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洋上のストラテジー  作者: 獅子宮タケ
第1章 Z作戦
21/22

第二節 夜間強襲攻撃-04

 十二月九日 午前一時三十分 

 フレンチフリゲート環礁 第一艦隊旗艦 戦艦大和


「以上で尋問を終了します。ご苦労様でした。」

 そう言って様々な質問を浴びせてきた東洋人の少佐と書記をしていた下士官が部屋を出ていくとルイス・ヘンダーソン少佐は欠伸混じりの大きな溜息をついた。他所様のフネに助けて貰った身としては不遜な態度には違いなかったが、疲労困憊の体であった彼には仕方のない振る舞いだった。

 アメリカ太平洋艦隊作戦参謀副官という将来が期待されたポストを務めていた彼だったが、日米開戦と母港壊滅の知らせ、そして人生初めての艦隊決戦とその惨敗、乗艦の降伏と日本艦への収容といった目まぐるしい状況の変化は彼の体力はもとより精神の消耗を大きく強要する性質の出来事の連続であった。とはいえ、残念ながら日本海軍は彼に満足に休息する時間を割いてはくれなかった。日本艦隊に降伏した満身創痍の【サウスダコタ】から脱出し、若干だが北太平洋の怒涛に弄ばれた後に勝者である日本戦艦の一隻に無事に収容された彼は「ミソシル」・「オニギリ」と日本人達が呼ぶ簡易的だが温かい日本食を腹に詰め込むと疲れから思わず眠りに落ちてしまっていた。しかし、疲れが取れないまま、流暢なイギリス英語を話す日本海軍の少佐は彼を眠りから起こすと共に尋問の始まりを告げたのだった。

 尋問は戦時国際法に則った紳士的なものだった。日本人は様々な問いを彼に浴びせていたが、合衆国軍人としての義務を忘れない彼は捕虜の伝達義務事項――氏名・階級・生年月日・識別番号を口にすると一切の情報提供を拒否していた。日本人は彼すら知らない事象に対する回答を求めていたことも彼が答えを口にできない理由の一つでもあったが。

 日本人が聞き出したかった情報はハワイ周辺にいなかったアメリカ艦隊の戦力の現状と合衆国海軍の対外感情に関するものが主であった。

 ――太平洋艦隊の空母は全部で三隻であるのは真実か? 【エンタープライズ】はどんな任務を遂行していたのか? 残りの空母二隻はどこにいる? アメリカ海軍は聯合艦隊がハワイを攻撃することを知っていたのか? それならば、艦隊の一部を真珠湾に居残らせたのか? 旧式艦隊を囮にして開戦の大義名分を得ようと画策したのは本当のことなのか?

 ――日米が開戦するにあたって米軍内部で何か混乱は生じなかったのか? 中国において共産主義者との戦いは続いているが、日米開戦に伴いそれは一旦中断するつもりなのか? 米ソが接近する可能性はあるのか? 貴国の大統領が言う軍国主義との対決は共産主義との対決よりも優先されるのか?

 ヘンダーソンは不燃性を重視した結果であろう温かみの欠片もない金属製の椅子に深くもたれ掛かると、また深く溜息をついた。現時点では拷問は一切行われていないものの、これから先も日本人が同様の態度を取り続けるかは自信がなかった。彼は法文上は許されなくとも勝者が振る舞うる態度が如何なるものかを極東に派遣されている間に伝聞で耳にしていた。大陸における戦闘に介入した当初こそ前大戦の欧州戦線で見せたように紳士的な態度で捕虜に接しようとした日本人は国際的儀礼をわきまえない共産主義者の蛮行による惨事を目の当たりにしてから「報復」・「天誅」と銘打って、共産主義者とその家族の首なし遺骸を大陸の田野のそこらじゅうに転がせたことは日本陸軍上層部が前線部隊の軍紀粛清と事態の沈静化に奔走していたことからも隠しようのない事実と化していた。その刃が自分の首に向かわないと言い切れる確証はなかった。いや、中国の山野を赤く染めた彼らと同じ末路を辿る確率の方が高いのではないかとすら彼は思っていた。もっとも、中国大陸では日本軍の蛮行と同様に星条旗の下で多くの共産主義者が高く吊るされたことは無意識のうちに思考から排していたが。

