面影
昼下がり。
診療所には静かな時間が流れていた。
オーウェンは往診で、クルルは仕事に出ていたので、家にはシャルロット一人だけだった。
窓から差し込む陽射しが床を照らしている。
いつもなら本を読んだり、家事を手伝ったりして過ごす時間だった。
だが最近のシャルロットには、どうしても気になることがあった。
記憶。
少しずつ戻り始めた、自分の過去。
夜ごと見る夢。
煌びやかな屋敷、大勢の使用人、豪華な衣装、そして、そこにいる自分。
断片的ではあるが、その光景は日に日に鮮明になっていた。
「何か、思い出せないかしら……」
シャルロットは鏡の前に座り、夢の中の自分を思い出そうと目を閉じた。
長い金髪、整えられた髪型、ほんのりと施された化粧。
背筋を伸ばして歩く姿。
ぼんやりとした記憶を頼りに、自分の髪に触れる。
ゆっくりと編み込みを作る。
何度かやり直しながら形を整える。
不思議なことに、手は自然に動いた。
まるで昔から知っていたかのように。
「……こうだったかしら」
鏡を覗き込む。
普段は下ろしている髪が綺麗にまとめられていた。
続いて化粧道具を取り出す。
この町では滅多に使わないものだ。
薄く、自然に夢の中の自分を思い出しながら整えていく。
しばらくして、鏡の中には、いつもとは違う女性が映っていた。
「……あら」
思わず声が漏れる。
どこか懐かしかった。
初めて見るはずなのに、知っている気がする。
けれど、肝心なことは何一つ思い出せなかった。
「駄目ね」
苦笑する。
ドレスでもあればもう少し何か分かるのかもしれないが、そんなものはない。
今のシャルロットが持っているのは、町娘が着る質素な服ばかりだった。
結局そのまま午後を過ごし、夕方になった。
玄関の扉が開く音がする。
クルルが帰ってきたのだろう。
「ただいま」
聞き慣れた声。
シャルロットは居間から顔を出そうとして、その時だった。
クルルが視界に入る。
そして、クルルの足が止まった。
完全に、ぴたりと止まった。
「……クルル?」
シャルロットは首を傾げる。
クルルは何も言わない。
ただ、目を見開いていた。
顔色が変わっている。
まるで信じられないものを見たように。
その視線の先にいるのは、当然シャルロットだった。
編み込まれた金髪。
薄化粧。
整えられた立ち姿。
質素な服を着ているにもかかわらず、どこか公爵令嬢だった頃を思わせる姿。
クルルの喉がわずかに動く。
嫌な予感がした。
胸が冷える。
頭の中に浮かんだのは一つの可能性だった。
まさか。
まさか――。
記憶を、取り戻したのか。
クルルの背筋を冷たいものが走った。
シャルロットは何も知らずに微笑む。
「どうしたの?」
その言葉にすぐ返事ができなかった。
クルルはただ、肝が冷えるような思いで、目の前の少女を見つめていた。




