表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/66

決断の夜

 その日の夜、診療所は静まり返っていた。

窓の外では虫の声だけが聞こえるが、クルルは眠れなかった。

ベッドに横になっても目を閉じることができない。

考えなければならないことが多すぎた。

昼間の出来事が何度も頭を巡る。

家臣たち、皇太子の命令に、捜索。

そしてシャルロットの記憶。

胸の奥が重かった。

あの家臣は見逃してくれた。

だがそれは偶然だ。

運が良かっただけ。

次も同じとは限らない。

もし別の人間が来たら、もし本気で調べられたら、もし収納棚の裏まで確認されたら。

考えるだけで冷たい汗が滲む。

今日、自分たちは助かった。

だが、それは勝ったわけではない。

ただ処刑台へ向かう道を少し先延ばしにしただけだ。

クルルは天井を見つめる。

皇太子は諦めていない。

それがはっきり分かった。

何年も経っているのに、それでも自分たちを探し続けている。

それだけ自分たちは危険なのだ。

そして、シャルロットの記憶も戻った。

クルルはゆっくりと目を閉じた。

思い出すのは夕方のシャルロットの顔だ。

青ざめていて、震えていて、混乱していた。

それでもまだ致命的なところまでは戻っていない。

まだルカスがセシリアを選ぶところまでは。

皇太子の命令までは、山小屋での出来事までは、思い出していない。

だが、それも時間の問題だろう。

ここまで戻った以上、残りも戻る可能性が高い。

そしてその時。

シャルロットはどうする。

クルルには想像できた。

きっと自分を責める。

誰よりも、何よりも、容赦なく。

あの少女はそういう人間だ。

だからこそ、クルルは怖かった。

記憶を取り戻したシャルロットが、自ら皇太子の元へ向かう未来が。

罪を償わなければならないと、自分は罰を受けるべきだと、そう考える未来が容易に想像できてしまった。


「……くそ」


小さく呟く。

苛立ちは自分自身に向いていた。

もっと早く決断するべきだった。

オーウェンの診療所は安全だと思っていたが、違った。

皇太子はここまで手を伸ばしてきた。

ならもう終わりだ。

ここに留まれば、オーウェンまで巻き込む。

親友を危険に晒し続けることはできない。

クルルはゆっくり起き上がった。

窓から月明かりが差し込む静かな夜だった。

だがクルルの心は少しも静かではない。

決断しなければならない。

逃げ続けるのか、戦うのか、諦めるのか。

長い時間考え続けて、そしてようやく答えが出た。


「……行くしかない」


声に出した瞬間、不思議と迷いが消えた。

この場所を離れる。

シャルロットを連れて、二人で。

どこへ行くかはまだ決めていない。

だがここにはいられない。

それだけは確かだった。

危険をオーウェンに押し付け続けるわけにはいかない。

そして何より、シャルロットを守りたいという、その想いだけははっきりしていた。

いつからだろう、彼女の笑顔を失いたくないと思うようになったのは。

最初は責任感と罪悪感だった。

皇太子に利用された仲間だった。

それだけだったはずなのに、今は違う。

シャルロットが泣くのは嫌だ。

苦しむのも嫌だ。

失うことなど考えたくもない。

その感情の名前をクルルはもう知っていた。

だからこそ、守るために、安全に思えるこの場所から離れなければならない。

皮肉だった。

クルルは立ち上がって隣の部屋を見つめた。

そこにはシャルロットが眠っている。

いや、もしかすると彼女も眠れていないかもしれない。

記憶が戻ったのだから、不安で仕方ないだろう。

クルルは静かに拳を握った。

明日、今考えた全てを話そう。

そしてここを出よう。

二人で、どこまでも逃げよう。

皇太子の手の届かない場所へ。

たとえそれがどれほど困難な道でも。

クルルはもう決めていた。

シャルロットを守るためなら、この先どんな未来が待っていても構わないと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