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迫る影

 向かい合ったまま、クルルもシャルロットも動けなかった。

つい先程まで穏やかだった空気はどこにもない。

シャルロットの記憶は戻り始めている。

それはもう疑いようのない事実だった。

シャルロット自身も混乱しているようだが、クルルもまた動揺していた。

何を言うべきなのか、何を隠すべきなのか、何から話せばいいのか、頭の中がまとまらない。

重苦しい沈黙だけが二人の間に落ちていたその時だった。

 ――ドンッ!!

突然、玄関の扉が激しく叩かれた。

二人とも肩を跳ねさせる。

続けて聞こえた声は知らない男のものだった。


「領主様の命令だ! 家の中を確認させてもらう!」

 

クルルの全身が凍りつき、心臓が嫌な音を立てた。

シャルロットも顔色を失う。


「……クルル」


小さな声。

だが返事をする暇もなかった。

再び扉が叩かれる。


「いるのは分かっている! 開けろ!」


まずい。

まずいまずいまずい。

頭の中で警鐘が鳴り響く。

オーウェンは不在で、家にいるのは自分とシャルロットだけ。

もし今ここで見つかれば終わりだ。

クルルは瞬時に判断した。


「シャルロット」


低い声で呼ぶ。


「え……?」

「今すぐ隠れろ」


シャルロットが息を呑む。

説明している時間はない。


「早く!」


クルルにしては珍しく強い口調だった。

シャルロットも状況を察したらしく頷く。

クルルは彼女の腕を掴み、家の奥へ急ぐ。

古い収納棚の裏側に人一人が隠れられる僅かな空間がある。

以前、密輸品を運ぶ人間が使った隠し場所だ。


「ここから出るな」

「でも――」

「絶対に」


クルルの表情を見て、シャルロットは口を閉じた。

その青い瞳に不安が浮かぶ。

シャルロットのその表情に、クルルは胸が締め付けられた。

だが今はそれどころではない。

収納棚を戻す。

姿が見えなくなる。

ちょうどその瞬間、玄関の扉が三度目に叩かれた。


「開けろ!」


クルルは深く息を吸う。

鼓動が速い。

手のひらが汗で濡れている。

それでも平静を装いながら玄関へ向かった。

扉を開くと外には武装した男たちが立っていた。

領主家の紋章。

見慣れた顔も混じっている。


「遅いな」

「仕事から戻ったばかりだった」


できるだけ自然に答える。

男は家の中を覗き込んだ。


「家宅捜索だ」

「何かあったのか?」

「皇太子殿下からの命令だ」


その一言で全てを理解する。

やはり、予想通りだった。

男は懐から紙を取り出す。


「この二人を探している」

 

紙が差し出される。

そこに書かれていた名前は、シャルロットと、そしてクルル自身の名前だった。

背筋を冷たい汗が流れる。

顔には出すな。

絶対に出すな。

必死に自分へ命じる。


「知らないな」

「本当にか?」

「こんな田舎町に来る理由がないだろう」


男はクルルをじっと見つめた。

探るような視線。

嫌な沈黙。

空気が重い。

クルルは心の中で祈る。

頼む。

気づくな。

気づくな。

男はしばらく黙っていたが、やがて口を開く。


「最近、怪しい人間を見なかったか?」

「見てない」

「金髪の女は?」

「知らないな」


嘘を重ねる。

平然と、自然に。

何度も皇太子の側近たち相手にやってきたことだ。

それなのに今日は喉が渇いて仕方ない。

家の奥、収納棚の向こう。

そこにシャルロットがいる。

もし見つかれば、全て終わる。

男は家の中へ一歩踏み込んだ。

クルルの心臓が跳ねる。


「念のため中も見る」

 

最悪だった。

頭の中が真っ白になる。

逃げ道はない。

隠し場所が見つかれば終わり。

言い逃れもできない。

クルルは表情だけは変えずに立っていたが、胸の奥では激しい焦燥が渦巻いていた。

皇太子は諦めていない。

ずっと探していたのだ。

シャルロットを、そして自分を。

静かだったはずの逃亡生活は終わろうとしている。

クルルは奥歯を噛み締めた。

絶対に渡さない。

たとえ何があっても。

あの少女だけは、絶対に。


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