霧の森の話
そこは巨大な樹木が立ち並ぶ森だった。
幹はとても太く、大の大人が数人がかりでやっと囲めるほど太い。
まるで加工された柱のように真っすぐ空に向かって伸びている。
そんな樹木が法則性なく辺り一面に立ち並んでいた。
空模様を伺うことはできないが、おそらく今日の天気は晴れなのだろう。天を仰げば一面の緑である。
木々の枝と葉が、日光を遮断している。
日の光がほとんど差し込まないためか、地面にはあまり草木が生えていない。太い根によって地面が浮き上がり、そこにわずかな苔が生えている。湿った地面が人の手によって整備されたかのように平らに、そしてどこまでも広がっている。
人間が一人、森の中を軽快な足取りで歩いていた。
膝下まである長いマントを羽織っており、フードを被っている。きっちりと前は閉めておらず、ちらりと見える腰にはベルトにしっかりと固定されているポーチが見える。ポーチとは反対側には水筒とカンテラが吊るされていた。水筒は軽快な動きに暴れまわる様子もなく、中身はしっかりと入っているようであだった。
◆◆◆◆◆
森に入ってから今日で一週間が経過した。
森には木の実の様な、茸のような、山菜のような類が集中して生えているポイントがあり、それを見つけられればその日の食事に困ることはそうそうない。
ここは日が当たらないためか湿気が強い。
そのせいか地中の水分を大量に吸い上げたような植物が生えていたりする。水分補給もそのたびにできるため、水筒の中の水をいたずらに減らすこともない。
砂漠や干ばつがひどい地方は生きとし生けるもの達に、この地より出ていけと言わんばかりに生き物に厳しく当たり散らしてくる。
それに対してこのような森は「我が家にようこそ」って感じだ。
休憩中にボクに断りなく足下から這い上がってくる全身毛だらけの小さな生き物とかはさすがに驚くけど、歓迎されているなら悪い気がしない。
だけど今朝起きたら頭の重さにつぶされている色合いが毒々しいソイツを見たときはさすがに肝が冷えたよ。おかげで今もフードを取るのはちょっと気が引ける。
空模様は天然の緑天井がそれを許さず伺うことができない。
でもなんとなく今太陽は頭上の真上辺りにあるのだろう。
ちょうどお昼頃だ。そろそろ休憩としよう。
フードを外し、軽く辺りを見渡す。まあ見渡す限り太い木だらけなんだけれども。
深呼吸をして、脱力。
両手をだらん。
目をゆっくり閉じて、スン、と鼻を鳴らす。
全神経を聴覚と触覚に集中させる。
イメージとしては自分の感覚を半球状に広げていく感じ。
知覚の縄張り、感覚圏といったところか。
――半径10m。
背後にある木の感触が伝わる。ゴツゴツしてる。
――20m。
勢力をどんどん広げる。
――30m。
そよ風で揺れる木々も手に取るようにわかる。
――50m。
「―――!」
聞こえた。
野鳥か、はたまた別の生き物か。水をすする音がする。
微かだが湿った地面とはまた別の、澄んだ水の匂いもする。
ゆっくりと目を開ける。薄暗い森の中だが若干眩しい。
先客には悪いがそこで休憩させてもらおう。
ん?水場のから少し離れたところに何かあるようだ。
更に感覚圏を広げようと意識を集中しようとした瞬間。
「―――うあっ!」
極限まで研ぎ澄ませていた感覚が逆に仇になった。
すぐ背後に木の実が落下した音をもろに拾ってしまった。
「ちょっと!」
サンがものすごい剣幕でショルダーバッグから飛び出す。
「急に大きな声を出してなによ!びっくりするじゃない!こっちはいい気持ちでバックの中で揺られながら寝てたのに、不愉快な大声で起こされたんじゃ寝覚めが悪いってもんよ!ちょっと!聞いてんの!?」
「サ、サン…ちょっ、と…タンマ」
飛び起きた勢いで耳元で怒鳴り散らされた。
耳の穴に腕突っ込まれて直接脳が揺さぶられる感じ。こっちだってたまったもんじゃないよ。
ゆっくりと大急ぎで感覚を元に戻す。
ボクの大声が気に障ったのか水場にいた動物が乱暴に地面を蹴る音が聞こえた。
その時の足音を聞いで改めて思ったのだが、ああ、結構小さい動物だったんだなと片目に涙を貯ながら思いを馳せた。
水場はそれなりに小さなものであった。大きな水たまりって感じだ。
対岸側には微かに地面を蹴った跡がある。
「悪いことしたかな」
既にその場を後にしている先客に詫びる。
水はとても透き通っている。不純物はほとんど見られない。
