#2 盛者必衰
「デュラン坊!脇が甘い!」
「くっ…!」
右脇腹に鈍い痛みが走り、僕は剣を落としてしまう。座学を終えたあとは軽い昼食を挟んですぐに剣術の特訓に入るのだが、ナインルーツ家の擁する騎士団は手練が多く、僕はいつもこっぴどく負けてしまう。それでもめげずに毎日やれるのは僕の体にナインルーツの血が流れてるからだ。
「ジャックスに勝てるわけないよ…」
「ははは!そりゃあそうですよ!いくらデュラン坊とはいえ、俺ぁ"戦線"帰りですからね」
「ちぇ〜」
「ほら早く立ってください、お嬢が見てますぜ」
「メアリー…また来てたのか…」
「心配なんですよ、知ってます?メアリー嬢は回復魔術の適性があったらしいです」
「本当か!?」
「あくまで噂ですけどね、でも本当なら大したもんです。二属性ほどじゃないにしても、国に300人いるかいないかってくらいですからね」
回復魔術は光属性から派生する応用魔術だ。理論上はどんな傷でも癒せるし治せる奇跡の代物だとクランクは言っていた。もし本当ならメアリーの将来は安泰だ、もしかしたら王太子様と結婚できるかもしれない。そうなれば幸せは確実になるし、ナインルーツ家ももっと大きくなる。
今はまだ遠くで僕たちを見てるだけの小さいメアリーが次期当主である僕よりも、この家を牽引してくれるかもしれない。それは誇るべきことだ。
「いつまた"魔王戦線"が敷かれるか分からない。今は国土内の魔物の駆除がメインですが、いずれまたあの地獄が始まる。それまでに強くなってくださいよ、坊」
「そうなれば、僕は先陣を切るさ。ナインルーツ家の家紋にはその為の剣が刻まれてる」
ナインルーツ家の家紋には8本の剣と狐があしらわれている。かつてこの世界に存在していたとされる伝説の8つの剣、王下八剣にも勝るとも劣らないと国王陛下に言わしめ、その家紋に刻むことを許された。
それほどの活躍をナインルーツ家の祖先は"魔王戦線"でやってのけた。何千年も昔から存在しているとされる"魔王"という巨悪は魔物という怪物を生み出しながらその領土を広げつつあった。進軍と撤退を繰り返し、魔王の領土と僕たちの住む世界の境界を"魔王戦線"と呼んだ。そこは川水の代わりに血が流れ、踏む土は全て死体でできていると言われるほど苛烈な戦場だ。そこに、遥か遠方から訪れた英雄が現れ、魔王は撤退して息を潜めた。それ以来"戦線"は停滞し、今は無限に思える残党狩りをしている最中だ。
僕の剣術師範のジャックスは騎士団長で"戦線"帰りだ。体には無数の傷跡があるし、顔には大きな切り傷があって少し怖いが優しいし面白く、何より強かった。お父様の次に彼を尊敬している。
「男、ですね。デュラン坊」
「生まれた時から僕は男さ。さぁ、続きをしよう」
「それでこそです。さぁ、行きますよ」
そうして再度特訓をしようと剣を手に取った瞬間、なにかが爆ぜる音がした。僕たちの住む館の外で大きな赤い光が走って、直後に悲鳴が無数に聞こえた。ジャックスの顔が強張ったように真面目になり、怒号を響かせた。
「二から四番隊までの全員は今すぐ街に走れ!市民救出を最優先とし、交戦は相対した時の最低限に留めよ!」
「「「応ッ!!!」」」
「緊急避難場所は指定の地区を使え!この館から最も離れてる場所だ!」
ジャックスの号令に、周りにいた騎士たちは即座に馬に乗り込んで街に走っていった。わずか数秒から数分で、ほとんど庭から人が消え失せた。
「一番隊は俺と来い!最優先事項は当主様たちナインルーツ家の血を必ず残すこと!!!いいか!必ず守って死ね!!いつも通りだ!」
ジャックスは「失礼します」と言いながら僕を抱き抱え、走った。視界の端に写ったメアリーも騎士に抱えられ、館の扉を開けた。
中は慌ただしく、お父様が鎧をつけて出てきた。僕が小さい頃から使っている鈍い銀色のよく手入れされた鎧だ。手には愛剣を握り、ジャックスの方を見た。
「そうか、来てしまったか」
「どうやらそのようです。市民の救出には二から四が当たってます」
「貧乏くじは一番隊か」
「えぇ、"また"です。献身がどうも俺らの起源のようで」
「ふはは、そのようだな。ジャックス、共に往こうか」
「モチロン。俺のボスは当主様だけですから」
そう言ってジャックスとお父様は館を出る準備を済ませていた。僕はなんだかよく分からなくて、メアリーはとても泣いていた。お母様がメアリーを抱きながらじっとお父様の方を見ていた。
僕はもうお父様には会えなくなるような気がして、手に持ってた訓練用の木剣を握りしめた。
「…ぼ、僕もいくよ!僕も戦う!」
そう言うとふたりはキョトンとしたような顔をしてその後いつもみたいに豪快に笑った。お父様は膝を着いて僕を見て、抱きしめた。硬く冷たい鋼の感触が肌にゴツゴツとぶつかっていつもより少し痛かった。
「お前はここにいろ、母さんとメアリーを守ってやれ」
「…で、でも!!」
「気にするな、いつも通り戻ってくる」
「…」
「帰ってきたら、お前に剣をやろう。とびきり上等な剣を」
「ほんと!?」
「あぁ、本当さ」
「分かった。僕が守る」
そう言うとお父様は僕を話して、笑いながらジャックスと館を出ていった。
「いやぁしかし、流石は当主様の息子さんだ。ありゃあ成りますよ、本当の英雄に」
「当たり前だ。私の子供で、お前が育てたんだからな」




