表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
66/66

旅路

 

 夜が明ける前。

空はまだ薄暗く、東の空がわずかに白み始めていた。

診療所の前には二頭の馬が用意されている。

荷物は最低限。

長く続く逃亡生活になるかもしれないのだから、本当はもっと持っていきたいものもあった。

けれど、そうもいかない。

少しでも身軽でなければならない。

シャルロットは荷物を抱えたまま立ち尽くしていた。

目の前にはオーウェンがいる。

いつも通りの笑顔。

いつも通りの穏やかな顔。

それなのに。

胸が苦しかった。


「本当にお別れなのね……」

「まあな」


オーウェンは肩を竦める。


「二度と会えないわけじゃないんだから、そんな顔するな」

 

その言葉で堪えていたものが決壊した。

シャルロットの目から涙が零れる。


「だって……」


言葉にならない。

記憶を失って目覚めた日、最初に見たのはオーウェンだった。

不安だった自分を安心させてくれた。

分からないことだらけだった自分に、何度も優しく説明してくれた。

兄のように、家族のように、いつもそばにいてくれた。


「ありがとうございました……」

 

涙声だった。


「本当に……」

「おいおい」


オーウェンは苦笑する。


「そんな改まられると困るんだけど」

それでもシャルロットの頭を軽く撫でた。


「元気でな」


その言葉が余計に涙を誘った。

シャルロットは泣きながら何度も頷く。

オーウェンはそんな様子を見ながら笑った。


「何かあったら戻って来い」

「……はい」

「俺はここにいる」


シャルロットはとうとう声を上げて泣いてしまった。

オーウェンは最後まで優しかった。

少し離れた場所でその様子を見ていたクルルは、静かに目を伏せる。

自分はもう別れを済ませていた。

 




夜明け前。

シャルロットがまだ眠っていた頃に、オーウェンと二人で話した。

短い会話だったが、2人にはそれで十分だった。


『生きろよ』


親友はそう言った。

だからクルルも笑った。


『お前もな』


それだけだった。

長々と別れを惜しむような関係ではない。

必要な言葉はもう伝わっていた。




やがて、シャルロットも少し落ち着いて、とうとう出発だ。

馬に跨って、診療所を振り返る。

見慣れた家だった。 

大切な場所だった。

もう二度と戻れないかもしれない。

そう思うと胸が痛む。


「行くぞ」


クルルの声にシャルロットは小さく頷いた。

そして二人は馬を進める。

目指すのは隣国。

皇太子の権力が及ばない場所。

誰にも追われずに生きられる場所。

長い旅が始まってしばらくは無言だった。

馬の蹄の音だけが響く。

朝日が昇り始める。

やがてクルルが口を開いた。


「なあ」

「なに?」


シャルロットが顔を向ける。

クルルは少し迷ったようだった。

だが結局聞いた。


「記憶はどこまで戻った?」


シャルロットは黙り込む。

自分でも整理しきれていない。

それでもゆっくり答えた。


「ルカス様が戦争から帰ってきたところまでは覚えているわ」


クルルの表情が僅かに硬くなる。


「それから……セシリアさん」


その名前を口にすると胸がざわつく。


「その人が現れたところまで」


クルルは何も言わない。

ただ前を向いている。

シャルロットは続けた。


「でも、それより後が分からないの」


本当に分からない。

霧の向こう側だ。

幸せだった記憶の続きが見えない。


「思い出せそうか?」

「……分からないわ」


正直な答えだった。


「最近は夢も増えてるし」


夢。

フラッシュバック。

断片的な記憶。

少しずつ増えている。

いつか全部戻る気がする。

そんな予感があった。


「そうか」


クルルはそれだけ言った。

だがその横顔はどこか苦しそうだった。

シャルロットは気づいてしまった。

やはりクルルは記憶の話になると変だ。

何かを恐れている。

何かを隠している。

それが分かるけれど聞けなかった。

聞くのが怖かった。

もしその答えが、自分の望まないものだったら、今の穏やかな時間が壊れてしまう気がしたからだ。

二人は再び黙る。

風が吹く。

朝日が山々を照らしている。

記憶を失ったシャルロットにとっての故郷から遠ざかっていく道。

戻れない道。

それでも二人は進む。

それぞれ不安を抱えながら。

それぞれ秘密を抱えながら。

隣国へ向かう長い旅路を進んでいった。


第二章 終幕です! 

三章は毎日更新できなくなると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