指で水温を確認する。うん、結構冷たい。
水底に目を移す。水底からは小さな気泡が出ている。
なるほど、この水たまりは先日に降った雨による単なる水たまりではなくて、天然の湧水で出来た小さな湖のようなものなのだろう。
両手で水を掬い、口へ運ぶ。
最初は唇で温度を確認する。水温はざっと10℃前後だろうか。
続いてそのまま軽くすする。口内が静かに潤う。
そのまま掬い上げた水を飲み干す。ゴクリと音を鳴らす。
胸を冷水が下っていく感じがたまらない。
お腹に到達するのがわかる。全身に水分が満遍なく広がっていく。
腰に吊るしてある水筒は非常用の水だから気楽には飲むことはできない。朝から何も飲んでいないボクにとっては安らぎの瞬間だ。
先ほど背後に落ちてきた木の実を取り出す。
ついでだ。腹ごしらえもしてしまおう。
片手に収まるくらいの大きさで色は赤茶色。全体が柔らかい棘のような突起物に覆われている。落ちた衝撃で亀裂が入ったようだ。中からは微かに甘い匂いがする。
亀裂に両手の親指をねじ込み開く。中にはぎっしりと果肉で埋め尽くされており、実の中心には四等分された種子がある。
この木の実は森に入った時からよく口にしている。
森の大半を占める巨木たちが付ける木の実で、素朴な甘さの中に微かな渋さが混じる。肉質はとても瑞々しく、しゃくしゃくとした歯触が心地よいのだ。
服を汚さないように気を付けながらかぶりつく。
少々熟れ過ぎだろうか。果肉が多少くたびれているが問題なさそうだ。
「ふう」
一息。
静かな森に流れる爽やかな風は雑多な感情を洗い流してくれる。
これで空がはっきりと見えれば最高なんだが。
木々の隙間からわずかに見える空はやや赤みがかっている。
夕暮れ時に差し掛かっているわけではない。
これも過去に起きた「大破壊」による影響と名残の一つだ。
戦争が激化した地方では空の色までもが変化しているという。
でも今はその色合いも美しいものに思えてくる。
湿度、温度、時間。
全てが最適。
思わず転寝でもしてしまいそうだ。
「それはだめよ」
いきなり顔の、それも至近距離で目の前にサンが現れた。
「あんたのことだから気持ちがいいから寝ちゃおうかなーとか思ってたんでしょ」
「すごいな。とうとうボクの思考まで読み取れるようになったのかい」
「もうアンタと何百年一緒にいると思ってんのよ。さすがに赤子の手を返すかの如く、お茶の子も朝飯前って感じだわ」
最後のほうはよくわからなかってけど、どうやらボクの考えは筒抜けのようだ。何百年は大げさだけど。
「とにかく、今は夜を凌ぐことを考えなさいな。薪でもなんでも、準備できることをやっておかないとまた苦労する羽目になるわよ」
ていうか!とサンは続ける。どうやら不満スイッチが入ったようだ。
「一体何時までこんな辛気臭い森の中をひたすら歩き続けなきゃならないのよ!もう一週間よ?一週間!いい加減飽きたってぇーの!!」
さすがのサンもいい加減限界かな。
サンは一通り不満を吐き続け、ようやく落ち着きを取り戻した。
「まあいいわ。それよりも場所はどうするのよ」
「それならもう目星をつけてるよ」
「あら、なかなかに用意周到ね」
「この先を少し行ったところにね」
先ほどの知覚の拡大によって行った探知の時にこの水場よりも先になにやら建築物らしきものがあるのがわかっている。まあそれが何かを確認しようとしたところでやめてしまったのだけれど。
サンは少し興味ありげにふーんとその方向を向く。
「何かマシな食べ物でもあるといいわね」
う、お腹の虫が。
水場から少し離れた場所にあった建造物は一軒の家屋だった。
丸太を何本も積み重ねて作られているようで、材木などが細かく加工されておらず、木の形がほぼ残されている状態で構成されている。見た感じ非常にシンプルな造りのの家屋だった。
壁にはツタがびっしりと張り巡っており、苔も一部茂っている。それなりに長い年月が経過していることがわかる。
入り口は一つ。窓が複数取り付けられているが、カーテンがしっかりと閉められており、中を確認することはできない。
入口へ上るための専用のスロープが取り付けられており、その脇には木製のポストが設置されている。
おそらく赤く塗装されていたのだろうが、ほとんど色が落ちてしまっており、少し黒っぽく変色してしまっている。