 ヘンダーソンが幾つかの思考を重ねる内に部屋の外が騒がしくなった。彼は部屋の外にいる連中の目的がおそらく自分であることを察していた。思わず表情がこわばる。彼の予想は的中した。すぐに扉が穏やかに数回ノックされ、外側から鍵が外される音がした。

 扉が開くと先程尋問した少佐がまず部屋に入り、それから秀才そうな士官が一人、そして最後にコーヒーの香りを漂わせるポッドと空のカップを持った士官が部屋に入った。彼は最後に部屋に入った日本人の襟首に中将を示す階級章を見るなり反射的に立ち上がって敬礼していた。だが、中将であることを脳に示したはずの視覚はすぐに飛び込んできた他の情報によって大いに混乱していた。年齢が階級と不相応だったのは言うまでもなく、何よりも風貌そのものが異常だった。軍人にあるまじき綺麗な白い肌と何よりも異性であっても通用する中性的な顔立ちにヘンダーソンは困惑するしかなかった。髪型は軍人らしく短く切りそろえられていたものの、もし胸元がたわわに実っていたならば、彼は何の疑問もなく目の前の中将を女性と判断しただろう。もっとも、あいにく目の前の人物は貧相だったが。同時に何処かで見たことがあるような気がしたのも事実であったが、そこまで気が回らなかった。

「どうぞ、お座りください。」

 その中将は丁寧に返礼するとヘンダーソンに微笑みながら着席を促した。その声はどちらかといえば少年に近いものだったが、彼は再び座ると素直に疑問を口にしていた。

「失礼ですが、日本海軍では女性も任用しているのですか?」

 ヘンダーソンがそう口にした瞬間、すぐに明確なる敵意が向けられたことを彼は察した。その主は目の前で苦笑いを浮かべた中将ではなく、部屋全体を監視するように壁に背を向けて立っていた秀才そうな――階級章を信じる限り大佐であった。彼は全くの無表情を保っていたが、氷のような冷たさを感じる目線を捕虜に浴びせていた。なお、先ほど尋問をしていた例の少佐は淡々と書記作業に邁進していた。

「あはは。私は男ですよ。日本陸海軍ともに男子しか兵役に就いていません。」

 にこやかにそう捕虜に投げかけた中将の微笑みにヘンダーソンもつられて笑みを浮かべたが、それは硬い笑顔であった。彼は今更だが冷静に目の前の事象についてどうにかして日本側の思惑を見通そうと足掻いていたが、どうにも現実的な答えは浮かばなかった。彼は中将本人が一介の捕虜に対して直接尋問を行うことが異常であることを理解していた。

「あなたの国と仲が悪くなってからコーヒー豆が手に入らなくなってしまって。あまり質の良いものではないですが、いかがですかな?」

 アメリカが米州各国に対日貿易に関する強力な圧力をかけたことを暗に皮肉にしながら中将はポットから碇の印が描かれた二つの陶器製のカップにコーヒーを注いだ。

「いただきます。」

 異国の空間を漂う嗅ぎなれた香りにヘンダーソンはカップを手に取り、コーヒーを舌に載せた。率直に言って極めて上質というわけではなかったが、オフィスで提供されるコーヒーにしては一級品であった。海の上なら尚更である。コーヒーが喉を通っていった頃には祖国を思い出す味に緊張がそれなりに解かれていく気がした。

「お気に召しましたかな。コーヒーは味が濃いから薬を混ぜても気づかれにくいですし……。」

 中将はまだ口をつけていないカップを手にしながら薄気味の悪い微笑を浮かべる。ヘンダーソンはまるで化物を見るような目で自らのカップの中にある暗黒の液体を見た。硬いながらも浮かべていた笑顔が瞬時に消え失せる。その様子を見た中将は悪戯が成功した屈折のない子供のような笑みを見せながら続けた。

