表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洋上のストラテジー  作者: 獅子宮タケ
第1章 Z作戦
14/22

第一節 巨砲の復権-08

 午後十二時四十五分 ハワイ北東沖合

 帝國海軍第二艦隊 巡戦 赤城


 相変わらずハワイ諸島とその沖合にある厚い雨雲は掲げる旗を問わずあらゆる人間が空中で活動することを阻んでいた。しかしながら無線電信という文明が生み出した見えざる書簡には全く関係ないことだった。夜が明けるまで鳴りを潜めていた数多の無電送信機は北太平洋に浮かぶ美しき港が炎に包まれてからひっきりなしに真偽を問わず情報を虚空に放ち、そして日米双方の艨艟が矛を交え始めてから一層激しくなった。それら日本語あるいは英語の暗号化されていない電文が一様に示すことは戦いが佳境を迎えようとしていることだった。それ故に砲戦の蚊帳の外に位置する日米双方の戦闘艦艇は注意深く空を行き交う音なき声に耳を傾けていた。

 北風に空中戦を揺らされながら冷たい大洋を進む巡洋戦艦【赤城】もその中の一人であった。彼女は妹である【天城】と歴戦の古武者【比叡】と【霧島】、そして第五水雷戦隊の面々を従えながら帝國第一艦隊が激戦を繰り広げる海域から約二百三十海里西方――カウアイ海峡の遥か北を遊弋していた。彼女達は先述した帝國第一艦隊及び【レキシントン級】を主力とした米太平洋艦隊の別働隊と戦端を開いた帝國第三艦隊の後方に展開し、背後から忍び寄る不埒者を成敗する職務が課せられていた。

 北風が強くガラスを叩く【赤城】の戦闘艦橋。そこで彼女が傍受した無電により判明した友軍艦隊の動向について参謀がその内容を報告し終えると彼の上官であり第六戦隊司令官である三川軍一中将は報告内容を一言にまとめた。

「つまり、北海は一歩も引く気はないということだな。」

 第六戦隊司令官、また一航艦次席指揮官として決戦を迎えた彼は自分より二回りは年下でかつ軍人にしては可憐すぎる後輩のその容姿からは想像ができないような昂然とした戦い方に一瞬だが苦笑いしたものの、すぐに硬い表情に戻っていた。仕方がなかった。彼に与えられた命令はこの戦争の行く末を左右する可能性を孕んでいた。

 一航艦による真珠湾攻撃は在泊していた艦艇の半数を焼き払うことに成功していたものの、本命たる米太平洋艦隊を見ることすら叶わなかった。その結果としてなし崩れ的に前衛を務める第一艦隊が米太平洋艦隊主力と交戦し、本来なら真珠湾で討ち損ねた洋上にある残敵を掃討すべく一航艦に続航していた第三艦隊までもが回りこんできた米太平洋艦隊の別働隊と接触、そのまま砲戦に突入していた。それ故に帝國海軍は本来なら上陸時の火力支援のために温存しなければならない第二艦隊までも艦隊戦への投入を決断せざるを得ない状況に追い込まれていた。特に第一艦隊の戦況は逼迫していると【駿河】に乗り込んだハワイ方面艦隊司令部は考えており、自らが第二艦隊司令官も兼ねる海軍側の戦域統括指揮官の小林大将はその全力を持って第一艦隊の救援を行うべく全速で戦闘海域へ急行していた。

 しかしながら、第二艦隊が第一艦隊が戦う海域に向かうことは最もな決断だったとは言え、それは新たな問題を発生させていた。硝煙くすぶる真珠湾にはまだ動けるフネがいるのだ。特に厄介だったのは推定される生き残りの中に超弩級戦艦が混じっていることだ。帝國海軍が駆動可能と見積もった大型艦艇は五から六杯。その大部分は第一次世界大戦期を生き抜いた歴戦艦だったが【コロラド級戦艦】――【長門型】に匹敵する戦闘力を持つフネの姿が帝國海軍に危機感を募らせた。

 ――もし、姉妹の復仇に燃える彼女達が第一艦隊あるいは第三艦隊の後方から乱入したとすれば……。真珠湾口の沖合に甲標的母艦である潜水艦数隻が待機しているとはいえ、数が限られている上に相手の策源地間近であることから各個撃破される可能性が高い。