中には小枝や枯れ葉などが大量に詰まっており、中心が窪んでいる。小さな糞や何かの食べかすが転がっており、何か小さな生き物がこのポストを巣として利用していた形跡もある。
ポストが機能していないということはこの家屋がどれほど長い期間放置されていることが察しが付く。
「外見からして荒れ放題ね」
実際壁に使用されている丸太はかなり表面が荒れてしまっている。張り巡っているツタは丸太に食い込んでいるものもある。
「まあとりあえず入ってみようよ」
入り口のドアに手をかけるのと同時に感覚圏を多少展開する。
半径は大体10m程度に設定。小屋の内部に探りを入れる。
ボクの探知は生き物には非常に敏感だ。生き物が放っているオーラといえばいいのだろうか。それに過剰に反応するらしい。正直自分も仕組み自体はよく理解していない。するつもりもないし。
知覚のドームが小屋全体を包み込む。ボクのイメージには半透明となった小屋の全体のイメージ像が浮かび上がる。
ああ、この小屋の内装も外見同様に結構シンプルなんだな。
結果的に小屋の中には生体反応というか生き物は存在しないようだ。代わりに背後のポスト付近から生体反応あり。振り返り、見てみるとネズミのような小さな生き物が2匹ポストの周りをうろついている。ボクの視線に気が付いたのか、そそくさとその場から逃げていった。
気を改めてドアノブを捻ってみる。手ごたえがない。カギがかかっていたようだが、
「あ」
何度かガチャガチャと捻っていたらボキっと根元から折れてしまった。相当痛んでいたようだ。おまけにドアも開いた。
「ごめんくださーい」
自然と開いたドアの隙間から中を覗いてみる。
中に生き物はいないことは先ほどの探知で既にわかっているが、一応誰かの家にお邪魔するわけだから一声くらいはかけてみる。
当然かえってくる言葉はないが、家主が玄関口で出迎えてくれた。
衣服を着ているが綺麗に白骨化してしまっている。
腐敗臭はしない。かなり前に亡くなったようだ。
「お邪魔します」
白骨化した家主の御遺体へ一礼し、ドアを開けて一歩入る。
空気が動き、埃が舞い上がる。思わずくしゃみをする。
イメージとして内部の状態は頭の中には入っているが、実際のものを見るとかなり違う箇所が出てくる。やはりイメージとは大まかなもので詳細な箇所まではわからないものだ。
小屋の間取りは1LDKで一階建て。天井の梁がそのまま見える吹き抜けとなっている。
内部は外見通りとはいかないがここ数年人の手が全く入っていないようで、埃まみれであった。それにかび臭い。しかし誰かに荒らされた様子もなく。誰かが生活していたであろう感じがまだ残っている節がある。以前この小屋を活用していた人は綺麗好きだったのだろう。食器やテーブルの上は綺麗に整頓されている。
玄関脇の下駄箱の上にはカレンダーが置いてあり、そのカレンダーが指し示す年月は今より100年近く前であることがわかる。
カレンダーをめくろうとしたが、ボロッと崩れてしまった。
小屋の中の物色を始める。
下駄箱の中にはいくつか靴が入っていたものの見事にくたびれてしまっており、使えそうもなかった。
「ん?なんだこれ」
小さな箱が下駄箱の奥にしまわれていた。厳重に保管されていたようで、空気に触れないようにしっかりと封がしてあった。箱を様々な角度から眺めているとボタンを見つけた。押してみると厳重にしまっていた箱が開き始める。中にはスニーカーが一足丁寧にしまわれていた。何かの記念シューズのようだ。黒と金の二色で派手な色遣いが施されている。
やや奇抜なデザインであったが試しに履いてみる。
お、ぴったりだ。指もしっかりと動くし、ストレスも感じない。今吐いている靴はさすがにもうボロボロで、そろそろ限界が近づいていたからちょうどいい。
次に手を付けたのはキッチンの食糧棚。
上下二段に観音開きの扉があり、まずは上段の扉を開けた。
「うあ、こりゃひどい」
思わず口元を抑えたが、その行為に意味はなかった。
食糧棚にしまわれていたであろう食料は全て腐敗を通り越してしまっていて、全く匂いがしないのだ。
豊富な食料が蓄えてあったのだろう。腐敗しきったあとを見てもその様子がうかがえる。
次に下段の扉を開いてみるがそこには小さな樽が一つだけあるだけだった。
「樽?」
大きさは大体20?程度の樽が一つだけ横に寝かせてある形で保管されていた。
蛇口の様なものが付いている。水でも入っているのだろうか?
