第一節 巨砲の復権-07
十二月八日 午後十ニ時四十分 ハワイ北東沖合
戦場全景
天候不良という歴史の悪戯のため双方とも着弾観測機を出せない状況で始まった日米戦争初めての艦隊決戦は必然的に双方とも惹かれ合うように距離を縮めていった。
戦史研究者はこの戦いをかつて共産主義の前に友好を誓った海洋国家が怒涛の叫びをあげるEl Mare Pacificum(平和な海)で壮絶なる砲戦を繰り広げたことを皮肉として付け加えながら、後世において日本側呼称「第一次ハワイ沖海戦」、もしくは米国側呼称「オアフ島沖海戦」として歴史に刻んだ。
先に結果を出したのは帝國海軍だった。北海中将が座乗していた第一艦隊の旗艦【大和】は距離三万七千メートルにて射撃を開始した後、距離三万五千メートルの間合いで放たれた第四射にて米艦隊の先頭艦――【インディアナ】を夾叉させ、第五射より斉射に移行。そして第七斉射でついに命中弾を与えたのだ。なお、キンメル大将は旗艦先頭を尊ぶ日本海軍が先頭艦に攻撃を集中させると判断、継続的な指揮のために旗艦【サウスダコタ】を順列三番目に配している。
距離は約三万三千メートル、落角度は約三十度強。命中箇所は【インディアナ】の左舷甲板中央部――バイタルパートの一部分だった。そこには彼女が近代化改修によって厚みを増やした百三十ミリと五十七ミリの合計百八十七ミリの装甲が施されている。そこに三万三千メートルの彼方から飛来した[一式徹甲弾]が甲板に敷き詰められた木材を粉砕しながら突入したのだ。この間合いにおけるこの徹甲弾の装甲貫通力は二百ミリ前後。最も厚い水平装甲たる百三十ミリ装甲板さえ障子紙のように突き破る数値といえよう。しかしながら戦史を司る神様は砲戦の継続を願っていたようだ。命中した[一式徹甲弾]は百三十ミリ装甲板を貫通する直前、つまり中甲板に接触した衝撃で信管を起爆させた。爆発した徹甲弾は中甲板へ盛大に鉄片を撒き散らし、少なからずの人的損害を与えたものの、彼女はポスト・ジュットランド型戦艦の多くが採用した水平装甲を中甲板より下に配する装甲配置によって一命を取り留めたのだ。
しかしながら、不確定要素溢れるまぐれはそう続くものではなかった。それは【インディアナ】が己の健在を示すように反撃の咆哮をあげ、対する【大和】が次弾装填のプロセスを急いでいる最中のことであった。【インディアナ】に続航していた順列二番【モンタナ】――【サウスダコタ級戦艦】の三女が赤色の水柱に包まれると同時に発砲炎と異なる閃光が生じたのだ。少し遅れて崩れ落ちる赤き水柱の中から爆発物の誘爆を示唆する轟音が響いた。それは艦隊で最初の命中弾を与えた長女の姿をすぐ後から見ていた次女【武蔵】のスコアだった。彼女は第五射で標的と定めていた【モンタナ】を夾叉、斉射に移った第六射にて早くも命中弾を与えたのだ。水柱の中から姿を現した【モンタナ】だったが、彼女は船体中央部から朦々と黒煙を靡かせていた。命中箇所は集合煙突後方のカッター置き場だったが【武蔵】から放たれた徹甲弾はクレーン基部そのものを粉砕した後に砲郭に収められた副砲を兵員ごと吹き飛ばしその奥底で起爆、用意されていた副砲装薬を誘爆させながら果てた。この打撃により【モンタナ】の三番砲塔の揚弾機が故障、また無視できない火災が発生したが、彼女は残された砲塔を用い砲撃を続行した。当然のことだった。彼女の牙はまだ残っている。
帝國艦隊の射撃は続く。本射に移った【インディアナ】が放った第七射――この斉射で彼女は【大和】を夾叉させるが、それと空中ですれ違うように殺到した【大和】第八射の内の一弾が再び【インディアナ】に命中、それは彼女たちの艦級で途絶えた砲郭に収められ、火力増強のために二重構造となっていた後部艦橋基部の六インチ副砲二基とその砲員を抹殺しつつ信管を作動させた。積み重ねられていた弾薬が発火、求め合うように二つの砲郭の弾薬は互いに誘爆を繰り返し、連続した轟音を響かせていく。艦中央部に分散配置された砲郭式副砲なる一昔前のスタイルが彼女の体力を削り取っていく瞬間であった。なお、この衝撃と直後に立ち上った巨大な火柱により後部檣楼トップにある予備主砲射撃指揮所は機器を破損、並びに人員を焼失している。
しかしながら、彼女の下半身を包み隠すように立ち込めた副砲弾薬による火煙は、十六インチの砲口から紅蓮の放出を伴った衝撃波で吹き飛ばされる。戦艦は射撃指揮所及び主砲、そしてバイタルパートを失わない限り沈黙しない。