 ここで小林は冒険的な用兵を決断した。彼は一航艦に護衛として随伴させていた第六戦隊及び第八戦隊、つまり【天城】及び【赤城】、そして【比叡】と【霧島】を一航艦から引き抜き、独立した戦力としてハワイ諸島北方に展開させ、真珠湾生き残り艦隊を迎え撃つように命じたのだ。天候不良のため戦力として機能しない一航艦に貴重な戦艦戦力を割ける程の余裕は帝國海軍には残されていなかったのだ。

 とは言え水上戦力の要たる四隻を引き抜くことは危険な賭けであった。一航艦は比較的波が穏やかなハワイ西方沖へ、つまり戦闘海域や真珠湾から遠ざかる針路を取っており、場合によっては輸送船団の護衛部隊と合流も考えることができる海域へ向かっていたものの、一時的なものであっても空母四隻を守るフネが軽巡二隻及び駆逐艦四隻に過ぎないことは危険すぎる状況の他ならない。何より一航艦が壊滅することも作戦の崩壊を意味していた。航空支援がなければハワイ攻略など不可能だった。(例え航空支援があっても攻略が成功するかは微妙なところだったが)要するに帝國海軍は当初の作戦である米太平洋艦隊の殲滅という課題を成し遂げ、揚陸作戦という次なる段階へ進むために危険を承知で勝負に出たのだった。

日枝ひえだ一等特尉、配置に戻ります。」

 艦橋のタラップをリズムよく駆け上がる音が止むと同時に少し高めの透き通った声が無骨な戦闘艦橋に響き渡った。その声の持ち主はそのまま三川の斜め後ろに立った。未だ見習いとはいえ副参謀に価する発言権を持つ彼にとって戦闘配置における定位置はそこであった。

「一等特尉。無線傍受の方はどうだった?」

 三川が振り向くと、そこには綺麗な顔立ちの少年の姿があった。深い紺色の第一種軍装の襟元にある緋線と鈍色の桜が発する特異感が彼に類する者がこのフネはおろか海軍にもそう多く在籍していないことを示していた。そして胸元に輝く菊花紋章と碇を模した胸章が彼は臣民としてではなく、軍艦や小銃といったように陛下からお預かりになった軍需品に等しい扱いを受ける存在であることを意味していた。

 彼の名は日枝史雄ふみお。関東大震災をきっかけとして始まり、第一次世界大戦における大消耗戦を経て資金無償貸与型から軍による直接育成制度となった身寄りのない男児を軍が育てる福祉プログラム――軍特別育成少年の適用者である推定大正十四年生まれの齢十六(国際法の観点から書類上では十七)の彼は『特生』と現場で呼ばれる特殊な存在として【赤城】に乗り込んでいた。

 彼が戦闘配置の最中であるにも関わらず本来の配置である三川の斜め後方を離れていたのは彼が物心ついて以来の日常であった英才教育によって得た能力が必要とされていたからだった。これまでに米英仏独に滞在経験のある彼は【赤城】乗員の中で最も英語に長ける者として通信室に出向き自ら敵信の傍受とその解析を行っていたのだ。艦隊旗艦だと司令部付の敵信傍受班が専門的に行う業務なのだが、あくまでも戦隊旗艦でしかない彼女にはそもそも敵信傍受班という部署はなかった。

「傍受した電文中に敵戦艦と思しき符号が無数に含まれていましたが、あまりにも数が多いので未発見の敵戦艦が存在するか否かは識別できませんでした。これ以上は無線方位測定が必要となりますが、無線封鎖の解除が必要です。」

 日枝は「申し訳ありません」と付け加えながら言った。

「そうか、わかった。」

 通信室へ向かう前に日枝に可能なら敵戦艦の数を割り出して欲しいと言った三川は通信の専門家ではなかったものの、これまでの経験から日枝が言うように可能な限り位置を秘匿すべき状況にある【赤城】が単独で行える最大限の活動であると知っていたから日枝の言葉に頷いた。彼はハワイの米海軍通信施設が太平洋を行き交う無電、特に日本語の無電に注意深く耳を傾けていること、そして縦横無尽に他の通信拠点と連絡を取り合い無線方位測定で無電発信地点を割り出すことができることを当然のように推測していた。なお、第一艦隊及び第三艦隊は既に米艦隊と交戦しているため盛んに電波を垂れ流していたが、まだ存在や位置が把握されていないだろう三川の指揮下にある各戦隊や第二艦隊・輸送船団は必要最低限の電波発信しか行われていない。

