旅商人の手記
どこまでも続く緑の草原を、走り続けて早三日。草原いうよりかは緑の砂漠がイメージとしては近い。日差しが照り付ける外は暑そうだ。
草原には道が一本。アスファルトで固められているが、大いに波打ち歪んでいる。幅はざっと大人が5人横になっても余るほどの広さ。大昔はこの道も一級の道路としてよく利用されていたのだろうかと想像力が働く。幅の広い道路から察するに、周辺の町は発展し、多くの利用者が道路を走る車内の中から外を眺めては次はどこへ向かおうかと同乗者と談笑したに違いない。
地平線の彼方まで続く深緑の丘陵を眺めながら、そのあまりにも殺風景さ具合に私の想像力はある一定まで働くとそのままフェードアウトした。
道に横たわる障害物と化した電柱を乗り越えるために車体はふわりと浮かび上がり、そして静かに元の高さまで沈み込む。
私が生まれ育った村から出土した大破壊時代以前の遺産。通称「浮遊車」に乗って世界を股にかけながら商売の旅を始めて早5年。今回のようなある程度整備された道であれば別に歩いたところでそこまで苦は感じないのだろうが、世界にはびっくりするような悪路がたくさんある。数百年前の戦争の後がいまだに消えずに世界に爪痕として残り続けている以上仕方ない事であるが、そのような悪路を走っているときはこの浮遊車の有難さは計り知れない。車両が地面より一定の感覚で浮流してるので路面の影響をあまり受けないからだ。先ほどのような明らかな障害物に関しては乗り越えるために多少は揺れるがそれくらいだ。
私の浮遊車には様々な品物を載せている。世界を股にかけて商売をしていると言ったが、実態はただのしがない旅商人だ。
私が旅商人をしているのは別にお金が欲しいわけではない。かといって目新しいものに興味があるわけでもない。まあ今私が乗っているような浮遊車もそうだが、遺産は私たちの生活に直結して変化をもたらしてくれる。これらが新たに発見されればそれはそれで素晴らしい事だ。一商人として取引を申し込みたい所ではあるがそれが目的であるわけでない。私の生まれ育った村は代々商人を輩出しているうからだ。私もそれに従い村を出ただけに過ぎない。村人はみな荷車や馬、牛などを連れて旅に出るのだが、私が浮遊車で旅をしているのは単純な話だ。私が少年のころにこの浮遊車を発掘し整備して使えるようにしたからだ。そしてこれと釣り合うものを村の連中は提示できなかった。だから所有権が私から動かなかった、それだけだ。
道の奥、というと少し語弊があるかもしれないが、熱せられたアスファルトから立ち上る熱気で揺らいだ空気の奥、陽炎の先に人影のようなものが見えた。
浮遊車で近づくと、そこにいたのはマントを頭からかぶり、直射日光を凌ぎながら歩く旅人であった。
私とて駆け出しの端くれものだが、一商人として商人魂が疼く。これはチャンスだと。仮にもこの草原の環境は徒歩で旅をする者にとってはかなり酷な環境であることには変わらない。休むべき木陰は少ないし、見渡す限り緑の草原という事は水辺があるかもしれないが非常にわかりづらい。まず間違いなく私の車に積んでいる品物が役に立つはずである。ちなみに私は徒歩で旅をするものをターゲットに据えながら旅商人をしている節がある。旅をする環境が酷であればあるほど商人との遭遇は願ってもない事であろうからね。
旅人との距離が目と鼻の先まで近づく。旅人はどうやら若者であるらしい。細いシルエットから察するに少女であろうか。見た感じの装備はマントに肩掛け鞄にウエストポーチぐらいか。旅人とは思えないほどの軽装である。靴はいい感じに傷んでおり、着用している衣服もそれなりに年季が入っているようだ。ここ数日の間に旅を始めた用ではないことは一目見てすぐにはわかった。あの旅人はなかなかやるぞ。何か確信めいたものを感じた。
とりあえず声をかけてみよう。自分で言えたことではないが、こんなところを歩いているんだ。目的地が気になるところである。古い書物によればこの道を真っすぐ進んだところに巨大な都市があるはずである。私はそこに向かって車を走らせているわけだが、果たしてあの旅人はどうであろうか。
