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前世から結ばれていた二人のせいで悪役になった令嬢は、記憶喪失になって救われる  作者: 予炉
第一章 捨てられた悪役令嬢は、誰にも救われない
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水面下の思惑

 シッティン公爵家は、静かに崩れていっていた。

表向きにはまだ“公爵家”の威厳を保っている。


 けれど内側は違う。


 人が減り、


 資金が減り、


 誇りだけが取り残されている。


 シャルロットはその現実を、誰よりも理解していた。


 それでも彼女は今日も完璧だった。


 社交界に出れば笑みを浮かべ、言葉を選び、誰にも弱さを見せない。


 ――見せた瞬間に終わるから。





 その頃、王城の一室。


 皇太子は静かに紅茶を傾けていた。


「シッティン家は、もう限界か」


 側近が低く報告する。


「はい。ソナライド公爵家との繋がりを失った影響が大きく……」


「なるほど」


 皇太子は興味深そうに微笑む。


 崩れかけた家ほど使いやすいものはない。


 忠誠ではなく“恐怖”で動かせるからだ。


「シャルロット・シッティン」


 その名を小さく転がす。


 美しく、誇り高く、そして扱いやすい。


「まだ生きているか」


「はい。社交界には顔を出しております」


 皇太子は満足げに頷いた。


「なら、ちょうどいい」


 彼の視線の先には、別の駒があった。


 ソナライド公爵家。


 戦後急速に力を伸ばしつつある、危険な存在。


 そしてその中心にいるのが、ルカス・ソナライド。


「強すぎる駒は、必ず歪みを生む。ソナライド公爵家が少々大きくなりすぎた。牽制が必要だ」


 ソナライド。

 その名に、場の空気がわずかに緊張する。


 ルカス・ソナライドの存在は、すでに貴族社会でも無視できないものになってい

 た。


「ならば……」


「シャルロット・シッティンを使う」


 あまりにも自然に、その名が出る。


 まるで駒の一つを指すように。


「彼女はまだ“公爵令嬢”としての形を保っている。ならば役目はある」


 皇太子は紅茶を一口飲み、続けた。


「ソナライドを揺らすには十分だ」







 その頃。


 王都の別室では、クルル・アルベールが書類をめくっていた。


「……眠い」


 優秀な官僚候補として名を知られる彼は、若くして重要な情報にも触れている。


 そんな彼に、ある日皇太子が何気なく声をかけた。


「アルベール子爵」


「はい」


「ルカス・ソナライドのことはどう思う?」


 唐突な話題だった。


 クルルは一瞬だけ目を上げる。


「どう、とは?」


 皇太子は軽く笑う。


「十年の婚約を破棄するとは、冷たい男だと思わないか?」


 その言葉に、クルルの指先がわずかに止まった。


 シャルロットの顔が一瞬浮かぶ。


 必死に立っていた公爵令嬢。


 誇り高く、壊れそうで、それでも笑っていた少女。


「……事情はあるんじゃないですか」


 そう答えるしかなかった。


 皇太子は興味深そうに目を細める。


「君は優しいな」


 その後も会話は続いた。


 一見ただの雑談。


 だが皇太子は自然に情報を引き出していく。


 ルカスの行動。


 セシリアの存在。


 ソナライド公爵家の動き。


 クルルは気づいていた。


 気づいていたが――完全には止めなかった。


 理由は単純だった。


 ルカスへのわずかな不信と、シャルロットへの同情。


「セシリア嬢は、社交界の中心にいますね」


 クルルがぽつりと言う。


「ルカス公爵はは彼女に相当入れ込んでいます」


 皇太子の目がわずかに光る。


「ほう」


 クルルは肩を竦めた。


「婚約者を捨ててでも守りたい程度には、ですね」


 その言葉を聞いた皇太子は、ゆっくりと笑った。


 まるで盤上の駒が揃っていくのを眺めるように。


「面白い」


 その瞬間、クルルの胸の奥に小さな違和感が生まれる。


 ――この人、何かを狙ってるな。


 だがもう遅い。


 一度動き始めた歯車は、止まらない。


 自身がその歯車の中心にいることを、まだ誰も知らなかった。


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