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前世から結ばれていた二人のせいで悪役になった令嬢は、記憶喪失になって救われる  作者: 予炉
第一章 捨てられた悪役令嬢は、誰にも救われない
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婚約破棄


 セシリア・フローレンスという少女は、あまりにも眩しかった。

社交界に現れてからというもの、彼女の話題を聞かない日はない。

明るく、優しく、誰にでも分け隔てなく接する伯爵令嬢。

そして何より、あのルカス・ソナライドが、彼女に夢中だった。


「ルカス様とセシリア様、本当にお似合いですわよね」

「まるで物語みたい」


 そんな囁きが聞こえるたび、シャルロットは奥歯を噛み締めた。

笑顔を貼り付けたまま。

公爵令嬢らしく、決して取り乱さないように。


「……」


 だが、胸の奥では黒い感情が膨れ上がっていた。

ルカスは明らかに変わった。

以前は冷たいながらも、シャルロットのことを、最低限“婚約者”として扱っていた。

だが今は違う。

シャルロットを見る目に、隠そうともしない拒絶がある。

一方でセシリアへ向ける視線は驚くほど甘い。

それに気づいてしまうことが、どうしようもなく苦しい。

十年間。

十年間、彼だけを見てきた。

好きになってもらうため努力してきた。

なのに、突然現れた少女に、全部奪われていく。


「……どうして」


 鏡台の前で、シャルロットはぽつりと呟いた。

ハチミツ色の長い髪を丁寧に梳かす。

シャルロットの金髪を、誰もが美しい、と言うけれど、ルカスは一度も“綺麗だ”なんて言ってくれなかった。

私に、何が足りないのだろう。

何を間違えたのだろう。

考えてもわからない。

わからないまま、胸だけが痛かった。





その日、王立劇場で開かれた観劇会にも、セシリアは来ていた。

淡いクリーム色のドレス。

周囲の令嬢たちと楽しそうに話している。

そして、その隣には当然のようにルカスがいた。

シャルロットの指先が震える。


「……」


 気づけば足が動いていた。


「ごきげんよう、セシリア様」


 声を掛ける。


 セシリアはぱっと笑顔になった。


「シャルロット様!」


 その無邪気な笑顔が癪に障る。

シャルロットは扇子を閉じた。


「最近、随分と目立っていらっしゃるのね」

「え……?」

「まあ、伯爵令嬢が公爵家の方に気に入られるなんて、珍しいもの」


 空気が凍る。

周囲の令嬢たちが息を呑み、セシリアは困ったように目を伏せる。


「わ、私はそのようなつもりでは……」

「そうかしら?」


 シャルロットは笑った。

完璧な貴族の笑みだけれど、瞳だけが冷たい。


「婚約者のいる男性へあれほど親しげにするのは、少々慎みがないように見えるけれ

ど」


 セシリアの顔が青ざめる。

傷ついた顔だったが、シャルロットは止まれない。

止まったら、自分が壊れてしまいそうだった。


「シャルロット」


 低い声が響く。

振り返ると、ルカスだった。

いつの間にか背後へ立っていたらしい。

その銀の瞳は、冷え切っていた。


「ルカス様」

「セシリアから離れろ」


 命令だった。

シャルロットの胸が強く痛む。


「……私は当然のことを申し上げただけです」

「黙れ」


 ぴしゃり、と。

今までで一番冷たい声だった。

セシリアが不安そうにルカスを見ると、彼はすぐ表情を和らげた。


「大丈夫だ」


 優しい声。

その違いが、あまりにも残酷だった。

シャルロットは立ち尽くす。

周囲の視線が痛い。

憐れむような、侮蔑するような目。

まるで自分が悪役みたいだった。

……いや、実際、今の自分は酷かった。

わかっている。

セシリアは悪くない。

でも、どうしても嫌いだった。

彼女が現れてから、全部壊れていくから。


 


数日後。

シャルロットはソナライド公爵邸へ呼び出された。

応接室にはルカスが一人で座っている。

窓から差し込む夕日が、彼の横顔を赤く染めていた。


「お呼びでしょうか」


 シャルロットは背筋を伸ばす。

ルカスはしばらく黙っていた。

そして、


「婚約を解消する」


 世界が止まった。


「……え」


 声が掠れる。

ルカスは淡々と続けた。


「シッティン家との婚約は今日限りで終わりだ」


 シャルロットの頭が真っ白になる。

何を言われているのかわからない。


「ま、待ってください……!」


 気づけば声を上げていた。


「どうして……っ」

「理由はわかるだろ」


 冷たい声。

いつでも、ルカスのシャルロットに対する声は冷たい。

シャルロットは唇を震わせる。


「セシリア、様……?」


 ルカスは否定しなかった。

その沈黙が答えだった。

胸が潰れそうになる。

十年間。

十年間、婚約者だった。

ずっと彼だけを見ていた。

なのに。


「……そんな」


 涙が滲む。

けれどルカスは動じない。


「君との婚約は、元々親同士が決めたものだ」


 その言葉が刃みたいに刺さる。


「俺は君を愛したことはない」


 シャルロットの呼吸が止まる。

あまりにも残酷だった。

でも、彼は嘘をついていない。

最初からずっと、ルカスは一度もシャルロットを見ていなかった。


「……っ」


 声が出ない。

ルカスは静かに立ち上がる。


「今までご苦労だった」


 まるで使用人に向けるような言葉だった。

シャルロットは立ち尽くしたまま動けない。

扉が閉まる音が響く。

一人きりになった応接室で。

ようやく、ぽろり、と涙が落ちた。



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