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洋上のストラテジー  作者: 獅子宮タケ
第1章 Z作戦
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第一節 巨砲の復権-05

 同時刻 第一艦隊旗艦 戦艦大和


 双眼鏡を通して北海ら艦隊幕僚が鈍色の水平線に姿を現した浮城の楼閣を捉えたのは揃って戦闘艦橋へ移動してから一時間と少しが経った後だった。北海達の耳には既に戦闘艦橋の上部に位置する測的所――十五メートル測距儀を覗く兵員達の居場所からの報告が届いていた。やはり相手は【飛龍】の索敵機が接触した米太平洋艦隊の主力で間違いないらしい。

「サウスダコタ級か……。」

 北海は誰に言うわけでも無くそう口にすると同時に四年前のスピアヘッドで、また共産主義者との戦いである韓国戦争とレディバード号戦争に米国が参入して以降の極東海域で、北海の前に姿を見せた米太平洋艦隊の看板娘達を思い浮かべた。

 彼女らは簡単にいえば八八艦隊計画艦を抹殺するために生まれた。強大な十六インチ砲の火力、堅牢な推定対十六インチ砲弾の舷側装甲(水平装甲は脆弱であったが改装により強化)、そして長距離無補給を実現する蒸気ターボ電気推進。その全てが明らかに極東の戦乙女を意識したものであった。

 それらの事情を沈黙のうちに察した帝國海軍は彼女達の影に鬼胎した。第一次世界大戦における出血を回復させる間もなく、関東大震災という国難に直面した帝國海軍は主力艦の新造はおろか実働艦艇の全てを満足に運用する資金すら失っていた時期において、強力無比の存在である【サウスダコタ級】の相次ぐ就役に恐れ慄くしかなかった。それは震災復興の後に調達が再開された八八艦隊計画艦が震災前に発注されたフネ――【長門】の血を色濃く継承した姉達と大きく容姿を違え、列強海軍では一般化しつつあった三連装砲塔と副砲の全てを砲塔形式に携え、なおかつ徹底した集中防御方式を採用した八八艦隊計画後期建造艦の姿を見れば、どれほどの危機感を海軍に抱かせたか推し量ることができる。

 とは言え、帝國政府の朝鮮放棄に端を発し、幣原=スティムソン協定の締結により突如として始まった一九三〇年代の日米融和時代――五年余りで終結したこの時期を経験した帝國海軍にとって【サウスダコタ級】は馴染みのあるフネでもあった。それは日米両政府が中国権益に対する野望を露わにし、一般に日米融和時代が終わりを迎えたとされる一九三七年において意外にも最高潮に達していたのかもしれない。共に共産主義者に対して血を流す仲となった日米両軍は政治的対立が深まりつつあることに気づきながら友好を育んだことは、朝鮮半島から叩き出された米国朝鮮小艦隊が帝國の租借地である旅順に一時的だが身を寄せたこと、その返礼として当時の米太平洋艦隊司令長官であり、キンメル大将の前任者であるジェームズ・リチャードソン大将が【サウスダコダ】に将旗を掲げ、横須賀を訪れたことが物語っている。

 一九三八年にもなると、さすがに両軍とも次第に距離を空けるようになっていったが、それでも海軍将兵の多くにとって交戦の意志を持って接近するあの敵艦が馴染みのフネであることに違いはなかった。とりわけ戦艦愛好者であり、一度だけだが親しく接した娘――横須賀を訪れた彼女に乗艦した経験もある北海にとって彼女を手にかける張本人となることに幾分かの呵責を感じないわけにはいかなかった。

「あの娘が作ったアイスクリーム、美味しかったな……。」

 北海がそう小さく呟くと、心を汲みとった高嶋が切なげな瞳で彼の上官を見つめた。それに気づいた北海は自らの雑念を振り払うように言った。

「――仕方ないね。これ、戦争だから。」

 北海の言葉に高嶋がそのままの瞳で頷く。だが、既に北海の思考は懐古から敵艦隊の撃滅に変貌していた。彼は双眼鏡で淀んだ水平線を睨みながら測的所からの報告を繰り返した。