「今回は何も入ってませんよ。私が帝國海軍の名において保障しましょう。」

 中将はその証明として自らの手元にあるカップの中身を飲み干した。空になったカップを見たヘンダーソンは再び引きつった笑みを浮かべた。なお、コーヒーの香りが持つ心的安定効果と会話における緊張と緩和の理論を駆使した緻密な計算の上で雑談が繰り広げられたことは仕掛人である中将以外の者が知る由もなかった。

「申し遅れました。私は第一艦隊司令官の北海(きたみ)と申します。」

 その名を耳にした瞬間、ヘンダーソンの記憶が瞬時に繋がった。キタミという名は日本海軍が重巡【アシガラ】でオーストラリア海軍の戦艦と一騎打ちを演じたニューブリテン島沖海戦(日本側呼称 外南洋事変)における当時の艦長として各国の海軍界隈では知らぬ者はいない程の著名人の名前であり、そしてヘンダーソンはその海戦を記録した一連の日本海軍が作成したプロパガンダ映画の中で目の前の小奇麗な中将の姿を見ていた。彼は日本海軍が軍装させた女優をキタミに見立てて映画を仕立てたという東洋人の変わった性癖を本国に連絡した張本人だったが、あれはどうやら本人だったらしい。

 ヘンダーソンが日本語を真剣に学ぶべきだったと後悔していると北海は優しく語りかけた。もっとも、北海は自らが直接尋問していることに困惑していると解釈していたが。


「さっき尋問が終わったばかりなのに、休憩する暇もなくて申し訳ないと思っている。だが、我々はあなたと多くの時間を共有できない。」

 北海がそう口にするとヘンダーソンは雑談が終了したことを肌で悟った。それまで温かな色をしていた北海の瞳には深い黒が満ち溢れていた。

「――ホイラー飛行場。あなたが海軍軍人であっても当然のようにご存知のはず。」

 北海の問いにヘンダーソンは同意を示した。それはオアフ島中部にある陸軍航空隊が使用する飛行場だった。そこにはハワイの防空を司る陸軍戦闘機が多数屯し、ハワイ諸島における最大規模の航空基地として睨みを効かせていたはずだった。

「彼の地は既に我が占領下にあります。」

 ヘンダーソンの思考は寸刻だが完全に停止した。彼は北海が追加情報として開示した「ショフィールド駐屯地はまだ粘っているみたいだが、陥落は時間の問題だろう」という言葉を聞くまで北海の言葉が有する意味を全く解さなかったからだ。彼や太平洋艦隊首脳部の理解では日本艦隊の攻撃は一過性であり、その本命は彼らが戦前から想定していたマリアナ沖合での艦隊決戦であるという常識的判断が思考の根底にあったから尚更であった。少なくとも彼にとっては本国から約三千二百海里(約六千キロメートル)離れた遠洋の拠点に攻略を仕掛けるなど正気の沙汰ではなかった。

 黙り込んだヘンダーソンに北海はさらなる追い討ちをかけた。

「我が陸上部隊はオアフ島への上陸を成功させた。つまり、我々が既にハワイ周辺の制海権を確立しているということを理解して欲しい。」

 言外にアメリカ太平洋艦隊は既に壊滅したことを示唆した北海の言葉にヘンダーソンはそれを真実として受け取って良いものか考えあぐねたが、他に情報源がない以上はそれを事実として受け止めるしかないと考えた。祖国が危機を迎えていると認めることは腹立たしかったが、少なくとも太平洋艦隊主力の大部分が海の藻屑になったことは事実なのだから。重巡単騎でいささか旧式化していたとはいえ戦艦さえも沈めてしまった海の英雄の言葉にはそれ相応の重みがあった。北海は続ける。

「我が陸上部隊は早ければ夜明けを待って、あなたの仲間達に停戦を勧告します。」

「それは降伏勧告とは違うのですか?」

 ヘンダーソンは北海に尋ねた。両者の差は非常に大きかった。前者は敵対する双方が彼らの属する主権国家の機関としてあり続けることが許され、双方は自らの軍旗を掲げたまま砲火を収めることができる。対して後者は文字通り一方の軍門に下ることを意味していた。

