第一節 巨砲の復権-11
一九四一年十二月八日 午後一時 ハワイ北東沖合
そこには遥か極東より押し寄せた東洋の戦船に囲まれ、窮屈そうに縮こまっている新大陸生まれの戦姫の姿があった。ついさっきまで彼女のマストに千切れながらも翻っていた星条旗そして将旗は既に引きずり降ろされ、太平洋艦隊旗艦という稀有な名誉を外部に示すものは何一つ見えない。加えて、彼女の周りには碧い瞳に不安げな色を浮かべる水兵達を溢れんばかりに載せたカッターが漂っていた。また彼女から少し離れたところには円を描くことしかできなくなった戦船とそれを放棄した水兵達が乗るカッターが波間に揺れ、駆け付けた日の出の旗を揚げる勝者が救助の手を差し伸べている。そしてそれは静かな深海へ旅立った彼女達の姉の後を追うであろう瀕死となった二隻の戦船の周りでも繰り広げられていた。
十二月八日午後一時より少し前。海戦史上稀にみる激しい砲戦を繰り広げていた帝國海軍第一艦隊と合衆国海軍太平洋艦隊主力の戦いは帝國海軍第二艦隊が後方から突入するという背後からの一撃によって辛うじて保たれていた戦場の均衡は崩壊。戦列後部の戦艦二隻――【アイオワ】と【マサチューセッツ】の沈没が目に見えた状況となり、加えて円を描きながらも発砲を続けていた【ノースカロライナ】が旗艦の指示を待つことなく総員退艦を始めた結果、太平洋艦隊司令長官キンメル大将は合衆国海軍の敗北を認めるに至り、帝國艦隊による降伏勧告の受け入れを決断。ここに第一次ハワイ沖海戦と後世に呼ばれる大海戦は幕を閉じたのだった。
そして時を同じくして他の戦闘も終結を迎えていた。帝國海軍水雷戦隊と合衆国太平洋艦隊の巡洋艦戦隊及び駆逐艦戦隊の戦いは両者の旗艦たる超乙巡(米側でいう超軽巡)同士の戦闘だけで終結していた。駆逐艦の出る幕がないのは仕方がなかった。この戦闘海域において日米双方の駆逐艦はやはり牙をむく自然界との戦いを耐えるのに精一杯だった。互いに己と相応の相手であると認めた日米の超乙巡だったが、彼女達がいかに乙巡として大型であったとしても所詮一万トン級でしかなかった。荒ぶる波頭は両者の射撃精度を著しく悪化させ、軽快が売りであるはずの彼女達から船脚を奪う。そんな状況下で先手を打ったのは【最上】だった。彼女は携えた火砲[三年式十五・五センチ砲]の最大射程に近い数字である二万六千メートルで射撃を開始した。当然ながら命中は期待できなかったが、相手に取らなければならない相手が自身の倍であると察した第一水雷戦隊司令官の大森仙太郎少将は少しでも相手の行動が阻害されることを期待して射撃開始を命じたのだった。彼らはいずれ合流する第二艦隊に随伴する第二水雷戦隊、とりわけ旗艦【熊野】と合流するまで守勢に徹するつもりだった。対する合衆国の二隻の超乙巡――【サバンナ】と【ホノルル】は【最上】の大距離射撃に驚きつつも怒涛を掻き分け徐々に接近、距離二万三千メートル近くで反撃の砲火を上げた。この間合いは彼女達が携える[四十六七口径Mark.16六インチ砲]の最大射程に近い。二隻は数の優勢を利用した圧倒的な火力投射量で遠距離における大落角弾の幸運な一撃に期待していたのだ。またスプラトリー諸島海戦で日本海軍と直接矛を交えた王立海軍がいう長射程かつ航跡を残さないという信じ難い性能を持つ魚雷――合衆国海軍の中では荒唐無稽の戦場伝説と信じる者も多いそれに対する疑念が彼女達にハイリスク・ハイリターンな近距離砲戦を忌ませた。