「あら、酒樽じゃない」
サンがひょこっと顔を出す。
「酒樽?」
「この中にはお酒って言って大人の飲み物が入っているのよ。なんでも飲むと気持ちよくなれるんですって。昔読んだ本に書いてあったわ。大人たちはこれに目がないんですって」
へぇ。サンはいろいろなことを知っているなぁ。そんなことを聞くと興味が沸いてしまった。
ちょっと飲んでみたい。
食器棚からコップを一つ取り出す。マントの綺麗めなところでコップをよく拭き、酒樽の蛇口を少しづつ捻ってみた。
「あれ?」
全然出ない。飲み干されてしまったのだろうか?それならば少し悲しい。
蛇口を全開してみるとチョロっとほんの少しだけ酒が出てきた。コップの底を覆う程度のほんの少量だ。
「へぇ。これが」
色は深い琥珀色でキラキラと輝いていて綺麗。
香は複雑で、なんだろう、今まで嗅いだことのないものだった。
近いものがあるとすればここ最近森で食べていた木の実。あれに近い気もする。
鼻元に近づける。匂いがさらに強くなり、ボクの好奇心は加速する。
量が少ないため、コップを一気に傾けて酒をあおる。
「!?」
コップの中の酒は常温、またはそれよりも冷えていたはずなのに、口の中に入れた途端、それは、熱湯を注ぎこまれたように熱い。
驚きのあまり飲み込んでしまう。
火のついたような焼けた棒を食道に突っ込まれたような熱さ。
胃に落ち込むと臓器に酒がじわりじわりと染み込んでいく様子がわかる。
そして染み込んだ臓器から恐ろしいほどの虚脱感を覚え始める。
四肢がだらしなく緩む感覚。そして発汗。
「だ、大丈夫?アレク。顔が真っ赤よ」
サンがボクに気を使ってくれている。
なんとなくわかる。
全身の力が抜けていく。
このままではここで倒れこんでしまいそうだ。
それは、なんだかまずそうだ。
体がすごく重い。
でもなんだろう。悪い気がしない。とてもいい気分だ。
ああ、なるほど。世の大人たちはこの感覚がたまらなく好きなんだろうなと妙な納得をしてしまった。
ゆっくりとリビングの方へ移動する。
リビングには見るからに柔らかそうなソファーがある。
そこに腰かけるとソファーの骨組みたる木々が大きく軋む音がした。
もう足腰に力を入れたくない。
何をする気も起きない虚脱感に浸っていたい感覚。
サンが何か言っている。
でも今はいいや。
ボクの意識は泥の沼沈んでいくかのように暗転した。
◆◆◆
砂嵐。
テレビがチューニングされるように、音と映像が浮かび上がる。
古い映像だ。
色がない。モノクロだ。
雑踏。
反響。
誰かが何かを喋っている。
その声はボクに向けられている。
―――やめろ。
何か引っかかる。
―――やめろ。
この映像は。この記憶は。
遠い昔に僕が、
―――やめろ。
切り捨てたはずの過去。
「この化け物め!!」
◆◆◆
「やめろ!」
探知領域を最大にまで拡大する。
半径にしておよそ500m程度。
人間の反応は、ない。
乱れた呼吸と広げた感覚をゆっくりと元に戻す。
辺りを見渡すと日はすっかり沈み、辺りは闇に染まっていた。
頭が痛い。
なぜこのソファーで横になっていたのか、記憶が混濁している。
気分が悪い。
胸元のモヤモヤごと吐き出してしまいたいくらいだ。
こんなに気分が悪いのは何年ぶりだろう。
窓から外の様子がうかがえる。
なんとも薄暗い。もう日が暮れてしまったのだろうか?
「あら、もう起きて大丈夫なの?だいぶうなされていたけど」
サンが心配そうに気にかけてくれている。
「今は夕方かい?」
今頭にある疑問をサンに問いかける。
サンは若干怪訝そうな顔を浮かべた。
「なに、まだ寝ぼけてるの?もうそろそろ日の出よ。アンタ一晩はこのソファーで眠っていたのよ。しかもうなされながらね」
「一晩も…」
なんということだ。一晩も時間を無為につぶしてしまったというのか。
この事実にはさすがのボクもショックを隠し切れない。
自慢じゃないがボクは気持ちを切り替えるのが早い。数分程しっかりと落ち込んでからいつもの日課である早朝の体操を行うことにした。こうなれば後は体のスイッチが入るから
鞄の中から固形食糧を一袋取り出す。ショートブレットによく似たブロックタイプだ。一袋に2本入っている。
栄養バランスは申し分ないし、そもそもの栄養価がものずごく高い。一袋2本も食べれば半日は空腹感に悩まされることなく行動が可能となる。だけど当然の欠点というか、はっきり言ってめちゃくちゃ不味い。もう少しまともな味できなかったものだろうかと常々思う。
まともに味わいたくはないからまとめて口へ放り込み数度の咀嚼の後一気に飲み込む。腰に吊るしてあった水筒の水を一気に飲み干してしまおう。口内に固形食糧が残らないように念入りに飲む。近場には水場もあるので容赦なく飲む。
そう思いながら固形食糧を食すことももはや日課なのかもしれない。
出発の準備を済ませる。
先日この家の主人から拝借した新品の記念スニーカーを履く。足が包み込まれる感覚が心地よい。
すぐにでも飛び出して走り回りたい衝動にかられるが、ここはぐっとこらえる。
「では、お邪魔しました」
家主であろう遺体に一礼し小屋を出る。
外は日の出前特有の湿度の高い空気が立ち込めている。
とりあえず先ほど空にした水筒の中身を補充するために水場まで移動しよう。
