確信
夕方だった。
クルルが仕事を終えて診療所に戻ると、オーウェンが帳簿を閉じながら顔を上げた。
「おかえり」
「ただいま。シャルロットは?」
「街へ買い物」
それだけ聞けばいつものことだった。
最近は一人で出かけることも増えた。
町の人々とも顔馴染みになり、迷うこともなくなった。
けれどオーウェンは続ける。
「もう戻ってきてもいい時間なんだけどな」
クルルは窓の外を見た。
空は橙色に染まり始めている。
遅い、というほどではない。
だが何となく胸がざわついた。
「迎えに行ってやれよ」
「子供じゃないぞ」
「そういう問題じゃない」
オーウェンはにやりと笑う。
「お前が心配なんだろ?」
「……別に」
「はいはい」
その反応に、オーウェンはますます楽しそうな顔をした。
クルルは舌打ちしたくなるのを堪え、踵を返す。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
町へ向かう道を歩きながら、クルルは自分でも分かっていた。
心配している。
オーウェンの言う通りだ。
最近のシャルロットは笑顔が増えた。
元気に見える。
だからこそ、ふとした瞬間にいなくなると落ち着かない。
皇太子のことが頭をよぎる。
追手の可能性を考える。
そして何より、シャルロット自身を失いたくないと思ってしまう。
そこまで考えて、クルルは顔をしかめた。
「……本当に、面倒だな」
呟きながら歩を速める。
町に着いた頃には、店じまいを始める店も出ていた。
パン屋の前を通り、広場へ出る。
そこで人だかりが目に入った。
嫌な予感がした。
クルルは人の間を縫うように進む。
「だからさ、少しくらい付き合ってくれてもいいだろ?」
「お断りします」
シャルロットだった。
買い物袋を抱えたまま、困った顔で男に対応している。
男は酒臭かった。
完全な酔っ払いではないが、まともな状態でもない。
「そんな冷たいこと言うなって。せっかく綺麗な嬢ちゃんなんだから」
男が一歩近づく。
シャルロットがわずかに後ずさった。
その瞬間、クルルの胸に鋭い苛立ちが走った。
考えるより先に体が動いていた。
「その辺にしておけ」
低い声。
男が振り向く。
クルルはシャルロットの前に立っていた。
自然に、庇うように。
「なんだお前」
「帰るぞ、シャルロット」
男を無視してシャルロットに声をかける。
彼女はぱっと顔を上げた。
「クルル」
その声に、胸のざわつきが少しだけ静まる。
「知り合いか?」
男が食い下がる。
「そうだ」
クルルは短く答えた。
それ以上話すつもりはない。
男は舌打ちしたが、周囲の視線も集まり始めていることに気づいたらしい。
「ちっ、つまんねえな」
そう吐き捨てると、ふらつきながら去っていった。
人だかりも徐々に散っていく。
クルルはようやく振り返った。
「怪我は?」
「ないわ。ありがとう」
シャルロットはほっとしたように笑う。
その笑顔を見た瞬間、クルルは自分の中の感情をはっきり自覚した。
さっき感じたのは、単なる保護欲ではない。
ただの心配でもない。
男が近づいた瞬間、腹の底から苛立った。
触れるな、と本気で思った。
それは妹に向ける感情ではない。
家族を守る時の感覚とも少し違う。
もっと独占的で、身勝手で、説明しづらい何かだった。
シャルロットはそんなクルルの内心など知らず、買い物袋を持ち直す。
「迎えに来てくれたの?」
「オーウェンに言われた」
「そうなのね」
シャルロットは少し残念そうな顔をする。
その表情にまで胸が揺れる自分に、クルルは内心で頭を抱えた。
分かりやすすぎる。
もう誤魔化せない。
自分がシャルロットを恋愛的に意識し始めていることは、誰より自分自身が一番よく分かっていた。
「帰るぞ」
「ええ」
二人は並んで歩き出し、夕暮れの町を抜け、診療所への道を進む。
クルルは無意識にシャルロットを車道側から遠ざける位置を選んでいた。
そのことに気づき、さらに自分で呆れる。
だがもう止められなかった。
シャルロットが隣にいるだけで、守りたいと思ってしまう。
その感情は、少し前の「家族みたいなもの」では説明できないところまで来ていた。