「そこ行く人、こんにちはー」
背後から声をかける。びっくりさせないように注意しながら声をかけたのだが、旅人さんは声をかけるタイミングとほぼ同時にこちらへ振り向いた。さすがは旅人といったところか。神経がとがっているのだろう。このような集中力が散漫になりそうな場所であっても周囲の警戒を怠ってはいないということだ。
旅人は軽く会釈する形で言葉であいさつを返してはくれなかった。かなりこちらを警戒しているようだが、これも当然と言えば当然のことだ。旅人からすれば歩いていたところを急に背後から声をかけられた状況だ。こちらがどのような人物であるかもわからない、見知らぬ人間。今まで出会ってきた旅人もこちらからのあいさつに対して気軽に返してくれた者はそうはいなかった。私の顔や乗っている車などを見える範囲で観察し、今自分が置かれている状況を確認し、退路なども確保してからあいさつに応じるケースがほとんどであった。今日の旅人さんもおそらく同じであろう。旅人の歩くスピードに合わせ併走する。
旅人さんは頭からかぶっていたマントをおろした。改めて旅人さんの顔を見てみるとやはり女の子のようだ。だがどこか違和感を感じる。
「どちらまで行かれるんですか?」
少女は道の先を指さし、この先にあるという都市跡まで向かっているのだという。私と向かう先はどうやら同じようである。少女はさらにその情報がかなり昔に本で読んで以来だというのでかなり曖昧なものらしい。私は自分もおそらく同じ場所へ向かっているのだと伝えると旅人の旅人の表情は少し晴れた。大破壊時代以前の地上都市は情報が行き交い、いつどこでも持ち前の端末を操作すれば
それなりに正確で最新の情報を閲覧できたのだという。そのころと比べれば現在がどれほどアナログな環境であろうか。遥か昔にみたかもしれない曖昧な情報を信じて進路を決めなければならないという状況がどれほど不安なものかがこの旅人の表情から読み取って見れる。
世界を股にかけて商売をする僕でも現代では人と遭遇することはかなり少ない。この少女と出会う前に遭遇した旅人は半年くらい前であろうか?山間の小さな集落跡で途方に暮れていた男の旅人と出会ったくらいである。それ以来人という人に出会ったことはない。そもそも男の旅人は摩耗しきっており、まともに会話もできなかった。半分死人のような状態で、無償で一杯分の水を分け与えただけでその時の会話は終わってしまった。
その彼と比べたらこの少女はまさしく今を生きる旅人そのものであった。なんと眩しいものだろうか。
「よかったら目的地まで一緒にご一緒されてはいかがですか?」
旅人からしても体力は少しでも温存したいはず。この浮遊車に乗っていけば大幅に体力を節約できるうえに時間も短縮できる。人生をかけて世界を旅をするにしてもこの世界は広すぎる。浮遊車に乗っていたとしてもそれを痛感するのに徒歩であればなおさらだ。旅人さんは体力と時間、そして情報を入手できるし、私としては人に飢えている分もあり情報を交換しながら会話をしたい。両者ともに損はせずに得をする良い提案だと思ったのだが、少女は首を横に振った。なんでも自分の足で歩かなければ意味がなく、それが自分の課したこの旅における唯一のルールであるらしい。かなり丁重に断られてしまった。このご時世ではこちらの意思も尊重してくれるとてもしっかりした娘なんだなと感心してしまった。こうなったら一商人としてではなく人として今できる限りのおせっかいを焼いてやろうと決めた。
「実は私、旅商人をしてましてね、道行く人に日用品から嗜好品までをご紹介させてもらっているのです。旅人さんももしよかったらどうです?」
浮遊車には実に様々な品物を載せている。まず最も多く積んでいるのが食料。ブロックタイプの携帯食料や缶詰、そして水。長期間の保存に適した乾物や干し肉。衣服や布類で仕立てた日常品や雑貨品なども取り揃えている。変わったところでは酒や煙草といった嗜好品。香辛料や万能燃料といったものも充実させている。
