#1 ナインルーツ家
「…ま…様!」
誰だ…僕の名前を呼ぶのは。
まだ眠たい、せっかく夢で魔物を倒していたというのに。魔術が使えない僕でも、お父様みたいに剣で人を守る人に…なれたと思ってたのになぁ…
「デュラン様!!起きる時間ですよ!!」
「んぅ…静かにしろテン、今いいところだったんだ」
「早くしないとお父様に叱られますよ!」
「…!帰ってきてたのか!!」
「昨晩ご帰還なされましたよ、もう寝られてたのでご報告しませんでしたが」
「それを早く言わないか!!」
ベッドから跳ね起き、素早くパジャマを脱ぐ。異性の前で下着姿になるなと口酸っぱくお父様に言われているが、テンは赤子の頃からいる専属のメイドだ。今更なにを恥ずかしがるというのか。
手早く着替えを済ませ、僕の体にはやや大きすぎる木製の扉を勢いよく開ける。赤い絨毯が敷かれた長い廊下にはテンと同じ格好のメイドが行き交っており、僕を見て頭を下げた。
「おはようございます、デュラン様」
「あぁおはよう!今日もいい天気だ」
「左様でございますね」
顔馴染みのメイドたちに挨拶を済ませて食事の間へと辿り着く。部屋の中からは食器を並べる音や椅子を引く音が聞こえ、なんとか間に合ったと胸を撫で下ろした。扉を開けると椅子に座ってる家族たちと目が合った。お母様と、妹のメアリー、奥にはお父様が座っていた。僕の方を見るとその怖い顔を緩めて笑顔になる。
「おぉデュラン、今日はえらく早いな」
「おはようございますお父様!昨晩帰られたと聞いたので急いできました!」
「そうかそうか、まぁ座れ。飯にしよう」
「分かりました!」
「全くこの子ったら…あなたが帰ってきたらいつもこれですよ。毎日がこうだったらいいのに」
「ははは、良い良い。男はよく食べよく動き、よく寝なければなぁ!」
僕の定位置であるお父様の正面に座り、左右に綺麗に並べられた銀のカトラリーに触れないように慎重に手を前に出す。そして左右の手のひらを合わせて握って目を瞑る。
「慈悲深き大地母神よ、荘厳なる天蓋よ。主の子たる我らに恵みをくださりありがとうございます。恩恵に預かり、糧として血肉にすることをお許しください」
「お許しください」
いつも通り、大地母神様に祈りを捧げて食事を始める。祈りを捧げる前にカトラリーや料理に触れることは意地汚いことだと、お父様は言っていた。それは獣のすることだとひどく嫌っていた。
僕の家は騎士の家系であり、仕える国がある。だからこそ礼儀礼節を弁え、騎士道を重んじろといつもお父様は寝る前に言ってくる。
机に並べられた料理やパンを口に放り込みながら、お父様の話を聞いた。
「お父様!此度の遠征はどうでしたか!」
「久しぶりの狂乱群でな、かなり手酷くやられたよ」
狂乱群は魔物の群れが環境の変化などで暴走し、死や痛みに怯まず突撃してくる事象のことで発生すると小さいものでも村は破壊できるし、大きいものだと都市を陥落させたりもする危険なものだ。
「…勝ったのですか?」
「だからここにいるだろう、規模としても小規模だったし、私たちには"英雄"がいた」
「!! 誰ですか?誰がそこにいたんですか!僕たちの国にいるのは"黄金"、"白銀"…あ!まさか"紅蓮"ですか!?」
英雄、遥か遠方から来たりし人外の力を持つ人達のことだ。ずっと昔からこの世界に度々訪れるもので、ものすごく強い。それにかっこいい。
僕の憧れは"紅蓮"の二つ名を持ってる炎属性の魔術士で、どんな魔物が現れても炎で焼き焦がす。僕も魔術が使えたらきっと炎属性の適性があるって確信するほど、"紅蓮"に惹かれていた。
「"蒼穹"だ」
「なるほど!流石は英雄様ですね!」
「わぁ〜!お父様、"蒼穹"と一緒に戦ったんですかぁ!」
"蒼穹"は水属性魔術の使い手で、まだ15歳くらいの若い英雄だ。水属性の練度は英雄の中で一番高く、若く眉目秀麗だから女性からの人気が高い。普段はお父様の話を怖がって聞きたがらないメアリーでさえ、"蒼穹"の名前を聞いた途端に目の色を変えるほどだ。
その後はお父様の武勇伝を聞き、朝食を気分よく食べ終えた。問題なのはここからで、僕の面倒くさい一日が始まる。
「いいですかデュラン様!貴方様の家、ナインルーツ家は素晴らしき騎士の名家です!国王陛下から下賜された栄誉ある二つ名は!」
「分かってるよクランク、もうその話は何千回も聞いた。早く魔術の基礎知識から入ってよ」
「…分かりましたデュラン様。それではいつも通り復習から入ります」
「えぇっと…」
魔術とは体内にある魔力と呼ばれるエネルギーを用いて自然現象を発現させる術であり、それぞれ炎、水、風、土、雷、光、闇と全部で七つある基礎属性を軸にしている。基本的にひとりが使える適合属性はひとつだが、極稀にふたつ、みっつと使える属性が多いものもいる。
魔術は魔力を込め、詠唱をすることで放つことができる。また、魔術はひとによって使えるものが異なり、優れたものであればオリジナルの魔術を作ることもできる。
「はい、正解でございます。では、魔力とはなんですか?」
「確か…」
魔力は生物の体内でのみ生成される血液のようなもので、自然界には存在しない。個体によって保有魔力量は異なり、多ければ多いほどたくさんの魔術を使うことができる。
「はい、正解でございます。参考までに私の魔力量は2000ほど。成人男性の平均魔力量が1000ですので、普通の人よりやや多いです」
「てことはクランクも強いんだろ?」
「まぁ弱いってことはありませんが…ちょっぴりだけですね。大体魔力量はあくまで目安、他の人より多く走れるだけで速かったり、姿勢が綺麗だったりはしません」
そして、僕の魔力量は0。
絶対にありえないゼロという数値は、あまりにも異常だった。どんなに少なくとも1はあるはずなのに、僕はゼロだった。魔術が使えない、それはそんなに致命的な問題ではなかった。ほとんどの人は魔術を使わずに一生を終えるし、使ったとしても微々たるものだ。
おまけに僕の家は騎士の家系であり、魔力量が少なかろうが魔術が使えなかろうが大して差異はないとされた。
「デュラン様は、魔力量がゼロではあります。けれどそれは決してさしたる問題ではない。大事なのは剣の腕、そして知識です!」
「分かってるさクランク、今日も退屈な授業をしてくれ」
「楽しめるよう精一杯努力しますから!きちんと聞いてくださいぃ!!!」
そして僕は、また長くて退屈な魔術の知識を埋め込まれるように暗記した。
長い長い授業が終われば、次は待ちに待った剣術の実技訓練だ。ナインルーツ家には優秀な騎士団がいる。その人たちと混ざって剣術の特訓をするのは僕が唯一と言っていいほど無心で楽しめるものだった。




