22 コールドスリープ
朝方、キリュウ達は、身支度を整えたあと、家の外を歩いた。相変わらず、他の妖精達は出てこない。
家の外に回り込み、妖精サフィルスの部屋の様子を窓から覗いてみたが、薄暗くてよく見えないし、物音や動く気配もしない。
「……サフィルスの部屋を直接訪ねた方が早いな。キリュウ、家に入ろう」
もう少し、部屋の様子を見たかったが、トアリーに促され、キリュウは仕方なくトアリーのあとを追った。
妖精サフィルスの部屋のドアの前で、トアリーがノックした。が、返事がない。やけに静かだ。
―――ノックや呼び掛けにも応じないし、物音がまったくない。部屋からは、極めて小さな機械音しかしない……となると、本格的にヤバい状況かもしれないな。
キリュウは、トアリーの肩を軽く叩き、交代した。
そして、ノックもせずいきなりドアを開けた。
「おっ? 開いた……」
「キリュウ、ナイトとしてマナーがなってない! まずドアを開けることを前もって予告すべきだ」
「まぁ、そう言わず……サフィルスが死んでるかもしれないから、これは緊急事態ってことで。マスター トアリーもサフィルスを探してくれない?」
キリュウは、トアリーをなだめつつ、妖精サフィルスの部屋に踏み込んだ。
部屋の中には、シンプルな作りで、ベッドとテーブルセット、姿見の大きな鏡があった。鏡を覗くと、キリュウのちょうど真後ろに淡くゆっくりと青白く点滅している楕円形のカプセルが写り込んでいた。ヒトが1人、余裕で入れる大きさだ。
キリュウが、ゆっくりと真後ろのカプセルに近づいた。
「マスター トアリー! たぶん……サフィルスだと思うけど、一緒に確認したいから、こっちに来て」
ドアの外で待つトアリーを呼んだ。
「……死んでるのか?」
青白く点滅する楕円形のカプセルに近づいたトアリーがキリュウに小声で恐る恐る聞いた。
「いや、たぶん眠ってるだけだ。昨日書斎で見た『コールドスリープ』の設計図は、形からしてこれだと思う」
「本当にサフィルス? 妖精って、みんなルナエアリみたいにもっと小さいのでは?」
トアリーが指で20センチぐらいの長さを示した。
「確かにヒトと体格は変わらないけど、羽根があるよ?」
キリュウがカプセルのカバーからうっすら見える羽根をトンッと軽く指で突っついた。
「……ホントだ。じゃあ、やはりサフィルスか」
トアリーの言葉にキリュウが頷いた。
「とりあえず、サフィルスを起こす前に、堀田さんに確認してみるか……」
キリュウはそう言うと、耳のサークルピアスにあるスイッチをカチッとスライドさせた。
「堀田さん、いる?」
『霧生君、どう? ブルーロックは?』
「いろいろあって大変。それより確認したいことがあるんだけど……」
『何?』
「おそらく、妖精サフィルスと思われる人物がコールドスリープの機械に入ってる。サフィルスと話しがしたいから、この機械の解除方法を知りたい。あと、サフィルスの情報もあれば教えてくれ」
『……そうねぇ、サフィルスは、ブルーロックで最初に作られた妖精ね。ヒトの女性の体格に近い。性格は穏やかで、妖精にしては珍しく、ヒトを恐れない。情報としては、これしかないわ』
「了解。コールドスリープの方は?」
『妖精用のコールドスリープは……、初めて聞くわ。全くこれについては情報なしね。おそらくまだ世に出ていない技術だわ。帰ったら詳しく報告してね!』
「……ちょっと待て! こっちに来る前、全員でバックアップするとか言ってなかったっけ? 全然、まったく、微塵も『全員』の気配が感じられないんだけどっ!?」
『えー! だって、データがないものは仕方ないでしょ? ヒトのコールドスリープ技術もようやく実用化できるかできないか程度なのに……あぁ! そうね……、いきなり蓋をこじ開けたりして急激に通常の空気を流入させると、ヒートショックが起こって細胞組織が壊れてサフィルスが死んでしまうから、気を付けなさいね! じゃあ、恋する少年、健闘を祈る!!』
一方的に話されたあげく、勝手に通信を切られた。キリュウは、ガックリとため息をつきながら、うなだれた。
「堀田さんは何て?」
「こっちにはデータがないから自分達でなんとかしろだってさ。しかも無駄にプレッシャーかけられた」
「それは困ったな、あの書斎にあった設計図以外は何も情報がないのか……」
―――設計図!!