浮遊車を地面に停車させ、側面の扉を上に開く。扉が日差しを遮る簡潔な屋根となる。一時的にできた影の中に逃げ込んだ少女は胸元をパタパタと扇ぎ、服の中に空気を送り込んでいる。目に悪い。
一見乱雑ながらも、走る関係上崩れたりしないように気を配りながら積み上げたコンテナが並ぶ店内がそこにはある。旅人さんは素直に驚きの表情を浮かべ車内を見回す。実は旅人さんにこの車内を見せる瞬間が一番楽しみであったりする。
一通り見回した後少女は腕を組み、何を購入しようか必死に考え出した。ここで一声かけながら一緒に何が欲しいのかを探ってあげるのも良き商人である条件であろう。このように実用性のある物品を前にして、すぐさま何が欲しいと決められる旅人は今までそうはいなかった。
まずは代表的な携帯食料と水といった消耗品を最低限の個数指定してきた。それから腰から下げている小さなカンテラ用の燃料と香辛料。これから長い旅路を行こうというのにこれだけでは少なすぎないかい?といらぬ世話まで焼いてしまいそう程量は少なかった。
「あとこの砥石を下さい」
「砥石だって?」
ついつい間抜けな声をあげてしまった。今の今まで砥石を注文する旅人とは一人たりともいなかったからだ。商品ではなかったが今まで自分が使用していた砥石を取り出した。
「こんな使い古されたものだけど大丈夫なのかい?」
少女は首を縦に大きく振った。背中に手をまわし、一振の大きなナイフを取り出した。牛の首でも切り落とせそうなほどのその大きなナイフは旅人の持ち物相応しくない程使い込まれていた。他にも腰に一本、カバンの中にも一本と様々なナイフを所持しているようだ。成程、それらのナイフを手入れするには砥石は必要不可欠だ。そしてまだ年端もいかない少女だと思い込んでいたが、この娘も立派な一人の旅人なんだなと心の中で合点がいった。私は今使っている砥石ではなく、真新しい予備の石とついでに専用シャープナーをあげた。砥石は商品ではないにしろ、いままで旅人をただの女の子と見ていた詫びの品としてだった。
「それではまたどこかで会いましょう。良い旅路を」
私は旅人さんに手を振り、車を浮遊させた。助手席に置いてあった木製のケースに旅人さんからのお代を入れる。お代は定価と比べてかなり安く提供した。ケースの横に旅人さんが以前訪れた町で手に入れた小さな円錐状の大破壊以前の遺産をいただいた。旅人さん自身これをどう使っていいかわからず、商人さんに使ってほしとのことだ。スカスカであった旅人さんのカバンがすっかり肥え、私は満足した。
窓を開け、旅人さんに向かってまた手を振り別れの挨拶を交わし、車を発進させた。やはり人と会話をするというのは素晴らしい事だなと私は改めて思った。私は自分自身がそのために商人をしていることを誇りに思う。
あと旅人さんが予想以上に可愛くて、できればお近づきになりたかった。そこだけが悔やまれる。
草原に爽やかな風が流れる。明日も頑張ろうという気が沸いてきたような気がした。
◆◆◆
商人さんと別れたあと、サンが鞄からもそもそと顔を出す。
「あの商人のオジサン、ずっとアレクの事女の子扱いしてたわね」
「まあ訂正もしなかったしね。しょうがないよ」
サンが胡散臭いものを見るような目でこちらを見上げてくる。
「ま、まあ。向こうも悪い気はしてなかったみたいだしいいじゃないか」
「アンタも随分とあざとくなったものね。こういうときだけ都合がいいんだから」
正直、自分でも少し悪いことしたかなーと思ってる。鞄が珍しく重い。肩に食い込む感触が久しぶりで心地よくも感じる。
日差しは相も変わらずジリジリと強烈で、ボクを照り焦がさんばかりに降り注ぐ。草原に流れる爽やかな風が今日も頑張ろうと励ましてくれたような気がした。
「あとあの商人のオジサン、地味に感付いてたみたいよ。何かがおかしいって」
「え」
慣れないことはするものではないらしい。




