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前世から結ばれていた二人のせいで悪役になった令嬢は、記憶喪失になって救われる  作者: 予炉
第一章 捨てられた悪役令嬢は、誰にも救われない
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完璧な公爵令嬢

 

 春の終わりだった。

王都の庭園には白薔薇が咲き誇り、貴族たちの笑い声が穏やかに響いている。

その中央で、シャルロット・シッティンは背筋を伸ばして立っていた。

陽光を受けた長い金髪は、まるで溶けた蜂蜜みたいに輝いている。


「シャルロット様、今日もお美しいですね」


 取り巻きの令嬢がそう言うと、シャルロットは当然のように顎を上げた。


「当然でしょう。私を誰だと思っているの」


高慢な言い方だったけれど、不思議と嫌味には聞こえない。

堂々としていて、自信に満ちていて、そして誰より努力家で、その事実を皆が知っていたから。


 彼女は幼い頃から、“ルカス公爵の婚約者”として生きてきた。

九歳の頃に結ばれた婚約。

相手はソナライド公爵家長男、ルカス・ソナライド。

名門中の名門。

将来を約束された美貌の青年。

そして、シャルロットが十年間、一途に想い続けてきた相手だった。


「……」


 シャルロットはふと視線を上げる。

庭園の向こう。

銀髪の青年が、貴族たちに囲まれていた。

ルカス。

二十三歳になった彼は、昔よりさらに人目を引く男になっていた。

整った顔立ちに冷えた銀の瞳、軍服姿の鋭い美貌。

先日の戦から帰還したばかりだというのに、疲れた様子すらない。

彼は人々の中心に立ちながらも、どこか退屈そうだった。

シャルロットはその姿を見つめる。

胸が苦しくなるほど好きだった。

ずっと、ずっとずっと。

彼の婚約者でいるために努力してきた。

ダンスも、礼儀作法も、政治も、公爵夫人になった時に、恥ずかしくないよう必死に学んだ。

頭はそこまで良くなかったから、人一倍努力した。

全部、ルカスの隣へ立つために。


「……今日こそ」


 小さく呟く。

戦争から帰還してから、ルカスは以前よりさらに彼女を避けるようになっていた。

けれど諦めたくなかった。

婚約者なのだ。

いつかきっと振り向いてもらえると、そう信じていた。

シャルロットはドレスの裾を整え、勇気を出して歩き出す。


「ルカス様」


 声を掛けると周囲の視線が集まった。

ルカスはゆっくり振り返る。

その銀の瞳がシャルロットを映す。


 ――冷たい。


 胸がちくりと痛んだ。

それでもシャルロットは気が付いていないように笑顔を作る。


「お久しぶりです、ルカス様。お疲れでしょう? 今度、お茶でも――」

「忙しい」


 ぴしゃり。

言葉は最後まで聞かれなかった。

周囲の空気が気まずく揺れる。

シャルロットの指先が小さく震えた。

けれど彼女は笑みを崩さない。


「……少しくらい時間はあるでしょう?」

「ない」

「ルカス様」

「それと」


 ルカスは淡々と続けた。


「必要以上に話しかけないでくれ」


 シャルロットの呼吸が止まる。


 周囲が静まり返った。


 誰もが気まずそうに目を逸らす。


 でもルカスだけは平然としていた。


 まるで、煩わしいものを払いのけるみたいに。


「……っ」


 シャルロットは唇を噛む。

 こんな場所で泣くものか。

 

「失礼いたしましたわ」


 きちんと、公爵令嬢らしく。

そう思って踵を返しかけた、その時だった。


「あの……!」


 澄んだ声が響き、再び視線が集まる。

そこに立っていたのは、一人の少女だった。

柔らかな栗色の髪。

春の日差しのような暖かな笑顔に白いワンピース。

伯爵令嬢、セシリア・フローレンス。

まだ社交界へ出始めたばかりの令嬢だった。

彼女は緊張した様子でルカスを見上げる。


「その、お怪我……本当に大丈夫なのですか?」


ルカスが目を瞬く。

初めてだった。

彼が、人前で表情を変えるのを見るのは、少なくとも、シャルロットにとって初めての出来事だった。


「……ああ」


 声が柔らかい。

シャルロットはその違いに気づいてしまった。

ルカスはセシリアを見る。

その目は、今まで自分に向けられたことのないものだった。

まるで、ようやく探していたものを見つけたみたいな。


「ご無事でよかったです」


 セシリアが安心したように笑う。

その笑顔を見た瞬間、ルカスもまた、小さく笑った。

シャルロットの世界が静かに軋む。

本能的に理解してしまった。


 ――駄目だ。


 この人は。

この人を好きになる。

そして、ルカスもまた、彼女を。

胸がざわつく。

嫌な予感だった。

今、取り返しのつかない何かが始まってしまったような気がした。



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