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前世から結ばれていた二人のせいで悪役になった令嬢は、記憶喪失になって救われる  作者: 予炉
第一章 捨てられた悪役令嬢は、誰にも救われない
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笑う令嬢たち

 

 婚約破棄から一ヶ月後。

シャルロット・シッティンは再び社交界へ姿を現した。


「……シャルロット様ですわ」

「よく出てこられましたわね」

「さすがに気まずくないのかしら」


 ひそひそと囁く声が聞こえる。

けれどシャルロットは顔色一つ変えなかった。

背筋を伸ばし、完璧な笑みを浮かべ、堂々と歩く。

ハチミツ色の髪は今日も美しく結い上げられていた。

青い瞳も、淡いドレスも、何一つ隙がない。

 ――惨めだなんて思われてたまるものですか。

扇子を握る指先だけが、ほんの少し力んでいた。

社交界へ戻るのは、本当は怖かった。

憐れみの目も、好奇の視線も、全部予想していた。

それでも来た。

来なければ完全に終わると思ったから。

シッティン家はもう以前ほど力がない。

だからこそ、彼女が“捨てられた令嬢”として沈めば、本当に社交界から消えることになる。


「ごきげんよう、シャルロット様」


 令嬢の一人が探るような笑みを向ける。


「お元気そうで安心しましたわ」


 ――嘘ばっかり。

心の中で吐き捨てながら、シャルロットは優雅に微笑んだ。


「ええ、もちろん」


 負けるものか。

絶対に。

そう思っていなければ立っていられなかった。






 その頃。

舞踏会会場の反対側では、一人の青年が退屈そうに壁へ寄りかかっていた。

クルル・アルベール。

アルベール子爵家三男。

淡い金髪に整った顔立ち。

女遊びが激しいだの、気まぐれだの、好き勝手噂されている男だった。

実際、彼は女性に困ったことがない。

軽薄そうな笑みと話し上手な性格で、自然と人が集まる。

ただ、彼自身は偽りだらけの社交界にうんざりしていた。


「またサボってるんですか、クルル様」


 顔見知りの役人見習いに声を掛けられる。

クルルは肩を竦めた。


「仕事じゃないだけマシだろ」



 王立学園では優秀だった。

本来なら中央官僚として王へ仕える未来も期待されているが、クルル自身はあまり乗り気ではない。

面倒ごとは嫌いだった。


「……ん?」


 その時だった。

会場の中央で、小さな騒ぎが起きる。

人々の視線が一人の少女へ集まっていた。

セシリア・フローレンス。

柔らかな栗色の髪を揺らしながら、困ったように周囲へ頭を下げている。

どうやらドレスの裾を踏んで転びかけたらしい。


「ああ、ごめんなさい……!」


 慌てた声。

周囲からくすくす笑いが漏れる。

貴族令嬢としては少し不器用すぎる振る舞いだった。

クルルはそれをぼんやり眺める。

すると、セシリアと目が合った。

ぱっと彼女が笑う。

無防備で、人懐っこい笑顔だった。

クルルは少し驚く。

普通、貴族令嬢はもっと計算して笑う。

でも彼女は違った。

セシリアは小走りで壁際のクルルの元へやってきた。


「あの、見てました?」

「ばっちり」

「わぁ……恥ずかしい……」


 セシリアは顔を赤くする。

その反応が妙に素直で、クルルは思わず笑った。


「怪我は?」

「大丈夫です!」


 元気よく答える。


 クルルはなんとなく彼女へ手を差し出した。


「踊る?」


 セシリアが目を丸くする。


「えっ、私ですか?」

「他に誰いるの」


 すると彼女は少し考えてから、嬉しそうに笑った。


「ぜひ!」


 その笑顔は春の日差しみたいだった。

クルルは彼女の手を取る。

踊りながら、彼はぼんやり思う。

――なるほど。

ルカスが夢中になるのもわかる気がした。

セシリアは特別美しいわけではないけれど、一緒にいると空気が柔らかくなる。

自然と笑ってしまう。

そんな不思議な魅力があった。


「クルル様って面白いですね」

「そう?」

「はい。もっと怖い人かと思ってました」

「ひどいなぁ」


 セシリアはころころ笑う。





 その様子をシャルロットは遠くから見ていた。

彼女はグラスを握り締めながら、二人を見つめる。

セシリアは誰とでもすぐ打ち解ける。

まるで太陽みたいなその笑顔を見ているだけで、胸の奥がざらついた。


「……嫌い」


 小さく零れる。

本当はわかっていた。

セシリアは悪くない。

でも、彼女が現れなければ。

そんな醜い感情がどうしても消えなかった。

遠くで、ルカスがセシリアを見ていることに、気づいてしまう。

優しい目だった。

シャルロットは視線を逸らす。

そしてまた、完璧な笑みを浮かべる。

誰にも惨めさを悟られないように。


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