「的速、十八ないし二十ノット。数、六。いずれも単縦陣にて一時方向より接近……。」

 北海の胸裏で構築された北太平洋海域に次々と情報が描き加えられていく。――天候は雨、波高し。双方とも戦艦を正面方向から接近させ、尚且つ双方ともここで一戦を交える覚悟でいる。敵味方共に速力は二十ノット程度……。

「サウスダコダ級の最大速力に近い数字ですかね。」

 高嶋の言葉に北海は頷いた。一九四一年において、【サウスダコダ級】の出しうる速力は二十ノット強……、そう帝國海軍では推測されていた。その数字は彼ら――就役当時は世界有数の高速戦艦であった【扶桑型戦艦】(改装後、最大速力二十四・五ノット)を艦隊のお荷物扱いにする韋駄天揃いの帝國海軍の評価基準を尺度とするなら仕方のないことだったが、当の持ち主にとっては全く問題ではなかった。彼女達の姉と行動を共にするならば、それで十分だった。言うまでもなく、そのことは帝國海軍も承知している。

「増速しますか? 五ノット程度の優速が期待できますが。」

 高嶋の言葉のように第一艦隊の中核戦力たる第一戦隊は第二戦速、つまり二十一ノットで航行を続けていたが、彼女達は第四戦速(二十七ノット)まで容易に増速することができた。海軍では彼女達【大和型】の最大速力を二十七ノットとしていたが、それは大切な機関を守るために余裕を持たせた数字であることは北海も知るところだった。

「あいにく、せっかちは嫌いでね。」

 北海は軽口を叩きながら柔らかに高嶋の提案を断った。

「全て、このまま。第二戦速を維持。針路も同じく。キンメル提督が動くまで待て。」

 凛とした口調で北海はそう言うと一度、口を紡いだ。そして悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべながら続けた。

「それに、お楽しみは最後にとっておくべきだ。」

 艦隊司令長官がろくでもない思案をしていることを感じ取った高嶋は呆れと少しの期待が混ざった苦笑を浮かべると「了解」とだけ言った。

 動きがあったのは測的所が伝令管を通して相対距離四万を報告した直後であった。朧気ながら徐々に姿を露わにしつつあった新大陸の戦乙女があるポイントで順次左舷方向へ回頭――帝國海軍の教本の一つである「艦隊運動程式」にいう方向転換を行ったのだ。その行動が示す意味は、かの東郷提督を先行者とする帝國海軍では容易に感じ取れた。それ故に、また研究し尽くされた動きでもあったから北海は瞬間的に逆丁字となった艦隊がすべき運動を命じた。

「一戦隊、転進。取舵、進路三-〇-五。(相対方位、三〇五度)」

「司令っ。」

 高嶋が異議を唱えた。北海は彼が言わんとしていること、つまり北海が命じた進路三-〇-五では敵艦隊との体勢が「八の字」になる……という危惧であることを理解していた。帝國海軍では『同航戦八の字型』とも言うべき艦隊運動を基本的に好まない。先頭と後尾で距離にかなりの開きができるため、集中砲火が浴びせにくくなるからだ。この状況において通常の同航戦を挑むなら進路二-八-五が適切だった

「いや、これでいい。波が高いし、万が一にも大落角砲弾を被弾したら面倒だ。距離二万まで切り込む。」

 北海の言葉に高嶋は他の幕僚に同意を示す目配せをすると、中断されていた転舵のプロセスが再開された。操舵員が復唱し、舵が左に切られる。

 北海の脳裏には少なからずの懸念があった。それは、そうそう当たる代物ではないが大落角砲弾によるラッキーヒットの存在だった。北海が入手した情報――直接【サウスダコダ】の艦長から聞いた話だと彼女達姉妹には帝國海軍が恐れる超重量徹甲弾の運用能力はない。彼女達は一九三〇年代に大きな改装を受けていたが、予算の都合で主砲の大規模改装まで手が回らなかった……とのことだった。とは言え、通常の徹甲弾であったとしても大落角で襲来する敵弾が【大和】の水平装甲を貫徹する可能性があることに変わりはない。北海は運命の悪戯でラッキーヒットの直撃を受ける前に中距離へ、つまり大落角砲弾が到達できない距離まで接近すべきだと考えたのだ。