トアリーのおかげで気づいた。昨夜、ずっと設計図を眺めていたので、書き込まれたものはほとんど覚えている。
「そうか……だとしたら、これだな」
キリュウが白く光っているボタンを押した。
「キリュウ!! 大丈夫なのか? 確認せずに……」
「うん、大丈夫。昨日見た設計図からすると、このボタンが、冷却した空気と通常の空気を混ぜながら少しずつ流入させるベント機能のハズ。設計図に段階的に変化していく空気の流入速度が書き込まれてた。
……たぶん3日ぐらいかかると思うよ?それまで暇だけど、どうする?」
「どうすると言われても……そうだな。まだ家の周辺しか見てないので、庭園を見て回ってもいいかもしれない」
「じゃあ、そうするか」
キリュウ達は、妖精サフィルスの部屋を後にし、家の外に再び出た。
******
それから3日間、キリュウ達は庭園を回り、だいたいの位置を把握した。
南側には、船着き場と少し休憩できるガゼボがあった。東側には、水車小屋があり、西側には滝つぼとその周りにキラキラ光る様々な色の石があった。庭園に入ったとき以来見なくなった妖精達が運んでいたモノは、おそらくこの石だ。滝つぼから流れる水は川となって東の水車小屋まで続いている。
キラキラした石で、キリュウが滝つぼに向かって石投げをして遊んだところ、それなりに重さがある石にも関わらず、水の抵抗を感じられず、軽やかに水面を跳ね、優に今までやった石投げ記録の2倍近い記録を出して、驚いた。
赤い石を割ってみると、割った際に出た微量のチリが、キラキラと煌めきながら空に向かってゆっくりと飛んでいった。
「これは……摩擦抵抗を無くせる浮遊石の一種だな。ホワイトレイクにもあった……だが、純度が低い」
キラキラ光る粒子を眺めながら、トアリーが呟いた。
「純度が低いのに、一生懸命に妖精達は運んでいたけど、何に使うんだろう?」
キリュウはそう言いながら、黄緑色の石を片手で拾い上げ、軽く投げてはキャッチするのを繰り返した。
「さぁ……? それより、キリュウ、もうそろそろ3日経つが、サフィルスの方はどうなってる? サフィルスが目覚めたときに私達がその場にいないと、サフィルスがどこかに行ってしまい、また探すことになるのでは?」
「あぁ、そうだね! じゃあ、家に戻ろう」
石を元の場所に戻し、2人は家へと急いだ。
*****
家に戻り、サフィルスの部屋に入ると、コールドスリープのカプセルのカバーがゆっくり開いたところだった。
カプセルによって阻まれ、よく見えなかった妖精サフィルスの姿は、色白の肌に白色に近いブロンドのストレートの髪で、ほっそりとしていた。パステルカラーの薄い空色のワンピースを着ている。背中には透明な羽根があり、妖精ルナエアリの羽根のような煌めきがない。
「こんにちは……私はトアリーです。あなたが、サフィルスですか?」
うっすらと眩しそうに目を開けた妖精サフィルスにトアリーが問いかけた。
「……はい」
まだ妖精サフィルスはボーッとしているようだ。
「はじめまして、サフィルス。オレはキリュウです。身体の具合はどう?」
「まだ、なんとも言えないです……」
妖精サフィルスは上半身を起こそうとしたが、力が入らず、トアリーが背中に手をあてて助けた。そして、透明な羽根を広げてゆっくりと動かす。
「……羽根の鱗粉がなくなってる。私はどのくらい寝てたのでしょうか?」
妖精サフィルスが悲しそうに羽根を見つめた。
「ルナエアリの話では、半年ぐらいらしいよ?」
「半年ですか……その間、ドクターが私を訪ねた形跡がないようですね……」
キリュウが答えたのに対し、ますます悲しげな表情を浮かべ、肩を落とした。
「サフィルスは……ドクターが来るのを待ってたのだな?」
妖精サフィルスの様子を見て、トアリーは目線を合わせる高さまでしゃがみ、優しく聞いた。
「はい……でも来なかったんです」
「このコールドスリープに入ってたのは、そのドクターに入れられたの?」
キリュウが聞くと、妖精サフィルスは首を振って否定した。
「ドクターが……長期間、仕事の関係でずっと外泊するから、今までみたいにもう一緒に過ごせないって言われて……。それで、悲しくて寂しくて仕方ないので、寝てればドクターが帰ったときに起こしてくれると思って、この機械に入って引きこもってたんです」
「……最先端の技術を使って引きこもるとは……、素晴らしく贅沢な引きこもり方だね」
「いや、それは世間一般的には『技術の無駄遣い』と言われる類いだろ」
感心するトアリーにキリュウがツッコミを入れる。
「それで……今でもサフィルスはドクターに会いたいんだよね?」
キリュウが聞くと、はい……、とサフィルスが力なく頷いた。とても痛々しい。
「じゃあ、探しに行くか! 手伝うよ」
「キリュウ! 私達の目的は……」
トアリーがキリュウに異を唱えようとしたところ、首を振り、目配せして黙らせた。トアリーは、わかった、と無言で頷いた。
「でも……このままでは会えない」
「なぜ?」
「羽根の鱗粉がないから、まず青い石を集めないと……」
「了解、じゃあ行こう」
キリュウがそう言うと、トアリーが手をさしのべ、妖精サフィルスが恐る恐るその手をとった。コールドスリープのカプセルから久々に出たため、妖精サフィルスはふらついている。キリュウが家のドアを開けたまま、トアリーが妖精サフィルスを支えて外に出るのを待った。
キリュウとトアリー、妖精サフィルスは、西にある滝つぼへ向かった。