一歩、また一歩と歩くたびに空気はその湿度を増してゆき、数10m先にある水場についたころには空気は重く霧と化しボクの周りにまとわりついていた。
「この森に入ってから一番の霧だ」
さっさと水筒に水を補充してしまおう。
若干地面もぬかるんでいるようだ。せっかく卸したばかりの靴が汚れてしまう。
水筒を水で満たし頃には1m先もまともに見ることができないほどの濃い霧に囲まれてしまった。
白い闇といった表現がぴったりだ。
「これはまいったな」
森の霧がここまで濃くなったことは今までなかったからなおさらだ。
「サン、あまり飛び回ると今は危なそうだ。なるべく鞄の中にいるんだよ」
サンから応答はない。代わりに小さな寝息が聞こえた。
霧が立ち込めたことによって飛び回ることが危険と判断することはボクよりもサンのほうが何倍も早いようだ。すっかり避難を完了し、安寧の時間を過ごしている。
まあ、しかしだ。ここまで霧が濃いのでは目視による確認は最早頼りにはならない。
あまり気は乗らないが、探知を使用することにした。
事実、探知を広域で行うとエネルギーをかなり消費する。連続で使い続ける場合探知領域にもよるけど、大体30分に一回は長時間の休憩を挟まないと貧血状態みたいになって倒れこんでしまう。
だからあまり頻繁な使用は避けたいところではある。この森に入ってから使用する機会が多い気がするが、こうまで視界が悪いとなっては仕方がないというものだ。
「しょうがないか」
あえて声に出し、それを自分の耳で聞くことで覚悟というかその気になる。
先ほど起き抜けに超広域の探知を行ったため、周辺の大体の地形は把握している。そのせいで1日1本と決めていた固形食糧を一袋も食べる羽目になってしまったわけだが、この際ポジティブに考えよう。
ちなみに、ボクは燃費というか、エネルギー効率というか。そういったものがすごく優れているらしくて、アレを1日1本食べれば夜まで持つ。や、決してあんな不味いものを1日に何本も食べたくないだけではない。ボクは好き嫌いは非常に少ないほうだ。
後は自分の周りの障害物や木々の配置だけ把握できればそれでいい。ごく短い領域、大体2~3m程度のドームを数秒展開する。短い距離、短い時間の使用であれば貧血で倒れることもそうない。
まだ時間は早いし、気温もそれなりに低い。ほとんど日の光が差し込まない森の中だけども、気温が上がってくれば霧も晴れるだろう。それくらいであれば特別問題ないし、貧血で倒れるようなこともないだろう。
こんなところで足止めをくっていてもしょうがないので、先へ進むことにした。
白き闇は依然晴れる気配を見せない。
あれからすでに数時間、2時間くらいだろうか、正確な時間はわからないが、すでにそれほどの時間が経過していた。
いつもであれば霧などすっかり晴れ、じめじめとした空気が周囲を漂う頃合いなのだが、まるで時が止まっているかのように以前数メートル先も視認できないほどの深い霧に包囲されている。
さすがにおかしい、なにか奇妙だ。
体力がジリジリと削れていく。
周囲の確認のために探知を続けるが、感覚圏の末端が霞むように読み取り切れない。
一歩、また一歩と足が重くなるのがわかる。まるで鋼の鉄球を引きずっているかのようだ。
さすがにどこかで休憩を挟もう。このままではらちが明かない。
巨木を背にしてもたれかかる。
深く息を吸い、そしてゆっくり吐く。
湿度の高い空気が灰を満たし、適度な水分補給を行う。
目を閉じ呼吸をゆっくりと整えながら気持ちを落ち着かせる。
軽い仮眠に近い状態まで意識が低下する。
しかし周囲の探知は続ける。心臓の音に合わせて半径2~3mの探知を怠らない。何かが近づいてきても瞬時に反応できるように。
何分経過したのであろうか。30分休んだような気もすれば1時間ほど休んでいたかのようにも思える。時間の感覚が定かではない。
「そこの人、如何されました?」
「!」
不意に声をかけられた。。
とっさにその場から飛びのき、声が聞こえた方向へ向き直る。
腰に吊るしてあるナイフに手を添えて臨戦態勢をとり、顔を出しそうになったサンを鞄から出ないように制する。
感覚圏を広げる。5mほど離れた所に背の低い人物がこちらを注視するかのように佇んでいる。
声質から男。声の高さから察するに若い青年のようだ。
霧がゆらりと揺れる。青年はゆっくりとボクの目の前まで無防備ないで立ちで現れる。
髪の色は黒で髪は短く切りそろえられている。
服装は無地のTシャツにボロボロなカーゴパンツを履き、背中には木の枝で編んだのであろう、籠の様なものを担いでいる。森の木の実が数個入っていた。
その顔つきにはまだあどけなさが残るが適度に引き締まっている。
「大丈夫ですか?」
「…」
「ああ、えーと」
明らかに警戒しているこちらを見て察したようだ。自分が無害な人物であることを身振り手振りで証明した。
「一応あやしいものじゃないですよ、多分」
「…」
少々沈黙が続いたが、敵意というか悪意を感じられなかったので、臨戦態勢を解除した。
アレクの警戒心が解かれたことを感じ取ったのか青年は少しほっとしたようだ。
「旅の方ですか?」
「ええ、そんなものです」
「木にもたれかかっていたようですけど、どこか調子でも優れないので?」