「あっ、そうそう。」

 北海は思い出したように高嶋への言葉に付け加えた。敵艦との距離は三万九千メートルを割り込もうとしていたが、まだ一言二言の戯言を話せる間合いだった。

「それに、防御面でも幾分だが有利だ。」

 北海の言葉にしばし思考顔になった高嶋は薄着味悪いようで、それでいて呆れた声音で答えを口にした。

「避弾経始ですか…。そんな悪知恵、どこで吹き込まれたんですかねぇ……。」

「参謀長だって、知ってるじゃないか。あと陸軍戦車学校で教えてもらった。」

 彼が言った避弾経始は主に戦車戦において用いられる実質装甲厚を増加させるテクニックだった。原理としては、装甲を傾斜させる事により、徹甲弾の運動エネルギーを分散させ、跳弾させるという概念だ。【大和】でも避弾経始の思考を取り入れ、垂直装甲を二十度傾斜して設置されているが、今回はそれに水平方向にも角度を付けることによって、更なる付加効果を狙おうという訳だ。

「陸軍戦車学校って、あなた海軍軍人でしょう?」

 呆れた口調の高嶋に北海は微笑んだ。

「あー、俺、軍特別育成少年だったりする。」

「っ……。」

 声にならない呻きと共に、高嶋は申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 軍特別育成少年とは関東大震災を機に始まった身寄りのない子供を軍が面倒を見る制度だ。これになった子供には陸戦や海戦、空戦等の戦術面に留まらず、戦略等の英才教育を受けることになっている。なお、軍特別育成少年になる条件はただひとつ。三等親以内の親族の死滅である。

「さて、参謀長。雑談はここまでにしようじゃないか。」

 気不味そうにする高嶋に北海はそう言うと、同時に報告が到来した。敵艦との距離三万八千メートル。北海は張りのある声で命じた。

「合戦用意。右砲戦。」

 命令は瞬く間に伝達された。下士官が伝令管に命令を伝達すると同時に艦長が砲戦を命令、すぐに甲板士官が大声でマイクに向かい怒鳴り始めた。

「合戦用意。全艦、右砲戦用意。各員、艦内へ退避。繰り返す、艦内へ退避。」

 艦内各所で命令が復唱されると同時に、一基で駆逐艦一隻ほどもある四十六センチ主砲がその矛を米艦隊へむけていく。

 艦橋には恐怖と興奮が混ざり合った奇怪な空気が充満していた。それは、これまで激しい演習で培ってきた自信と誇り、また、迫り来る敵艦隊の威圧が織り交ざったものであることは、ひしひしと肌で感じられた。男たちの号令と共に、美しき艨艟は鋼の大質量投射兵器に変化していく。十五メートル測定儀や的針・的速測定盤、そして方位盤から得られた情報を基に射撃盤の歯車が回り、それを砲身ごとの『癖』を熟知した兵員の加味した数値が砲塔に伝達、砲身が定められた仰角を形成していく。

「的針二十五度、的速二十ノット。距離三十八。撃ち方用意よし。」

 右舷へ指向された砲身が仰角を整えると同時に寄せられた報告は戦闘艦橋の緊張を一気に加速させ、後続艦より舞い込む「射撃準備よし」の報告がそれに輪を掛ける。

 ――心臓の鼓動が早くなる。手が少しばかり震えた。北海は湿った純白の手袋を握りしめた。

ブックマーク登録ありがとうございます。

まだまだ拙く、未熟な部分もありますが、これからも本シリーズをよろしくお願いします。


【備考】11月20日(投稿直後) タイトルの文体の乱れ(-と―)を修正

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