「しかしながら、気になる点が二つ。」

 日枝が二本の指を立てながらそう言うと三川は彼に続けるように促した。

「一つは在ハワイ潜水艦隊司令部とみられる発信源から暗号化された電文が送信されました。おそらく敵潜に何らかの指示を与えたと考えられます。内容に関しては暗号化されているため、わかりませんが。」

 日枝の口から発せられた潜水艦を意味する単語に三川は面白くなさそうな表情を浮かべた。彼の脳裏には演習時に何が起こったか理解できないまま護衛対象にしていた【龍驤】を撃沈判定にされた苦い記憶が蘇っていた。彼は半年前にあった極めて実戦的な形式で行われた太平洋特別演習と呼ばれる一連の模擬戦で敵潜水艦の接近を察知できないまま為す術もなくダイヤより貴重な空母を失っていたのだ。

 日枝は三川の面持ちの変化を気にすることなく報告を続けた。

「二つ目に微弱な電波ですが、空母を示す符号を数回ですが確認できました。」

 日枝の言葉に【赤城】の艦橋に敵戦艦発見とは違った緊張感が一瞬にして漂い始めた。三川を始め【赤城】艦橋に詰める高級将校の多くは鉄砲屋だったが、件のスプラトリー諸島沖海戦以降に航空打撃力が誇張気味に喧伝されたこともあり、既に彼らは空母とは目の上の瘤以上に厄介な海上戦力と認識していた。手が届かない場所から纏わり付いてくる吸血バッタ。海の上を這いずり回るしかできない鉄砲屋は憎しみを込めて小癪な敵機をそう言い表していた。

「エンタープライズか、イントレピッドか、それともタイコンデロガか……。」

 三川は溜息混じりに合衆国海軍が太平洋に浮かべる三人のアーチャーの名を並べた。彼女達は三人とも米海軍が辿り着いた理想の空母像としての一つの着地点である【ヨークタウン級空母】に名を連ねるフネだ。一九三〇年代後半に相次いで就航した彼女達は六人姉妹なのだが、その半数となる三隻が太平洋で活動していた。なお、帝國海軍は太平洋に三隻の米空母が活動していることは把握していたものの、彼女達の動向に関しては全くもって情報を持ち合わせていなかった。

 三川は視線を艦橋の窓から広がる荒海に移しながら言葉を続けた。

「天候が回復すれば、すぐに真珠湾から索敵機が来る。一番先に見つかるのは真珠湾に一番近い我らだろうな。」

 ――まさに前門に虎、後門に狼。三川はその台詞を喉の奥に押しやりながら寸考した。確実に二百海里にも満たない海域に敵戦艦が六隻。この天候で水雷戦隊が実質無力化していることから対抗戦力としてカウントできるのはこちらの戦艦四隻のみ。他の艦隊から支援を受けられるなら問題ないが、独力のみでの阻止は犠牲を覚悟せねばなるまい。対潜警戒に関しても期待できない。ただでさえ数が少ない駆逐艦は今や波間に揺れる葉舟。隊列を維持するだけで精一杯だ。加えて空襲に対しては基本的に無力だった。彼らが空に向けうる火器は空飛ぶ吸血バッタの速度に追随できないことはこれまでの演習にて判明している。

「とは言え、空母の存在を知り得たからには仕方ない。」

 そう言いながら三川は参謀達の方へ向き直ると確固たる口調で続けた。彼は自己の位置秘匿より味方全体で情報を共有するという選択肢の優先度が高いことをこれまでの演習で経験として知っていた。

「日枝特尉が得た情報を友軍艦隊に、特に第二艦隊の小林大将に知らせてくれ。」

 三川の指示に何人かの参謀が何か言いたげに口を開こうとしたが三川はそれを予期していたように彼らに命じた。

「無電発信で位置が割り出される可能性があることは承知している。やってくれ。」

 指示を下した後、再び北太平洋に揉まれる艦首を見つめていた三川は艦橋の面々が自らに注目していることに気づいた。相変わらず日枝は無表情で視線のみ三川に向けていたものの、他の参謀らは一同に不安げな表情を露わにしていた。