「えぇ。我々はあなた方と取引がしたいと思っている。勝負の着いた戦闘を継続する意味はない。――我々が求めることは三つ。あなたの仲間が武装解除すること、太平洋で二度と軍務に就かないという宣誓書にサインすること、そしてハワイ諸島から立ち去ること。あなたの仲間はその代償として生きてサンディエゴの土を踏める。もちろんアメリカ本国へ渡航を希望する民間人も一緒に。ついでにあなた達、太平洋艦隊の将兵も解放しようと思っている。」

 解放と本国への帰還という魅力的な言葉にヘンダーソンの中で喜びが湧き上がったが、彼はキタミからより多くの情報を聞き出すために表情の維持に努めた。

「停戦は日本軍の総意ですか。」

 ヘンダーソンの質問に北海は即座に首を縦に振った。

「そうだ。より厳密にいえば東條首相、そして今上天皇陛下も御裁可された提案である。」

「つまり日本軍は捕虜を養う充分な食糧も用意できていないと?」

 ヘンダーソンは勇気を振り絞って若干好戦的な言葉を舌に乗せたが、目の前の日本人はたじろぐ様子も見せずに、逆に薄い笑みを浮かべながら彼の質問に答えた。

「日本人は霞を食べて生きていける。ピザがないと生きていけないアメリカ人と違って。」

「確かに、日本人が粗食に耐えれることは中国大陸で知っております。しかし、アメリカ人もそう簡単に挫けませんよ。例え艦砲射撃を二十五時間連続で受け続けても。」

 彼はバルチモア港の前面に立ちふさがった偉大なる要塞の故事を口にした。時は一八一四年、米英戦争に際してワシントンD.C.すらも焼き払っていたイギリス軍が次なる標的として選んだのはバルチモアだった。イギリス商船にとって天敵であった私掠船が母港とする彼の地を焼き払うべくチェサピーク湾に押しかけたイギリス艦隊は守護を司るマクヘンリー要塞に対して二十五時間に渡る艦砲射撃を強行したが、要塞は攻撃を耐え抜きバルチモアを守り通した。それは当時の火器の性能を考えれば妥当な結果だったが、アメリカ人にとってマクヘンリー要塞は特別な意味を持っていた。夜通し行われた艦砲射撃にも拘らず曙光の中、無傷で翻っていた特注の星条旗を見た弁護士フランシス・スコット・キーが興奮冷めやらぬ内に書き上げた「マクヘンリー砦の守り」なる詩は後に「星条旗」と名を変えて合衆国国歌として歌い継がれている。なお、星型要塞でしかないマクヘンリー要塞は言うまでもなく軍事施設から歴史建造物へその性質を変化させていたが、【フォート・マクヘンリー】の名は合衆国海軍が【ラングレー】を経て生み出した大型空母の名に受け継がれていた。

「それは合衆国軍は降伏しないだろうという貴官の推測ですかな。 果たしてそうでしょうか。少なくとも二ヶ月は貴国の艦隊はハワイに来ませんよ。」

 マクヘンリー要塞の故事を当然のように知っていた北海は微笑みを浮かべたまま続けると「あぁ、言い忘れていた」とわざとらしく前置きをしながらハワイが孤立無援となる答えを口にした。

「我々は昼間の内にエルウッド製油所を攻撃した。彼の地には既に大きな火の手が上がっているようだが、今夜中に……あと三十分もすれば艦砲射撃で全てを焼き払う。」


 北海の言葉に偽りは一つもなかった。現地時間で午後二時頃、太平洋から突然沸き出た約五十機の水上機は全く迎撃を受けないまま立ち並ぶ製油所上空に侵入、携えた爆弾と機関砲を駆使して彼の地を火の海にしていた。これは山本大将が航空本部技術部長時代に思いつき、そして後世で日本政治史における最大の汚点として名高い近衛元首相が熱心に推し進めた『敵地攻撃潜水艦』なるコンセプトが実現した最大の戦果だった。

