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間一髪


 家臣たちは家の中を調べ続けていた。

棚を開け、引き出しを確認し、物置まで見て回る。

クルルは平静を装っていたが、内心は冷え切っていた。

あと少し、あと少し運が悪ければ終わる。

収納棚の向こうにはシャルロットがいる。

もし隠し場所に気づかれれば、もう言い逃れはできない。

男の一人が奥へ向かう。

クルルの鼓動が跳ねたその時だった。

玄関の扉が勢いよく開いた。


「おいおい、何の騒ぎだ?」


聞き慣れた声だった。

オーウェンである。

往診から戻ってきたらしい。

クルルは思わず安堵しかける。

だが状況は変わらない。

下手をすればオーウェンまで巻き込まれる。

しかし、家の中を見回していた家臣の一人がオーウェンを見るなり目を丸くした。


「……お前」


オーウェンも目を瞬かせる。


「ん?」

 

数秒の沈黙。

そして。


「あっ」

「あっ」


二人同時だった。


「お前、生きてたのか!」

「お前こそ!」


突然始まった親しげな会話に、クルルは呆気に取られる。

さっきまで張り詰めていた空気が一瞬で崩壊していた。

家臣の男は豪快に笑う。


「何年ぶりだ?」

「さあな。5年くらいか?」

「そんなに経つか!」


肩を叩き合う二人。

まるで旧友の再会だった。

クルルだけが状況についていけない。

オーウェンは首を傾げる。


「ところで何しに来たんだ?」

「仕事だよ仕事」


家臣は面倒そうに答えた。


「領主様の命令で人探し」

「へぇ」

「金髪の男女らしい」


クルルの背中を冷たい汗が流れる。

しかし家臣は続けた。


「皇太子様からの命令らしいんだがな」


露骨に嫌そうな顔だった。


「領主様も気が乗ってねえみたいだし、正直俺たちも面倒なんだよ」

「なるほど」

「で、ここがお前の家ならもういいや」


あっさりしたものだった。


「見つかるならとっくに見つかってるだろ」


そう言って男は肩を竦める。


「領主様には適当に報告しとく」

「助かる」

「今度酒奢れよ」

「考えとく」

「考えるな」


家臣たちは笑いながら家を出ていって、ゆっくりと扉が閉まる。

足音が遠ざかる。

完全に聞こえなくなるまで、クルルは動けなかった。

ようやく、本当にようやく。

大きく息を吐く。

膝から力が抜けそうになる。


「……危なかった」


思わず漏れた本音だった。

オーウェンも珍しく真面目な顔をしている。


「まあな」

「知り合いだったのか」

「あいつか?」


オーウェンは苦笑した。


「昔、盗賊だった」

「は?」

「俺が助けた」


あまりにも簡潔な説明だった。

クルルは眉をひそめる。

オーウェンは昔を思い出すように笑った。


「重傷で倒れてたんだよ」

「それで?」

「治した」

「それだけか?」

「それだけ」


それだけで命の恩人になるのだから、オーウェンらしい。


「今は領主様の家臣になってるみたいだけどな」

 

世の中分からないものだ。

クルルは再び息を吐いた。

助かった。

本当に紙一重だった。

あと少し遅れていたら、オーウェンが戻らなかったら、今頃どうなっていたか分からない。


「シャルロットを出してくる」


クルルは収納棚へ向かった。

棚を動かす。


「もう大丈夫だ」


声をかける。

だが、返事がない。

嫌な予感がした。


「シャルロット?」


もう一度呼ぶ。

すると、ゆっくりと姿を現したシャルロットは、ひどく青い顔をしていた。

クルルの胸がざわつく。


「おい」


シャルロットは答えない。

ただ呆然と立ち尽くしている。

震える指先、焦点の定まらない瞳。

その表情を見た瞬間、クルルは理解してしまった。

まさか、記憶が、戻った。

シャルロットは小さく唇を動かす。


「……戦争が終わって」


かすれた声。


「ルカス様が帰ってきて」


クルルの心臓が重く沈む。


「それから……」


シャルロットの瞳には混乱が浮かんでいた。


「セシリアさんが……」


そこで言葉が途切れる。

クルルは何も言えなかった。

シャルロットは過去へ近づいている。

ルカスが帰国した頃まで、そしてセシリアが現れた頃まで、幸せだった記憶が、崩れ始める直前まで、戻ってしまったのだ。

つい先ほど助かったばかりだというのに、クルルの胸には再び重い不安が落ちていた。


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