復仇を込めた【インディアナ】の第八射は依然として距離三万メートルに近付こうとしていた【大和】に向けられていた。距離としては十六インチ砲を携えた彼女にとって完全なる有効射程圏内。そして前回の射撃で夾叉させた相手に命中弾を与えるには数の女神が微笑むだけの話だった。山なりの軌道を描いて【大和】に押し寄せた十二発の砲弾は大半が至近弾として軽微な弾片被害を高角砲に与えるに終始したが、その内の一発は見事に甲板へと直撃を果たしたのだ。命中箇所は右舷甲板中心部。幸いにも艦上に並べられていた高角砲及び機銃に破片以外の危害はなかった。【インディアナ】から届けられた徹甲弾は防御など全く考えられていない甲板に敷き詰められていた台湾檜――本来ならチーク材を使うべきだったが予算不足のため妥協していた木甲板を破壊しながら、小口径砲や機銃弾からの防御を念頭に敷かれた最上甲板の五十ミリ装甲板を突破。更に上甲板兵員室に大穴を開け突き進んだそれは中甲板兵員室、つまり中甲板水平装甲に接触、そこで起爆した。たちまち兵員室で塗料を原因とする火災が発生し、甲板に生じた破孔から上空に向けて薄い黒煙が昇る。だが、それまでだった。【インディアナ】が放った徹甲弾――竣工時に搭載していた砲弾に被帽を取り付けたことから若干重くなった千十四キログラムの[Mark.5徹甲弾]は【大和】の甲板装甲に全く歯が立たなかった。合衆国謹製のそれが距離三万メートルで持つ水平装甲への貫通力は百九十ミリ前後であり、十六インチ徹甲弾としては平均的な数値だった。しかしながら艦隊決戦型戦艦というスタイルを突き詰めた【大和】を相手とするには役不足だった。彼女が持つ水平装甲は最大二百三十ミリ。その圧倒的数値は帝國海軍が彼女に求めた戦艦として理想像――帝國海軍が決戦距離と定める中距離において敵戦艦の砲火を重装甲で耐え抜き、圧倒的火力で敵戦艦を叩き潰すという艦隊決戦の切り札としての究極を文字通り具現化したものだった。そして彼女は北太平洋という絶好のフィールドで自らの存在意義と帝國海軍が追い求めた理想の正しさを証明しようとしていた。
被弾から数十秒後、戦闘に支障がないことを確認した【大和】は第九射を敢行。九発の砲弾は緩い弾道を描きながら黒煙を吹き上げる【インディアナ】に殺到し、その内一発が艦首に突入。非重要区画であり非装甲区画であるそこへ押し入った一・四トンの凶器は奥深くまで浸透し、そこで盛大に起爆して艦首の耐久力をもぎ取っていく。
対する【インディアナ】も反撃の砲火をあげる。彼女は艦首からの浸水により若干足並みを落としていたものの、彼女の妹であり【武蔵】から砲撃で第三砲塔が故障のため発砲不能になっていた【モンタナ】と共に【大和】へ第九射・第十射でさらに四発の命中弾を浴びせ、優美な「大和坂」と呼ばれる艦前部に二つの大穴を空けると共に右舷の[八九式]十二・七センチ連装高角砲群をスクラップに処した。だが、それが限界であった。積極的な接近を選択した帝國海軍第一艦隊と米国太平洋艦隊の間合いは米艦隊の先頭に立った【インディアナ】が第十射を行った時点で距離二万八千メートルに近付こうとしていた。この距離における砲弾落角度は日米共に二十五度強から三十度弱。未だ砲弾が甲板を直撃する確率が高い間合いであったが、水平装甲への貫通力は距離が狭まるごとに減少していく。加えて後世において【サウスダコタ級】が【大和型】のバイタルパートを守る装甲帯を撃ちぬくには好意的に考えて距離三万二千メートル以遠もしくは一万二千メートル以内、様々な要因が積み重なるだろう実戦においては距離三万五千メートル以遠あるいは距離一万二千メートルであろうとされている。つまりキンメル大将は【大和】とその妹達に致命的な打撃を与えられない距離であり、尚且つ帝國海軍が決戦距離と定める中距離へ入り込むことを許してしまったのだ。そもそも最大二十一ノットという帝國海軍の目線から言えば低速戦艦と分類される【サウスダコタ級】が立ち回りにおいて受動的なポジションを余儀なくされることは仕方が無いことであるが、強烈無比な敵艦に有利な舞台を与えてしまった代償は【インディアナ】に重くのしかかった。