もっとも彼らが危惧した日本海軍の新型魚雷――[九三式魚雷]は雷速を四十一ノット程度に落とせば三万メートルは優に射程圏内とすることができたが。両者は二万メートル前後で距離を固定、しばらく同航戦を続けた。ただでさえ命中が望めない遠距離砲戦。加えて海面状態は非常に悪い。海上火点として高い安定性を要求される幅広な戦艦とは違い高速ゆえの細長い船体で生まれた彼女達によるロングレンジにおける砲戦は弾薬の無駄遣いだけに終わった。その盛大な浪費を強き波動に翻弄されつつ必死に前進を続けていた駆逐艦【陽炎】の艦橋で目撃した横井稔艦長は「もったいないなぁ。あれでゼハが何台買えるんだろう」とぼやいたという。なおゼハとは日米融和時代に財を成した者達――通称「メリケン成金」の間で一大流行したリンカーン社謹製の高級乗用車Zephyrを示す言葉である。
事態が一変したのは戦闘開始から約四十分後、【最上】が六百発ほど主砲弾を消費した時であった。第二艦隊に先行する二水戦が戦場に姿を現したのだ。二隻の米乙巡はあからさまに混乱したことは【最上】に対する砲撃が一時停止したことにも現れている。ここで米艦隊はついに勝負に出た。彼女らは【最上】の側面を突破し、この包囲網からの脱出を試みたのだ。対する【最上】も米艦隊の動きと呼応するように突撃を開始した。この時、一水戦司令部は米艦隊がこちらの包囲網を突破し、米戦艦部隊と砲火を交える北海率いる第一戦隊に強襲を仕掛けるつもりだと判断していた。【最上】は第一戦隊が辛うじて米戦艦部隊に対し優位を保っていることを知っていたから何としても米駆逐隊の突入だけは阻止しなければならなかった。それ故、【最上】の突撃は激しく見事だった。主砲はもとより高角砲、果ては機銃といった全ての火器を振りかざした彼女は三番主砲塔を叩き割られ、数えきれない程の至近弾に身体を傷めながら距離五千メートルまで肉薄。そこで彼女が佩帯する最大の火力――[九三式魚雷三型]を解き放ったのだ。戦訓から当たらぬ超長距離雷撃戦を捨て(それでも常識的な魚雷に比べて長射程だったが)原型より六割増の大炸薬化を図った海面下の破城槌は発射された六発の内、一発が【サバンナ】に命中。安全性重視で威力に劣るTNA系炸薬とはいえ、戦艦すら一撃で食い破る七百八十キログラムの大炸薬魚雷に一万トン級の巡洋艦が耐え切れる訳がなかった。船体中央部で起爆したそれは【サバンナ】の竜骨を切断、船体は中央部で折れ、瞬く間に海水が艦内に押し寄せた。倒壊した弾薬庫の誘爆が六インチ砲を砲座から浮き上がらせ、閃光が洋上を駆けた。轟沈であった。しかし、彼女の死は全くの無駄ではなかった。続航していた【ホノルル】は彼女の屍を盾に戦線の離脱に成功、米駆逐艦も各々に遁走に成功したのだ。帝國水雷戦隊による追撃は不可能だった。全速で遠のいていくフネに対して、加えて荒天下でまともな射撃を期待することはできなかった。再び隊列を整えるだけでも精一杯であり、全速で突き進んだ【最上】に追随するため文字通り機関をぶん回した駆逐艦はしきりに燃料計の針を気にしなければならない状態だった。第一艦隊司令官の北海中将は午後一時五分には麾下艦艇全ての戦闘終了を確認。全艦に一時間の溺者救出を命じている。