「いやあ、この森に入ってから初めてこんなにも濃い霧に見舞われたものですから少し参ってしまって。ここで少し休憩をしていたのですよ」
青年はああ、と妙に納得したようだ。
「今日の霧はいつもより格段に濃いようですからね。旅の方にはかなり応えるものかと思います」
霧の濃さは依然収まる気配がない。もしかしたらこれは霧などではなくスモッグやガスの類なのではないかと勘ぐってしまうほどだ。
それよりも気になることがある。
「そういう貴方は?」
目の前の青年である。
ボクは半径約3mを常に探知で探っていた。この距離はボクではそれ以上の目視ができなかった距離だ。それをこの青年は探知の外からボクの姿を補足したことになる。
「僕ですか?僕はこの近辺にある小さな町のしがない町人ですよ。よくこの辺りには木の実や薬草を採取しにくるんです」
「え!町が!?」
近年では人と出会うこともなかなか珍しいものだが、まだ機能している町に行き会うことはことさらに珍しい。
彼がその住人であるというのであれば近辺の情報を収集できる良い機会だ。
「そうだ。せっかくですし僕たちの町にどうです?霧が晴れるまで休憩なさっては?」
「そうですね。お邪魔させてよろしいですか」
青年はもちろんと表情を輝かせた。
まだ完全に警戒を解いたわけではないが、本当に彼の言う通りこの近くに町があるのであれば立ち寄らない手はない。ひとまずは訪問させてもらうことにした。
青年が歩き始める。ボクは目視で青年を視認できる距離を守りながら後を付いていくことにした。
しっかりと距離を保っていたはずが不意に青年の姿がかげとなり、霞み、そして消えた。
「え、ちょっと!?」
急いで青年に追い付こうと駆け寄る。しかし、すでにそこには誰もいないし、痕跡もない。
探知で周辺を探る。
5m、10mと範囲を広げるが誰一人と補足できないない。
霧は深さを増していた。霧というか登山の最中に突然雲の中に紛れてしまったかのようだ。マントが霧の湿気を吸う。否応にも湿気ってしまったマントが重い。
「キツネにでも化かされた気分だ」
はあ、とため息をつく。
一体何だったのだろうか。人恋しさに幻でも見たというのか。しかし、あの感覚は間違いなく実物のものではあったのだが、なんにせよ気味の悪い体験だ。
急いでこの森を出よう。もう霧の濃さは冗談では済まされないほどの濃度だ。このままでは平坦な森の中で遭難しかねない。足元がおぼつかずに底なし沼にでも誤って入ってしまえばさすがのボクでも非常に危険だ。
とりあえず青年が進んだ方向に一抹の望みをかけて足を運ぶことにした。
しばらく歩いては見たものの森の霧は一向に晴れる気配を見せない。
探知にも相変わらず人どころか動物すら補足できずに代り映えしない木々のランダムな配置だけがボクの頭にイメージとして浮かび続ける。
頬を伝うしずくが霧の湿気なのか汗なのかがわからなくなってきた。
空気中の湿度が高いので喉が渇くことはないが、依然として探知を実行し続けているので体内のエネルギーはガリガリと減っていく。
歩き続けていると突然開けた広場に出た。
まるで森の天然コロシアムのような場所だ。
半径およそ15mといったところだろうか。なにか人工的に、意図的につくられたかのようにも思えるほどきれいに整えられている。
広場の中心には木が一本だけ生えていた。森の木々とは明らかに品種が違うようだ。なんというか、よくみる普通の木だ。どこか安心感を覚える。
広場の木は簡易的な柵で囲まれており、立て看板が一つだ刺さっていた。
何と書いてあるかは読めなかったが、木のふもとには小さな花が供えられていた。
どうやらこの木何かのお墓のようだ。
なんとなく気の周りを周回しているとき、探知の端に何かが掠った。
その方向に視線を向けるとそこには体格の良い中年の男性がこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。手には花束の様なものが握られている。おそらく他の花同様に供えに来たのだろう。
一日でこれだけ多くの人間に会うなんて非常に珍しいことだと感心してしまう。
向こうはまだこちらのことには気がついていないようなので今度はこちらから声をかけてみよう。
「どうも、こんにちは」
「え?」
男は豆鉄砲を食らったかのようにきょとんと間抜けな顔をさらした。
「ああ、旅の方ですか?」
「はい。この辺りには集落があると聞きましたので。あなたもそちらのご出身で?」
「え、あんた、なんでそのことを?」
男はボクの顔を見るなりみるみるその表情が青く歪んでいった。
「そんな、まさか、そんな」
男はなにやらうわごとのようにブツブツ呟きじ始めた。
一歩、また一歩と後ずさりを始める。異常を感じ、さすがにボクも彼の身を案じてしまう。
「あの、如何されました?」
「うわああああああああああああああ!」
男は手にしていた花束を無造作に地面に落とし、なりふり構わずその場から逃げ出した。
「え、ちょっと、え!?」
いや確かにこんな場所で多分人とかいないんだろうなとか思うのは勝手だけども、それでも初対面の人の顔を見て一目散に逃げるというのはいったいどういった了見なのさ!さすがに失礼すぎやしないかい?