距離二万八千メートルで放たれた【大和】の第十射は空中で【インディアナ】の同じく第十射の砲弾と高速で交差しながら目標地点に向かい、その一発が狙い澄ましたように【インディアナ】の艦橋基部に突入したのだ。装甲厚四百五十七ミリにも及ぶ司令塔を避けるように艦上部構造物にめり込んだ〔一式徹甲弾〕は例によって艦橋基部の副砲を兵員ごと粉々にしながら起爆。その炸薬と副砲弾薬の誘爆による爆炎は司令塔の一部を焦がすに留まったが、そのエネルギーは箱型の見張所を支えていたマストの基部をも破壊させ、新大陸生まれのステータスでもあった三脚マストは為す術もなく倒れた。この衝撃で十二門の主砲を司るレンジキーパーが故障、そして最も重大なことに弾片被害によって艦橋で指揮をとっていた艦長を始めとする主要将校が戦死したのだ。指揮系統と射撃管制を一撃のもとに失った【インディアナ】は被弾後に最後の力を振り絞り数回砲塔測定儀を用いた主砲射撃を行ったが、それは【大和】の周囲に広がる海面を叩いただけで終わった。続く【大和】の第十一射から第十四射でさらに四発の命中弾を受け完膚無く打ちのめされた彼女は十分後には黒煙を寒風に靡かせながら、彼女自身を構成していた鋼鉄と人間の破片が浮かぶ薄暗い海に横転していた。
海神の腕の中に抱かれていったのは彼女だけに留まらない。順列二番を進む【モンタナ】にも劇的な最期の時が訪れていた。【武蔵】からの猛射を受けつつも【インディアナ】と共に【大和】を狙っていた彼女は【武蔵】第六射で副砲の誘爆を原因とする火災が艦後部に広がりながらも故障した第三砲塔の修復を何とか成功させ、戦闘を続けていたが相次ぐ【武蔵】からの砲撃により満身創痍の風体となっていた。【武蔵】の砲弾のほとんどは水平装甲に集中しており、落角度や対敵姿勢によっては耐え切ってみせたものの、それも限界であった。また副砲火災の鎮火を試みたダメージコントロール要員が飛散した弾片によるスプリンタ・ダメージにより殺傷されたことも大きく影響していると言えよう。
しかし、それでも彼女は瀕死状態になったひとつ上の姉――【インディアナ】が【大和】から一方的に叩き潰されている間に【大和】へさらに四度の斉射を行い、五発の直撃弾を浴びせたことは賞賛に値する戦果だった。特にその連撃において【大和】の第一砲塔のバーベットを変形させ砲塔旋回を不可能にしたこと、また煙突基部を抉り取った一弾によって主砲管制に必要不可欠な方位盤を損傷させ、大きく【大和】の射撃精度を奪ったことはこの海戦において米艦隊が帝國艦隊へ与えた最も大きな損害として記されている。
とはいえ、圧倒的火力の前に彼女は力尽きるしかなかった。それは彼女が【大和】へ第十四射を放った直後であった。二万七千メートルを滑空し降り注いだ【武蔵】第十三射の砲弾は【モンタナ】第四砲塔付近の船体に着弾。その砲弾は彼女が船体に施した最も厚い甲鉄(フネ全体で言えば司令塔四百五十七ミリが最厚)である三百四十五ミリの舷側装甲をあろうことか貫通、次弾装填のプロセスの最中であり砲弾と装薬を運搬していた揚弾機構を噛み砕きながら起爆し果てた。艦内で突如発生した火炎と衝撃は砲塔内部のあらゆる機構と人命の機能を停止させながら砲塔基部に向かい、戦艦の存在意義たる砲塔そのものをただの鉄屑に変えていく。しかし悲劇はここからであった。それまで艦後部を中心に闊歩していた大火が破壊された砲塔に侵入を成し遂げ、そして奥深くに貯蔵されていた火力の根源たる弾薬を抱きしめたのだ。注水装置または防火シャッターは砲塔そのものが破壊されていたために既に鉄屑の一部となっている。こうなれば後は早かった。弾薬庫誘爆により第三砲塔と第四砲塔の境で船体が引き千切れた【モンタナ】の艦内に止めどなく侵入した北太平洋の海水は急激にボイラーを冷却したことによる水蒸気爆発という駄目押しで彼女に引導を渡した。彼女の身体は刹那の瞬きの後に一つの火柱に包まれ、戦闘海域の外輪で荒波に揉まれながら待機していた日米双方の水雷戦隊からでも明確に視認できるような巨大なキノコ雲となって天に召されていった。爆沈であったために生存者はいなかったと記録されている。
悲惨極まりない姉妹の死を見せ付けられても、残された姉妹達は臆することなく戦闘を続けた。数の上では未だ互角。彼女達は深く傷ついていたとはいえ、それは敵も同じのはず。何よりも速力に劣る彼女達に逃走という選択肢は存在しなかった。愛する姉妹を討ち取られた彼女達は復仇を誓いさらに火遁を飛ばしたのだった。
ご愛読ありがとうございます。
1月の更新を見送らして頂いたばかりで申し訳ないのですが、3月の更新が通常の20日頃から1~2週間ほど遅れてしまうかもしれません。少なくとも4月始めには更新しますのでご容赦ください。
これからも本シリーズをお願いします。




