両想い
最近、クルルは少し困っていた。
いや、かなり困っていたのかもしれない。
原因はもちろんシャルロットだ。
あの日、家の裏で薪割りをしていた時、何の前触れもなく、まるで今日の天気を話すみたいに、
「私、あなたのことが好きよ」
そう告げられた日から、何かがおかしくなった。
いや、正確には、おかしくなったのは自分の方だ。
シャルロットは変わらない。
少なくとも本人は変わっていないつもりなのだろう。
振られたあとも、泣き喚くこともなく、距離を置くこともなく、今まで通り笑って、今まで通り話しかけてきて、今まで通り一緒に暮らしている。
ただ、クルルだけが知ってしまった。
その笑顔の意味を。
その視線の意味を。
その優しさの意味を。
だから困るのだ。
以前なら気にも留めなかったことが気になって仕方ない。
「おかえり、クルル」
仕事から帰れば嬉しそうに出迎えてくれる。
以前なら、ああ、仲良くなったな、くらいにしか思わなかった。
今は違う。
なんとなく意識してしまう。
夕食の席で隣に座られるだけで妙に落ち着かない。
名前を呼ばれるだけで視線が向く。
笑われるとつられて笑ってしまう。
自分でも単純だと思う。
クルルは大きくため息を吐いた。
シャルロットはきっともう諦めている。
少なくとも積極的に関係を進めようとはしていない。
あの日、告白してきた時も、
「返事は今度でいいわ」
なんて言っていたくせに、実際に断られたら、それ以上は何も言わなかった。
だからこそ余計に困る。
諦めている。
受け入れている。
それなのに、好きという気持ちだけは隠そうとしない。
自然体のまま、何の計算もなく、好意を向けてくる。
それが妙に胸に刺さるのだ。
最近のシャルロットはどこか柔らかい。
もともと優しい性格ではあった。
けれど今はそれ以上だった。
野良猫が人間に懐いたような。
そんな雰囲気がある。
近くに来る。
話しかけてくる。
楽しそうに笑う。
そして少しだけ拗ねる。
その一つ一つが妙に可愛らしい。
自覚したくなかったが、クルルは完全に絆されていた。
最初は妹みたいなものだった。
守ってやりたい相手だった。
皇太子に利用され、壊され、記憶まで失った少女。
幸せになってほしいと思った。
それだけだったはずだった。
だが今は、シャルロットが笑うと嬉しい。
元気がないと心配になる。
出かけて帰りが遅いと落ち着かない。
誰かに褒められていると、なぜか自分まで誇らしい。
認めたくないが、それはもう妹に向ける感情だけではなかった。
「……面倒だな」
ぽつりと呟く。
誰もいない仕事場に声が消える。
あの日、自分はシャルロットを振った。
記憶を取り戻したら、シャルロットはきっと後悔すると思ったから。
公爵令嬢だった彼女が、中立派の子爵家の三男でしかない自分を好きだったなんて、思い出したら耐えられないだろうと、そう思った。
今でもその考えは変わらない。
だから正しかったはずだ。
正しい判断だった。
なのに、最近は時々考えてしまう。
もし、本当にもしも、シャルロットが記憶を取り戻しても、それでも今と同じように笑ってくれたなら。
その時は、自分はどうするのだろうかと、そんなことを考えた瞬間。
「いや、ないな」
クルルは首を振った。
考えるだけ無駄だ。
未来のことなど分からない。
だから今は、今のままでいいと、そう自分に言い聞かせる。
けれどその日の帰宅後。
「おかえり、クルル!」
玄関まで走ってきたシャルロットの笑顔を見た瞬間、クルルは心の中で静かに負けを認めた。
――やっぱり可愛いな。
そんなことを思ってしまった時点で、もう手遅れだった。