あ、ちょっと頭に来たぞ。とっ捕まえて事情を聞いてやろうか。ああそうだ、こんな霧の深い森でパニック状態で逃げ回るのは非常に危険だからな!
ボクは彼が走り去った後を追いかけることにした。
広場から再び森へ入ると霧はまた濃さを増し、視界の悪さは劣悪な状態に逆戻りした。
多少頭に血が上ったからと言って男の後を追いかけることにしたのだが、視界のすこぶる悪いこの森の中を走るという行為はやはり危険だ。ボクは探知で周辺の地形を探りながら移動ができるからまだいいにしろ、いくらこの辺りの地形に詳しいからと言ってこの状態の中で走り回るのは危険極まりない。
急いで止めなければ大けがを負ってしまうことだろう。
もう少しで男に追い付きそうになったとき、先ほどの青年同様、男は霧に飲まれるようにその場から完全に消えてしまった。
「あ、また!?」
急いで探知を開始する。今度は先ほどより範囲を大きく広げて30m程度の距離を探索する。
くまなく神経を研ぎ澄ませようが、人の反応はなかった。
いや、正確には人の反応ある。が、それは全くの別人のもであった。
「戻ってきてしまったのか」
ボクの前に現れたそれは、昨晩お世話になった小屋でった。
少し様子がおかしい。家屋全体を覆っていたツタはほとんど見られず、苔などもあまり見られない。
何よりも先ほどの探知に引っかかった人の気配。その当人は間違いなくこの小屋の中にいることである。
警戒心を強めて小屋の中へ入ろう。ドアノブに手をかけて、ゆっくり捻る。
あれ、何か忘れているような。今僕がつかんでいるのはドアノブ。たしか、昨日無茶して。
「!!」
何かにはじかれるようにドアノブから手を放し、その場から飛びのき距離を置く。
そうだ、あのドアノブは昨日ぼくが無理やり捻ったら根元から折れてしまったものだ。そして、当然のことながら、ボクはあのドアノブを直した覚えなんてない。
様々可能性を考慮ドアを睨みつけていると、ゆっくりとドアが開き、中から老人の男性が出てきた。外の様子を見に来たようだ。
ボクの顔を見るなり、軽く微笑んだ老人は一言。
「いらっしゃい。まあ、あがりなさい」
とだけ言い、片足を引きずりながら小屋の中へ消えていった。
家主のお誘いを断る理由はない。
ボクはとある確信を抱きつつ、小屋の中へと入ってゆくことにした。
小屋の中の内装は昨晩僕が寝泊まりしたあの小屋のものと何一つ変わってはいなかった。違うものがあるとするならば清掃が行き届いており、小屋の中は綺麗になっているということだ。
暖炉には火が灯されており、その日の明かりで湿気を吸ったボクのマントは乾かされている。
そして小屋の中央にある小さなテーブルの上には暖かい紅茶を注いであるティーカップが二つ置かれている。一つは椅子に腰かける老人のもの。もう一つがソファーに腰かけさせてもらっているボクのためのものだ。
老人はゆっくりとティーカップを口元まで運び、そして時間をかけてゆっくりと啜る。老人の周りに流れる時間だけ特別なものであるかのように思うほどだ。
ボクも紅茶というものは飲んだことがない。興味本位で是非飲んでは見たいものの、つい昨日興味本位で手を出した酒に痛い目を見ているのが頭に引っかかるのか、ついぞ手が出ない。
老人はティーカップをテーブルの上に戻し、そしてボクの足元見ながら口を開いた。
「いい靴を履いているね」
ギクリ、なんだか胸が痛い。
「あ、これですか。これはですね…」
ボクの頭の中には一つの可能性が浮上していた。確証は何もない。だけども現状の状況を見るに、この可能性はほぼ確定事項なのだと本能的に悟っている。
「ご主人の大事な記念品とはつゆ知らず、勝手に物色して持ち出してしまいました。本当に申し訳ありませんでした」
老人は少し目を開き静かに驚いたあと、すぐに優しい表情に戻った。
「いえ、いいんですよ。誰にも履かれずにこの森とともに朽ちてゆくよりも、靴としての責務を全うできるほうが絶対良い事でしょうから」
やはりそうだ。この小屋はまごうことなき昨夜ボクが寝泊まりした小屋で、この方はこの小屋の主人だ。
「私からもいくつか、あなたに謝らなければならないことがあります」
ご主人は改まり、ゆっくりと頭を下げながら謝罪の言葉を言った。
「こちらとて誠に申し訳ない。二度もあなたの前から突然に姿を消してしまって。さぞ、混乱したことでしょう」
頭の中でここ数時間の出来事がだんだんと繋がってゆく。ああ、そういうことだったのか。
「足を引きずっておられましたが、その怪我はやはりあの時?」
「ええ、木の根っこに躓きましてね。その時ちょっとした段差から転落してしまいましてね。その時に、ちょっと。やってしましましたわ」
