回想
シャルロットは一人、部屋の椅子に座っていた。
窓の外はすっかり暗くなっている。
けれど、シャルロットには景色を見る余裕などなかった。
頭の中がひどく混乱していたからだ。
思い出した。
また。
記憶を。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
けれど確かに。
戻った。
ルカス。
戦争。
帰還。
そしてセシリア。
名前を思い出すだけで胸がざわつく。
懐かしいような。
悲しいような。
説明できない感情が込み上げてくる。
シャルロットは両手で頭を押さえた。
記憶の断片がぐるぐると回る。
幼い頃のルカス。
少しずつ成長していく姿。
婚約者として隣に立つ自分。
優しかった頃の笑顔。
そして。
金色の髪を持つ少女。
セシリア。
そこから先は霧がかかったように曖昧だった。
何か大切なことがある。
何か決定的な出来事がある。
そんな気がするのに思い出せない。
手を伸ばせば届きそうなのに。
あと少しのところで指の隙間から零れ落ちていく。
「どうして……」
誰に向けるでもなく呟く。
記憶を取り戻したいと思っていた。
自分が何者なのか知りたかった。
それなのに。
今は少し怖い。
戻るたびに胸が苦しくなるからだ。
まるで幸せだった夢の続きを見ているのに。
その終わりだけが悲劇だと知っているような感覚だった。
シャルロットはゆっくり顔を上げる。
ふと。
昼間のクルルの表情を思い出した。
あの顔。
領主の家臣たちが帰った後。
収納棚の陰から出てきた自分を見た時。
クルルは安心していなかった。
むしろ。
怯えていた。
そんなふうに見えた。
シャルロットは唇を噛む。
どうしてだろう。
どうしてクルルは、自分が記憶を取り戻すことを恐れているように見えるのだろう。
思い出せば喜ぶべきではないのか。
元の自分に戻るのだから。
家族も。
友人も。
過去も。
全部思い出せるのだから。
それなのに。
クルルはいつも不安そうな顔をする。
まるで。
記憶が戻ることそのものが不幸であるかのように。
そこまで考えて。
シャルロットははっとする。
もしかして。
自分は何か悪いことをしたのだろうか。
だからクルルは言えないのだろうか。
記憶を失った自分に。
優しくしてくれるクルル。
助けてくれたクルル。
ずっとそばにいてくれたクルル。
そんな彼が、自分に何かを隠している。
その事実だけは分かる。
けれど理由が分からない。
思い出した記憶の中のクルルは今より少し若かった。
皇太子宮ですれ違ったことがある程度の知人。
それくらいの距離感だったはずだ。
なのに今のクルルは違う。
自分が苦しめば心配する。
怪我をすれば怒る。
危険があれば守ろうとする。
まるで。
失うことを恐れているみたいに。
シャルロットの胸がちくりと痛んだ。
記憶が戻れば。
今の関係は終わるのだろうか。
そんな考えが浮かぶ。
理由は分からない。
ただ。
そうなってほしくないと思った。
今の生活が好きだった。
オーウェンがいて。
クルルがいて。
笑って。
喧嘩して。
一緒に食事をして。
そんな日々が好きだった。
それを失いたくない。
その気持ちだけははっきりしていた。
「……クルル」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
当然だ。
ここには自分しかいない。
それでも。
胸の奥にある不安は消えなかった。
記憶は戻り続けている。
止まらない。
いつか全てを思い出す日が来る。
その時。
クルルはどんな顔をするのだろう。
そして自分は。
どんな人間だったのだろう。
シャルロットは膝を抱えた。
静かな夜だった。
けれど頭の中だけは、思い出された記憶と消えない疑問で、いつまでも騒がしかった。




