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PtApsDta  作者: 柚木貴士
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瓦礫の町.01

 一面灰色の瓦礫の平原が続いていた。


 一枚岩の瓦礫の上に仰向けに寝ていたボクが目を開けると、陽はそれなりに高く、うすい靄のような雲がかかってはいるものの空は青く晴れ渡っている。このまま空の青さを眺めていたいと思ったのだが、ボクの丁度真上辺りに一羽の鳶が円を描きながら飛んでいた。

 ボクが生きているのか、死んでいるのか。もしくは衰弱しているのかどうかを観察してるのだろう。

 なら残念だ。ボクは君の存在などとうに認識していたし、君が慎重にこちら様子を伺っていたことも把握している。更に言えば慎重になりすぎてしまって、いざ飛び掛かるタイミングがわからなくなって若干困惑していることも。

 悪いことは言わない、他所を当たったほうがいい。分かりにくいかもしれないが、ボクは元気そのものなので君の期待には応えることは到底できないからだ。

 尤も、周囲に森も林も渓流すら見当たらない平地で他の獲物を見つけることは困難を極めるだろう。そうともなれば、ボクの存在はまさに千載一遇のチャンスなのではないかとふと考える。

 ボクは上体をゆっくりと起こすと、その場で伸びをする。筋肉を伸張させ、そしてゆっりと元へ戻す。腰を捻り、ボキボキと音を鳴らす。骨が正しい位置へと修正されるかのようだ。あまりの快楽に自然に声が絞り出る。一息つき、改めて周囲を見渡す。

 そこには瓦礫の山ならぬ瓦礫の平原が見渡す限りに広がっていた。

 見渡す限り灰色のコンクリートの瓦礫、瓦礫、瓦礫。

 細かく砕かれた小さな破片から、ほぼ原形を残したまま転倒している建物まで実に様々なものが視界一面に敷き詰められている。

 ザッと見た限りでは、この辺りには誰も、何もいないように見て取れる。数日前からこの平原を横断ないし、縦断しようと試みているが、未だに平原の果てを見ることはない。

 さて、改めて状況を確認しよう。今、ボクの上空にはお腹を空かせ、今にも墜落してしまいそうな鳶が一羽、ボク状態を注視している。自慢だけど、ボクは至って健康な少年だ。 肉付きはそれほどいいものではないが、一羽の鳶の空腹を満たすには十分すぎるほどの体躯を持ち合わせているだろう。それなりに引き締まった体をしていると思うし、脂質が少なくてあっさりしてそうだからガッつかれても消化器官的には優しく、効率よくエネルギーとして吸収されると思う。

 何より若々しい体をしているからそれなりに美味しそうだ。

 おまけにここら一帯は見るからに生命が存在しなさそうな無毛地帯。もしこんなところに手ごろな獲物があれば是が非とも飛びつきたいものだ。鳥類というのは非常に眼がいいらしい。あの上空から周囲を観察していれば、天敵の存在も当然把握できるはずである。見える限りではそのような獰猛な生き物は確認できない。

 おやしまった、これでは完全に役が揃ってしまっているではないか。ボクは改めて今自分が置かれている状況を再確認した結果、ゆっくりと上方へと視線を上げる。

 頭上の気配は目に見えてその色を変えていく。慎重さを漂わせる青色のオーラが赤と交じり合い、赤黒く変色していく。

 まるで透明な水たまりに水溶性のインクを垂らしたかのような急激な変化だ。火を見るよりも明らかとはこのことか。

 あまりの空腹に耐えかねたのか、それともボクと目が合ったことが合図になったのか。どうやら彼は腹をくくったらしい。

 ボクめがけて急降下を開始したのだ。鳶の鋭い爪がボクに突き刺さるのも時間の問題であろう。具体的には数秒といったところか。

 視界の端。遥か遠方から音もなく、一筋の光がこちらへ迫ってくる。青白いその光は、まさに今、鋭利な鉤爪がボクに突き刺さるその瞬間。ボクの後方へと鳶ごと吹き飛ばし、色濃かった赤色のオーラはそのまま収縮してゆく。

 程なくして、完全に沈黙。彼は絶命したようだ。

 後方へ視線を移すと、そこには白銀の毛並みとたてがみを靡かせた一匹の豹が鳶の首元をその鋭い牙を突き立てていた。鳶の息の根が完全に止まったことを確認すると、首元から牙を離し、一度周囲を確認するついでのようにこちらを見据え、ボクと目が合った。

 しかしボクの事なんかどこ吹く風。すぐさま今しがた自分が仕留めた獲物に向き直り、食事を開始する。

 頭に声が響く。


『少しばかり頑丈な体を持っているからとは言え、些か抜けているのではないのか』


 その声はボクの目の前で食事をしている白銀の豹、フェルから発せられている声なのだとすぐにわかった。フェルは声帯を使わず、相手の脳内に直接声を響かせて会話をする。

 僕はフェルの脳内へ直接声を届かせることはできないので、普通に声を発して返事をする。


「やあ、おはよう。フェル。今日も早いね」


『吾輩は早いのではない。貴様が遅すぎるのだ』


 はたから見れば、食事をしている肉食の猛獣に怯むことなく、何やら声をかけている命知らずな愚か者の構図だ。

 だが、そんなくだらない気の憂いも次の瞬間には頭の端から消え失せている。

 ボクは立ち上がり、改めて伸びをする。上体を起した時よりも全身がしっかり伸びているような感じでこれも気持ちがいい。


「散歩は済んだのかい?人はいた?」


 フェルは一度食事を中断し、美しく澄みきった碧眼でボクを見据えた。しばらく眺められたが、興味が失せたようにまた食事に戻る。


『貴様とて、誰も居ないことは分かっておるだろうに』


「まあ、それはそうなんだけど」


 かく言うボクも確かに周囲一帯に生存者がいないことは大体把握はしている。だけどフェルはその足でしっかり周囲一帯を見て回ってきたのだ。少しくらい期待してもいいじゃないかというものだ。