「いくら地元で土地勘があるとはいえ、さすがにこの濃霧時に走り回ることは危険ですからね」
「誠に面目ない」
出された紅茶に手に取ってみる。凄く細かな装飾がとても綺麗なティーカップだ。とてもボクなんかには似合わない逸品に注がれた紅茶は鮮やかな赤色がとても美しい。
ボクは紅茶が何たるかは全く分からないが、さわやかな香気は疲れた心情に染み渡る。
ゆっくりと舐めるようにごく少量口につけてみる。香気が口いっぱいに広がり、飲み込むと同時に微かな渋みが非常に心地よく癒される。
おいしい。心の底からそう思ったのは久しぶりだ。
それからご主人からは色々な情報をいただいた。
かつてこの近辺には集落があったのだが、集中豪雨に見舞われて町が崩落してしまったこと。
自分はこの森を管理している身であること。
この森の実はあまり食べないほうが良いということなどなど。
木の実に関しては免疫力が強い人は大丈夫らしいのだが、胃腸が弱い人が未処理のあの実を食べるとなかなかひどい目に会うとか。ボクはただ運が良かっただけらしい。
そしてこの森を超えると大きな岩山が見えてくるらしいのだが、その岩山を超えると小さな町があるということ。しかし集落が崩落したことで連絡を取り合う手段がなくなってしまったことにより、現在どうなっているかは不明とのことらしい。
久しぶりだった。こんなに有意義な会話をしたことはすごく久しぶりだったから。久しぶりに楽しいと感じだ。
だけどそれだけに、つらいこともあるというものだ。
紅茶も飲み終えたころでご主人は椅子から立ち上がり、時計に目をやる。そして杖を付きながら足を引きずり窓のほうへ歩いてゆく。
「アレクくん、ちょっといいかね」
ご主人が手招きする。まどから見える景色を見せたいようだ。
「あそこに開けた広場があり、そこにこの森の木とは明らかに異なる種類の木があるであろう?」
「はい、柵に囲まれていて花とかが供えられている所ですよね」
ご主人は静かに頷く。
「これは私からのほんの些細なお願い事なんだが、この森を抜ける際に是非その木の様子を見てきてほしいのだ」
ご主人はボクの目を真っすぐ見据えていた。
ボクはゆっくりと、契約を結ぶかのように力強く頷く。わかりました。
「それをきけて、私は満足だよ。さて、そろそろお別れの時間かな」
ご主人が目をやる時計。ボクも同じ時計を見るが、その時計には長針や短針といった時刻を示すものがない文字盤だけの振り子時計だった。規則的に振り子だけが揺れている。
「では、よき旅路を。気をつけてな」
「アーレーク!いつまで寝ているのよ、このお寝坊さんやろう!!」
「顔が痛い!」
起き上がるとボクの顔にへばりついていたサンが転がり落ちながら眩しい朝日がボクの目の中へ飛び込んできた。
目が覚めるとあのさびれた小屋の中だった。ボクが眠っていた場所はやはりあのボロボロなソファーの上。
「あれ、サン。おは、よう?」
「ハイオハヨウゴザイマスアレクサマ!」
サンは高く上った太陽を指さしながら、こちらに険しい表情を向けながら再びボクの顔面にへばり付く。
「現在一体何時デショウカ?アレクサマ??」
「はいすいませんでした。今すぐ準備を整えますので堪忍してください」
急いで準備を整える。固形食糧の1ブロックあまり噛まずに飲み込みながら朝の体操を行う。
ふと目の端に入ったテーブルの上には色褪せ、コケやカビで劣化し、割れてしまっているティーカップが二つ並んでいた。
玄関から出るときに用意していた記念スニーカーに足を通す。足が包み込まれる感覚が心地よい。
外に出るととても清々しい空気が漂っていた。
霧などは全く発生していない。すっきりと澄んだ視界がなんだか懐かしい。
小屋を出てしばらく歩く。距離にして1㎞弱。太い巨木の木々の先に開けた空間が見えてくる。
半径15m程度の広場が出現し、その中心には朽ち果てた木があった。根元からぼっきりと折れてしまっている。
柵や看板などはすでに跡形もなく、花が供えられていた場所には数本の小さな花が咲いていた。
ボクは花の横に森でとれた木の実をそっと置き、目を閉じ、手を合わせる。
「ご主人、ありがとうございました。それと紅茶、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
広場を北に進むとすぐに森を抜けた。
森を抜けると茶色い道が一本岩山へ向かって真っすぐ伸びている。
ボクは道が示すとおりに真っすぐと歩く。
岩山を超えるとその先には小さな町が一つあるらしい。
無事でいると非常に助かる。
「アレク。あんた紅茶なんていつ飲んだのよ?」
「サン。僕にだって秘密の一つや二つあるものだよ」
「何よそれ!ナマイキ!」
「わっ、やめろよ髪が痛い!」