第一艦隊が死闘を終えてから約三十分後、幾十海里離れた洋上においても【筑波型巡洋戦艦】を主力とする帝國第三艦隊と【レキシントン級巡洋戦艦】を主力とする合衆国太平洋艦隊別働隊の戦闘も決着を迎えていた。太平洋艦隊司令長官のキンメル大将から挟撃の命を受け迂回航路を進んでいた彼らとそれを見こうして立ちふさがった第三艦隊は互いが好敵手とする巡洋戦艦であることを認め、交戦に突入していたのだ。結論から言えば彼女らは好敵手ではなかった。片や改装により多少はマシになったとはいえ戦艦並みの攻撃力に巡洋艦の速力、防御力はその中間といった悪名高き第一次大戦型英国巡洋戦艦を彷彿とさせる懐古趣味的な設計思想であった【レキシントン級】。対するは「巡洋戦艦」として予算計上されたことからそう名乗るも建造計画の遅れにより生じた設計変更の機会に純然たる中速戦艦へ変貌を遂げた名ばかり巡洋戦艦である【筑波型】に応じようとすることは無謀であった。戦闘開始早々の試射の段階、距離三万五千メートルにおいて大落角砲弾があろうことか全くの不運で命中した【ユナイテッド・ステイツ】が甲板装甲を射抜かれ一撃で爆沈するという喜劇で幕を開けた砲撃戦は四十六センチ砲弾に対応する装甲を持つ【筑波型】が命中弾に耐える一方、四十六センチ砲弾が二百八十ミリしかない【レキシントン級】の舷側装甲を次々と食い破るという図式で推移した。かつてのジュットランド沖海戦を彷彿とさせるこの戦いで【レキシントン】と【サラトガ】を残し合衆国初の巡洋戦艦姉妹は壊滅。生き残った二人は辛くも遁走し、戦闘は集結した。皮肉にも彼女達が一番の強みとする脚の速さは逃走でしか役に立たなかった。第三艦隊司令官、高橋伊望中将は午後一時四十五分に小林艦隊統括司令長官に戦闘終了を報告している。
なお、真珠湾には航空攻撃後も戦闘可能状態を維持している艦艇が少なからず存在していたが、彼女らは戦局に何ら影響を与えることはなかった。空襲が終了した直後の十時三十分前後には司令部が錯乱していると独自判断した戦艦【ワシントン】と駆逐艦数隻が緊急出港し、洋上に展開している太平洋艦隊主力と合流すべく行動を開始していたが、甲標的母艦として真珠湾湾口に待機していた【伊七十】及び【伊七十ニ】が雷撃を敢行。代償として【伊七十】が駆逐艦及び飛行艇からの攻撃を受け沈没したものの、発射された魚雷の一つが艦首をもぎ取り航行不能に陥った【ワシントン】は爆発を聞きつけた他の甲標的母艦の潜水艦からも波状的に雷撃を受け右舷方向に転覆、そのまま盛大に弾薬の誘爆による爆煙を立ち上らせながら果てた。この光景に加えて真珠湾水道における機雷敷設情報や湾内で水中工作員を目撃したという噂は各艦長がしばらく出港を断念するには十分すぎる理由を提供したのだった。
ハワイ諸島沖合を支配していた風雲がようやく西方へ流れ始めた午後二時過ぎ。各艦隊から押し寄せる戦闘報告を集結した艦隊統括司令部はハワイ諸島沖合における一時的な制海権を獲得したことをトラック諸島の聯合艦隊司令部及び日本本土へ報告すると共に小林大将は後段作戦への移行を宣言し、Z作戦は次なる段階に突入した。帝國海軍にとって米太平洋艦隊の撃滅は手段でしかない。彼らの目的はハワイ諸島の完全制圧だったのだ。
【更新について】
・7月の更新について……7月の更新は時間がとれないため見送らせて頂きます。
・8月の更新について……8月の更新については未定です。決定しだい活動報告にてお知らせします。
【お知らせ】
・今回の更新で第一節は終了となります。次回からオアフ島攻略作戦を描いた第ニ節となります。