 約三千五百トンの船体に日本本土と米国西海岸を容易に往復できるだけの燃料と[零式水上偵察機三十一型]――計画失敗に終わった[十二試二座水上偵察機]の亡霊が[十二試三座水上偵察機]改め[零式水上偵察機]に取り憑いた結末である二座水上機を三機も搭載した十八隻にも及ぶ潜特型――【伊四百型潜水艦】で編制された艦隊は全航空戦力をエルウッド製油所へ発進させ、同施設の破壊に成功していたのだ。加えて徹底的な破壊を望む帝國海軍は本来の計画なら搭載されるはずの[四十口径十一年式十四センチ単装砲]に換えてロケット研究のパイオニアである村田技師が開発したダブルベース式のロケット弾[零式十四センチ噴進弾]を発射するランチャーを彼女達に背負わせ、エルウッド製油所に対してさらなる対地攻撃を企んでいた。


「どうやら合衆国は貴国が隠し持っていた侵略欲求を見くびっていたようです。あなたの説明では日本人は本気でハワイを併合する強い意思を持っているとしか思えない。」

「ハワイ王国を滅ぼした貴国に言われたくはないですなぁ。まぁ、ハワイでは米がとれますからな。我が帝國の一部として侵略国家から解放するのも一計。しかしそれは目的ではなく手段の一つにしかすぎない。」

 道義的によろしくない手段を多用して太平洋の島国に素晴らしい自由と民主主義をもたらしたアメリカ人の癪に障るような台詞を吐きながら、かつてハワイ併合を牽制するために防護巡洋艦を半年にわたり派遣していた組織に属する北海は帝國政府と陸海軍首脳部がでっち上げた戦争計画の根幹を披露した。

「我々はハワイ占領は始まりに過ぎないと考えている。ハワイにおける暫定的な停戦が実現した段階において、我が国はグアムやウェークといった太平洋の各離島にも同様の条件で停戦することを提案する。貴国の政府がフィリピンや中国大陸の部隊にも同じ処遇を求めるならば、我が国はそれを受け入れる用意がある。」

「それでは、合衆国はどこで日本と戦争するのでしょうか。」

「我々は貴国との戦争を欲していない。」

 自分から戦争を仕掛けた当事者として傲慢すぎる発言だったが、ある意味で納得はできた。日本人は初戦で持ちうる全ての戦力を後先考えずに惜しみもなく投入し、赫々たる戦果を上げた状態でそのまま勝ち逃げする。あまりにも独り善がりで虫のいい考えだった。それ故にヘンダーソンは半ば呆れを言葉に含ませながら言った。

「日本人が戦争を望まなくとも、我が合衆国民は復讐と勝利を求めるでしょう。例え西海岸を戦場にしても。」

「いや、合衆国は我々の要求を呑むしかない。我々が西海岸にいる全合衆国民の殺傷権を握っていることを忘れるべきではない。我々は飛行機を数機さえ飛ばせば、それを成し遂げられるのだから。あなた方の祖先がピット砦でインディアンに毛布を送ったように。」

 駐米イギリス人に対してインディアンが反乱を起こしたポンティアック戦争で後にアメリカ人を名乗ることになる彼らは天然痘ウイルスを潜ませた毛布をインディアンに送りつけ、かの原住民の間で天然痘を流行させる一つの要因作りに勤しんでいた昔話を付け加えた北海は何一つ表情を変えないまま、今日の天気を知らせるような気軽さで口にした。それは生物災害バイオハザード発生の予言に他ならない。

 海の英雄から殺戮者へと変貌した目の前の日本人を眺めながら、いったい何が彼らをそこまで追い詰めたのだろうかとヘンダーソンは思った。彼は日本人が彼らなりの文化を持った文明社会を生きる人間だと思っていたが、それは違ったのだろうか。それとも極東の地で合衆国軍の後ろ盾となった日本人達は本性を隠した蛮族だったのであろうか。彼はかつての友好国が人類の敵であることが悲しかった。


「さて、ヘンダーソン少佐。ここまでが、スイスにいる外交団とハワイに上がった陸軍部隊があなたの仲間たちに伝えることになっている公式見解だ。別に君が伝えなくてもいい。」