 何か彼らに言わなければならない。三川が次に舌へ乗せる言葉を思案している時、彼の背後から透き通った少し高い声が聞こえた。艦橋の面々の視線が一気に声の持ち主に集中する。三川も思わず振り返った。それは日頃、日枝が求められた発言以外は寡黙を守る存在である証だった。

「我々の意義はここに存在していることでは。」

 相変わらず無表情の彼は淡々とそう言った。彼の遠回しな言い方に他の艦橋の面々はそれぞれ思案顔になる。

 ――まさか……。

 彼の真意に辿り着いた三川は辿り着いた答えに軽い戦慄を覚えた。三川の指揮下にある四杯の戦艦に課せられた任務は第一艦隊及び第三艦隊への背面攻撃を阻止すること。そこに敵艦隊の撃滅といった積極的戦闘行動は含まれていない。とは言え、不意打ちを防ぐためには友軍艦隊の後方に立ちはだかる必要があるから戦闘は避けようがない。そして戦闘になれば寄せ集めの感を否めないこちらが負ける。

 ――だからこそ彼はそれで良いと言っているのだ。第一艦隊には最新鋭の【大和型戦艦】が、第三艦隊には高速かつ強力な砲戦能力を持つ【筑波型巡戦】が配属されている。もし、これらの戦船がこの海で沈むことは絶対に避けなければならない。――さすれば、国力に劣る我が国は次の戦いに勝てない。対して三川わたしの指揮下にある四杯はどうだということだ。完全に盛りが過ぎた老年巡戦が二杯。そして【長門型】に次ぐ戦闘力を持つとは言え、連装砲を多数揃える一昔前のスタイルの巡戦が二杯。客観的に判断すればハワイ海域に展開する水上戦力で最も消耗しても構わない戦艦戦力に違いない。つまり若い彼はこう言っているのだ。我々が壊滅して戦略的勝利を掴めるならそれで良いと。

 なんだ、こいつも北海と同類なのか。それまで掴めなかった日枝史雄という人間像の一端を知った三川は愉快そうに口角を上げた。

 三川は自らの中で何時の日か忘れてしまった感情が沸々と蘇ってくることを感じていた。先の欧州大戦から日を遠ざかる度に小さくなり、やがて消えたしまったあの感情が。スプラトリー諸島沖海戦で北海が我が身を顧みず友軍艦艇を救うために突撃していく光景を目の当たりにした時に思い出したあの感情が三川の中で大きくなっていた。そして水上打撃艦隊を率いる者のみ味わえる愉悦と確固たる闘争心が絡みあった感情が重責に縛られていた三川を突き動かす。

「よろしい、日枝君。だが、我々もタダではやられん。」

 三川の言葉は誇張でも虚言でもなく紛れのない事実だった。確かに航空機による襲撃に関しては艦隊は無力だ。だが少なくとも【赤城】が、そして彼女の僚艦が水面に姿を浮かべる限り敵性水上戦力を十分に牽制できる存在であることに変わりはない。彼女達が例え速力を追及した巡洋戦艦という亜種であったとしても、彼女が戦艦である限り、彼女達は海原の支配者なのだ。少なくとも相手が戦艦を出さないかぎり、水面上だけの世界なら彼女は無敵であり、相手が戦艦であったとしても数隻は海面下に引きずり込むことはできるはずだった。三川は己の言葉を自らに言い聞かせ、眠っていた鉄砲屋としての尊厳を叩き起こした。

「もとより承知しています。」

 強い語気で発せられた三川の台詞と正反対に普段通りの感情のない声でそう返答した日枝だったが、三川はそれらを気にすることもせず、即座に自らの意志を艦隊変針命令という形で表現した。

「艦隊、針路変更。方位、一-一-◯。」

 司令官の決断に参謀らは愕然とする。三川が下した決断はハワイ諸島に接近する針路だったからだ。

「もう少し近づく。敵艦隊を取り逃したら大変だからな。」

 微笑を浮かべながらそう言った三川に日枝はそっと小さく頷いたのだった。


ご愛読ありがとうございます。[付録]の章にあります日米の艦艇データに赤城型やレキシントン級の項目を、また用語集「は」の項に本作における八八艦隊計画についての簡単な説明を加筆しましたので、興味のある方は参考にご覧ください。

なお、4月の更新は今のところ通常どおり20日前後を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