 改めて今一度辺りを見渡す。地平線まで延びようかという瓦礫の平原。そこには元より命など存在してはいけないかの如く、絶望的な光景だ。

 瓦礫にはそれぞれ、この場所に何があったのかを伺わせる特徴がいくつかある。綺麗な彫刻が施された窓や柱といった、おそらく重要な役割を持っていたような建造物に見られる特徴だ。更に今ボクが立っている場所の瓦礫は積み重なり山になっている。つまりここには以前建物が密集して建てられていた、すなわち町が存在していたのだ。眼下に広がる瓦礫の面積、そして量から察するにかなりの都市が築かれていたのだろう。それなりに繁栄もしていたようだが、今となっては見る影もなく、当時の様子を知るものは誰も居ないと来たものだ。

 頬を撫でる風も乾ききっている。悲しさと儚さを漂わせている、そんな風だった。

 ずぐ脇に置いてあった荷物から水筒を取り出し、軽く口に含みそのまま吐き出した。そして再びほぼ同量の水を口に含み、今度は飲み込む。このご時世に水は何よりも貴重だ。できるのであればこの水筒内にある水を後先考えすに飲み干してしまいたいものだがそうもいかない。これだけ乾ききった瓦礫の平原だ。寝起きの口内はホコリまみれというものだ。それが綺麗に流れたようでスッキリした。

 軽くストレッチをして、ブロックタイプの携帯食料を半分だけ食べる。一袋二本入りの一般的な固形食糧だ。栄養面にのみ特化された食料で、味は二の次三の次。コンクリートのブロックを齧っていようで、もし今この瓦礫を固形食糧だと言われて出されたら味だけでは判断できないだろう。

 ボクはけっしてグルメではないのだが、はできるのであれば好き好んで食べたいものではない。食事とは生物としての生きる営みとしては最低限かつ不可欠なものだ。それゆえにボクは欠かさず実践しているのにすぎない。

 背後から漂うオーラは緑色を漂わせる。一通り食事が済んだのか、こちらを振り向いたフェルの口元は鳶の血液で赤色に湿っていた。白銀の毛並みに、血の赤が良く映えている。満足そうに口元の血を器用に舐めとっていく。ついでに毛づくろいを始めたフェルはここ最近見ることがなかった、とても満足した表情を浮かべていた。


 「満足したみたいだね」


 フェルは毛づくろいをやめることなく、そのままの体勢で応える。


 『量的には満足とはいかなかったが、新鮮な肉の触感は格別だ』


 至福の表情を浮かべるフェルは猛獣の気配は既に感じられず。ネコ科らしい穏やかな雰囲気を漂わせる。


 「ご満悦のところ水を差すようで悪いけど、いつまでもその姿でいるのはさすがにボクでも身構えてしまうから元のサイズに戻ってもらえると助かるよ」


 フェルは片側の目だけでボクを睨む。数秒の間をあけ、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。フェルは体から大量の湯気のような白い煙を放出し、次第にその体は煙に覆われ見えなくなる。煙越しに見えるフェルの体はみるみる縮んでゆく。煙が完全に晴れたころには先ほどまでの猛獣は姿を消していた。代わりに足元には一匹の子猫がこちらを見上げている。


 「随分と小さ目な姿にしたね。いつもの毛長種みたいな姿になるかと思ったよ」


 『今日は一日お前の鞄の中で過ごすとしよう。そのためにはいつもの姿では些か大きすぎる』


 そういってボクの鞄へ頭から突っ込もうとするフェル。ボクは抱きかかえる形で止めた。


 「あ、今はだめだよ。また面倒ごとになるから」


 何故だと訴えかけるフェル。だが、すぐにその理由を理解したようだ。


 『あの小娘か。あやつもお前に似て、まだ起きておらんのか』


 「聞こえてんのよ、毛むくじゃら」


 声は鞄の中から聞こえた。鞄のかぶせが開いており、そこからサンは不機嫌そうな表情を受けべながら頬杖を突き、フェルを睨んでいた。


 「やあ、おはよう。サン」


 「おはようアレク。爽やかな寝起きだったわ。そこの毛玉なければね」


 『アレクにも言ったが、お前らはどうしてそう緊張感がないのか。今のこの状況を考えればいかに環境に適応した貴様らとて、周囲を警戒する心構えは解いてはならないというのがなぜ理解できない』


 「忠告、痛み入るわフェル。だけどね、私からも言わせてもらうけど、両脇抱えられて両足だらんな今のあなたにそんな事言われたくないの」


 サンはいつにも増して機嫌が悪そうだ。どうやら夢うつつの状態で微睡みの中にいたのだろう。そこをフェルの頭突きで起こされてしまったらしい。寝起きの機嫌が悪いサンはいつもの三倍近い凄みを放つ。しかしフェルにとってはどこ吹く風。それどころかまた吹っ掛けるように挑発してしまいそうな勢いだ。 全く、本当にこの二人は仲が悪い。一体、いつから二人はこんなに仲が悪くなってしまったのだろうかと思い返してみると、ああ、最初からだと一人で納得してしまい少し長い溜息を吐く。

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