にする。
「全能の魔女、あわれみ深い母は……」
「ありがとう、ゴルドさん」
「……御子の死と復活によって、世をご自分に立ち帰らせ、罪のゆるしの為に精霊を注がれました。魔女が教会の奉仕の務めを通して、あなたにゆるしと、平和を与えて下さいますように、私は、母と子と精霊のみ名によって、あなたの罪をゆるします」
ばれてましたかと、苦笑いをしながらゴルドは最後の台詞を読み上げ席をたつ。




