#6 無名騎士
ファルコは蛇に睨まれた蛙のように、動けずにいた。足元で無様にのたうち回っているメィリンを助けようにも、まず自分がここから助かって逃げ延びるビジョンが全く浮かばない。明確にイメージされる生物の根源的恐怖である、死がすぐそこまで迫ってきている。
成人してすぐに村を飛び出し、冒険譚に出てくるような冒険者になり、金持ちになって美人な妻を囲う。そんな淡い夢を抱き早27年。
現実は甘くない。自分に才能はなく、ゴブリンキングという化け物が運悪く目の前に現れた。
「うごけ…うごけうごけうごけ…」
願いをどれだけ口に出しても、足はピクリとも動かない。それほどの実力差が彼我の間にはあった。
あぁ、死ぬんだなぁ。
振り下ろされる大剣が、眼前まで迫ってきていた。走馬灯のように流れた先刻の景色が現実に追いつき、スローモーションで鉄塊が振り下ろされていく。数瞬後に自分は思考もできない肉塊へと変貌する確信が持て、恐怖に麻痺した脳みそはアドレナリンを過剰に分泌させた。
「は、はは…」
目を瞑り、痛みに備えた。だが、直後に激しい金属音と火花が散り、備えていた痛みはとうに来なくなった。目の前には銀髪の男がボロボロの布を纏い、手に持っていた無骨な大剣でゴブリンキングの攻撃を受け流した。
「お、生きてる。運がいいね」
そう言って自身を見下ろした男の声はあまりに若かった。メィリンと同じかそれ以上に若い、顔はフードでよく見えなかったが、少年だと推測できた。
銀髪の少年は歪な大剣を手に持っていた。ふたつの片刃を合わせたような大剣で、中心部には隙間が空いていた。左右の刃を金属の板で停めてあり、中腹あたりから棒が刺さっていた。中央には怪しげな回転機構があり、剣の柄には小さな取手のようなものがついていた。
なにより、刃の一部はスライドするようで銀髪の男はそれを動かした。
「まだ慣れてねぇんだけどな」
そう言って空いていた片方の腕でスライドし、柄に付いていた取っ手を引っ張った。すると空いていた両刃の隙間から、なにかが爆ぜた。
直後にゴブリンキングの腹にはどデカい穴が開き、木々が揺れた。絶命の絶叫が森に木霊して、周りのゴブリンやウルフたちは森の中へと逃げていった。
銀髪の男は煙が立ち込める大剣を背中の鞘に背負い込み、腰が抜けたファルコに手を差し伸ばした。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。そうだ、メィリンは!」
「生きてるよぅ〜、矢ぁ抜いてぇ〜」
メィリンが苦しそうに床に寝転がり、簡潔に止血されてはいるものの血はダラダラと溢れていた。
「…抜くぞ」
「さん…にぃ…でいって!」
「分かった。いち」
「うああああああああああ!!!!!」
のたうち回るメィリンを他所に矢を注視してみると矢尻がないことにファルコは気付いた。恐らく体内で抜けてしまったのだ、このまま放置しては病にかかるし重症化してしまう。
「…メィリン、矢尻が残ってる」
「はぁ!?待って待って待って!!心の準備が!」
「うるさい、待ってろ。火を用意する」
ファルコは雑嚢に入っていた火打石を取り出し、枯れ木を集めて火を灯した。まだ魔物の血に濡れていない短剣を一度水で濡らし、焚き火に刃を当てた。
「取り出すのはこっちでやっておくよ…えぇと…」
「ファルコだ。よろしく頼む」
銀髪の少年はローブの中から綺麗な細身の銀剣を取り出し、舌を噛まないようにメィリンに布を噛ませた。その後メィリンの体を切り、中から小さい矢尻をほじくり出した。
メィリンの絶叫はタオルを挟んでなお聞こえ、想像するだけで痛かった。自分も昔あれをやった事があるが、今でも夢に出るくらい痛かったなとファルコは思い出した。
「やけに手馴れてるな」
「僕も昔は同じ手を食らったことがあった。手当は何度も自分でやった」
何度も、と言った彼の瞳は嘘をついてるようには見えなかったし先程の身のこなし、ゴブリンキングを一撃で屠る威力、実力が説得力を持たせていた。
すっかり真っ赤に染まった短剣をメィリンの傷口に当て、止血と消毒を同時に行う。これもまた、地獄のように痛い。
「ッッッ!!!!!ぅあぁ!!!!」
「もう終わる、落ち着け」
肉の焦げる不快な匂いが鼻につき、なんとか意識を逸らそうと少年に質問をした。
「その武器はなんだ?初めて見る」
「実を言うと僕自身もあまり分かってない。先生はガンブレードと言っていた」
「がんぶれーど?」
「そう、剣に色んな機構を取り付けたって。詳しいことは言えないけど、色々できる便利な剣って認識かな」
そう言いながら銀髪の少年は大剣をローブの裾で擦った。鈍い銀色の大剣は少年が持つにしては分厚く、巨大だった。少年の背丈と同じか、それ以上にある。
「なにはともあれ、礼がしたい。街に行くだろ?奢る」
「この付近の街って…」
「あぁ、"蒼穹"が治める街、ヴァルネッサだな」
そうファルコが言うと、少年の顔が強張った。
「七英雄のひとり…いいね、ついていくよ」
「あぁ…そういえば名前を聞いてなかったな」
「僕はデュラン…ただのデュランさ」