 北海の言葉にヘンダーソンは「それで?」と目で問いかけた。北海はヘンダーソンの瞳を覗き込みながら続きを口にする。

「海軍作戦部長のスターク大将かルーズベルト大統領に私的な伝言を頼みたい。」

「プライベートメッセージ? なぜ?」

「アメリカ人が犬死しないために。」

 西海岸を死の街にすると放言した男はそう口にした。もちろん、その理由が出任せなのか真意なのかヘンダーソンには分かり兼ねたが。北海は不敵な笑みを浮かべてヘンダーソンに語りかけた。

「もし、貴国の艦隊が何とかして油をかき集めてハワイに攻め入ったとしても、私には貴艦隊を撃滅する自信がある。少なくとも再来年までは。」

 本気なのか、それともブラフか。ヘンダーソンには北海の真意は図りかねた。一九四一年の春から初夏にかけて大西洋で猛威を振るうUボート部隊からアメリカ商船を保護するために太平洋艦隊はかなりの戦力を大西洋艦隊に供与していた。それ故に合衆国艦隊で最大勢力となった大西洋艦隊は現時点において艦齢十年以下の新鋭戦艦だけで十二隻を揃える大所帯となっている。対して日本艦隊で同様の条件を備えるフネは今、乗艦している詳細不明の新型戦艦を含めて同じく十二隻。だが、彼らが持つ多くのフネは傷ついているはずだ。少なくとも我が太平洋艦隊と矛を交えた新型戦艦四隻は二ヶ月ちょっとで修復できるような損害ではないはず。

 ――では、やはり脅しに過ぎないのか。いや、十一インチ砲艦で十五インチ砲を持った【オーストラリア】をタコ殴りにしたキタミなのだ。何か秘策を隠している可能性も否定できない。だが、そうであるならば、なぜハワイでそれを使わずに切り札であるはずの戦艦を真っ先に繰り出してきたのか。

 かつての乗艦には悪いが【サウスダコタ】は既に第一線から遠ざかりつつある盛りを過ぎた世代なのだ。数は上回っていたが、そんな相手に対して惜しみもなく新型戦艦をぶつけてくるなど、あまりにもリスキーだ。キタミは「日本に行けば呼ばなくとも来る」と言われている程に我が艦艇の研究に熱心と聞いている。彼ならこちらの新型戦艦の実力も察しているだろう。そのキタミが無駄に戦力を損耗させるような戦法を取るだろうか。彼が戦艦部隊を指揮する砲戦将校ならば。

「大した自信ですね。わかりました。確かに伝えておきましょう。」

 心の中で単なる虚仮威しであると断じたヘンダーソンの答えに北海は満足したように頷くと彼は再び空になっていた手元のカップにコーヒーを注いだ。ヘンダーソンのカップにも継ぎ足そうかと彼は尋ねたが、ヘンダーソンは穏やかにそれを断った。

「提督、一つ質問させてください。」

 コーヒーを喉に流し込んでいた北海は捕虜の申し出を快諾した。

「提督はなぜ、私をメッセンジャーに選んだのですか。」

「あぁ。それは……。」

 カップを机に置いた北海は苦笑いを浮かべながら真実を口にした。

「特に理由はない。――強いて言えば、捕虜にした将校の中で君が一番プリティーだと、このフネの艦長が熱心に語っていたから……。」

 どこか申し訳無さそうな表情を浮かべた北海にキリスト教徒であったヘンダーソンは日本人とは永遠に友人になれないことを内心で悟りながら、乾いたチベットスナギツネのような目線を向けるのだった。




いつも本シリーズをご覧になって頂き、ありがとうございます。


今回の更新でオアフ島攻略作戦の一幕を描いた第二節は終了となります。陸戦の描写が薄いとは思いますが、本作は海戦を主としている故ですのでお許し下さい。


また次回は第三節を「戦略なき洋上」と題して執筆し、第一章を終える予定ですが、次回の更新をもって一旦更新を無期限休止(おそらく半年から1年程)させて頂きます。執筆する時間が用意できないことが原因です。第二章以降の具体的な流れや登場させたい艦艇の構想などはあり、もちろん執筆続投したいと考えています。作者に余裕ができるまで待って頂けたら幸いです。


なお、次回の更新は定例通り12月20日前後を予定しています。

これからも本シリーズをよろしくお願いします。


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