1章―10 溶ける、解ける世界【後編】
「アンコ、ヘレさんと別れた場所はどの辺?」
ライドウと別れたアカツキは斜面を重力に任せ降る。
後ろを振り返り獣の気配がない事に安堵したが、アクアちゃん、ユリさんの姿がよぎる。
「もうこの辺りだよ、ここでヘレとは別れてライドウ先生の家で落ち合う予定だったんだ、ヘレは確かこっちの方へ向かったはず」
アカツキはアンコが示す方向に既視感が生まれる、前に……通ったっけな?まぁいいかと違和感をなぎ払い光りの遮られた森林地帯へ入る。
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きりが無い、切っても切っても裂いても裂いても終わりの見えない持久戦。
いつか終わるのか、アカツキやアンコは無事だろうか、作業じみたヘレの殺戮はオートマチックに行われ、それでも尚、獣はヘレに殺意向きだしで襲いかかる。
やはりきりが無い、森もろとも開けた土地にてしまおうかと、ヘレは自身の周囲に氷塊の刃を無数に発生させ、丁寧に獣を裁断していく。
ようやく無限かと思われた獣の大群を蹂躙し、木漏れ日の差す方に一際大きく、禍々しい瘴気に身を包んだ獣を見つけヘレは姿を消す。虚無の隙間から獣の背後に位置取りヘレの大鎌は鋭く残忍な光を放つ。
『暁……カエシテ』
「喋っ……た!?」
ヘレは獣から発せられたたった一言、ヘレの肉体を停止させるには十分な言葉、かすり傷ひとつ無い身体から血飛沫をあげさせるには十分過ぎるほど長い時間。
「油断した…獣が自ら言葉を発するなんてこの何千年か無かったはずなのに……とにかく始末しないと」
「ヘレさーん!」
「アンコ!アカツキ!」
ようやく合流したアカツキとヘレ、挟み撃ちとまではいかないがどうやら作戦成功といったところか。
「アカツキ少し下がって下さいね、終わらしますから」
獣を目の前にしアカツキはライドウ言葉の違和感に気付く。
「ヘレさんこいつがボスなの?さっきのとは個体が違うみたいだけど……」
「アカツキィ、どっちにしろヘレをこんな血だらけにするなんてさっきのとは格が違うと思うよ~」
「この獣と対峙する為に数え切れない獣を処理しましたか……ら……アカツキ!!!」
アカツキの背後には胸元に渇いた血が変色しどす黒く光る獣。ライドウ宅で猛威を振るった獣、既に落とされた2センチの体毛は再生している。間に合わない、アンコもヘレもボスと思われた獣に警戒し過ぎていたせいで対応が遅れ、獣の口はアカツキの左右から襲いかかる。
辺りには赤紫色の雨が降る、糖分混じりの蜂蜜のようにドロドロとした粘着性の雨。
息も絶え絶えで口からは薄い緑色のドロリとした液体はミントの香り。
アカツキは膝をつき香りの元を目で辿る。
首だけの獣ボスと思われていた獣の首は虚しくか細く口を開く
「暁……帰って……き……こ…あい……」
―――マコの声。
幻聴なのかもしれない、罠なのかもしれない、それでもアカツキの心を揺さぶるには十分。
息が詰まり、アカツキの全身は魂が抜けたように目は見開き、獣の頭を見つめたまま微動だにしない。獣の残党が迫ろうともアカツキはそこから動かない。
理解するのに時間なんて必要ない。
この世界で過ごした時間よりも長い時間過ごした家族、この世界に居るはずが無い。
あのライドウの家の前でもハスキーな救いの声も、今も。
これまで目を背け、忘れようとした元の世界の記憶。鼻の頭がツンとし、目頭もほんのり赤く、塞き止めていた記憶はアカツキの心を締め付ける。
「怖いよな……苦しいよな……分かってるよ俺は、でもここに居るから、安心して……手をつないで一緒に寝てやるから……マコ」
獣の瞳は光を失い、強ばった獣の表情は安らかで赤子の寝顔のよう。今朝見た夢も出会った頃も何もかも俺が残しておくよこれからも、どこに居てもどんな姿になっても……
「チョコミント俺も買ってあるんだ……溶けちゃってるけど今日も2個……食べるよ」
アカツキは左手に柄を握りしめ鉄塊真打ちをもう1体の獣に向ける。
それは両刃ではあるが切れ味は無く、刃の部分は鋭利では無い。
怒りと悲しみのを帯びた鉄塊は振り払った際に対象との衝撃を分散させ、叩き潰して下さいと懇願しているよう。
獣の姿は、ヘレとアンコが既に全身を氷塊で固めており、鋼のような体毛を持つ獣は脱力し、アカツキの鉄塊一降りで粉砕できる程。
「じゃぁ、お前は……誰なんだ?お前も俺が知ってる奴なのか?」
『ハヤくも…てけ……』
この世界で、いや元の世界でも誰も見たことの無い暁の表情は鬼、または怒り狂った竜のように怖く猛々しく、暗黒面に落ちた負の感情が、一気にあふれ出た獣のよう。ヘレ、アンコもアカツキ形相に驚きを隠せない。
「死んでくれよ! 豚まんみたいな顔の! クソ上司ィ!!」
鉄塊を獣の側面側に構え、鉄塊は氷塊から出た獣の首をめがけ振り下ろされ、獣の首はたたき落とされる。
あれほどユリの拳を破壊した体毛は氷塊の冷気で壊死し、細胞としての機能を果たさずボロボロとはげ落ち蠅がたかる。
鉄塊も役目を果たし、黄色い小さな光を放ちアカツキの立つ地へと消えていく。
「すっきりしました、ヘレさん、アンコありがとう……帰ろう……早く帰ろう……」
瞳孔の開ききったアカツキの瞳は生気を失ったまま。
「アカツキ……アカツキが気の済むまでいいのよ……先に帰っておきますから……」
誰も傷が付かないようにとヘレは結界を張り、アンコとヘレは帰路につく。ヘレは1度も振り返らず、ちぎれてそうなほど下唇を噛み、その足跡には雪の結晶が出来てては溶け、出来てては溶け腐敗した大地を洗い流す。
「もう、お姉様ったら嫉妬しちゃって漏れてしまってますよ、妹の私が今度拭いてあげないと――獣も素直に言うこときかない
子ばっかだしつまんない!」
空高く雲より高い場所で渦巻いた空間から幼いく美事な姿態をみせアカツキに視線を向け消えていく。




