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スキュレス・トリフィナ

--- 数か月が経過する。


彼女(スキュレス)に興味を持ったのか、それとも亡き母の面影を彼女に重ねたのか、タツマは孤児院に戻るようになり、彼女の話に耳を傾け、カウンセリングを受けるようになった。


年齢は、マールス(火星)6才(地球年齢12才)になるが、その学力は、既にハイスクールの内容を理解しているように思える。


事実、孤児院の学力レベルを越えており、まともで落ち着いた家庭があれば優秀な学生として、またその後も将来有望な人物になったとの保育士たちの愚痴の様な憐みの様な意見を聞くことなる。


彼自身の家では、確かに惑星間貿易商。 社会的地位こそエリートであるが、その実は浮世雲的な定住しないイメージが付きまとう。 そのため、どうしてもお固いイメージからは程遠い。


彼女自身もそのイメージを持っている。 命の危険を犯してまで高い給金を得る。 それにどれほどの価値があるのか、その仕事観は、彼女の感性からも外れるものであった。


しかし、既に名前を奪われ半分死んだ身である彼女からしたら、そんなわずかに残る感性は、どうでもよかった。 


生きている実感もなく、ただ与えられた仕事をこなすだけの日々。 子供たちのへのカウンセリングも、ただただ業務の一環として行っていった。 義務的な愛嬌と張り付いた笑顔。


しかし、子供は彼女のそんな態度に気づくこともなく、猫のようにまとわりついてくる。


忙しく働いている保母さんは、なかなか話ができないが、彼女は常に語りかけ、話を聞いて、反応してくれる人物になる。


彼女としては、カウンセリングの一環でしかないが、子供たちからしてみれば自分を見てくれる母親のような存在になりつつある。


そのためか彼女が、孤児院の子供達から信頼を得るのにそれほど、時間が掛からなった。


保母さんたちも新たな人手を無給で提供してもらっており、加えて子供たちの面倒も見てくれる。 最初の時よりも警戒感が解け、彼女に親しみがわいている状況になる。


表面上は上手くいっているそんな環境が続いている。


もちろん、彼女の心傷が癒えている訳でも、自身を肯定的に捉えられるようになったわけでもない。 しかし、彼女としては、働いている間は何も考える必要がなく、気は楽になる。


仕事(カウンセラー)業務(孤児院の雑務)を通して過去の記憶から目を背ける時間は、今の彼女にとって貴重なものとなっている。 そうした漫然した日常が過ぎていく。


月に2回~3回は、ダイゴが孤児院に訪れるようになり、息子と喧嘩をして戻っていく。 そして、その仲裁役は、いつもスキュレスが行っていた。


そんなことを続けていると、彼女自身。 これが自分の天職のように思い始めている。 孤児院勤めのカウンセラーとして、これからもここで人生を過ごす。


過去の辛いことは全てなかった。 彼女自身も逃避としての自分に言い聞かせることが多くなっていた。


孤児院に休憩・休日はないが、それでもそれなりの職員がいるため、空いた時間の散歩程度はできる。 彼女が行くのは、いつもあの公園の様な墓地である。


ここの墓守の管理者ともダイゴを通して顔見知りになっていた。 そして本日もその墓地に足を運ぶ。 コロニーには季節が無い。故に通年同じ気温である。 


「おや。 また御来園ですか? 」

掃除をしている墓守の管理者が、スキュレスに声をかけて来る。


「ええ。 休憩時間ですから」

「そうですか……何もない所ですが、ごゆるりと」


「何もないなんてとんでもない! これだけ自然があるなんて、贅沢過ぎる環境ですよ」

逃避の結果か、彼女にも張り付いていない、僅かな笑顔が戻る。


「そうですかね。 退屈なコロニー生活を後にして旅立つ人間も多い。 スキュレスさんも何れ旅立たれますかね? 」


「私にはもう帰る場所もありませんし、ずっとここに住むつもりですよ。 このまま年老いて朽ちて、このコロニーの土台に慣れれば本望ですよ」


「スキュレスさんは、まだお若い。 そんな枯れたことは言っていてはダメですよ」

管理者は穏やかに微笑む。


「管理者さんだって、お若いじゃないですか」

「そうですかね? 」

その言葉に管理者は苦笑する。


「私も管理者さんと共にここで墓守でも……やろうかしら? 」


「ふふふ。 残念ですが、ここの職場は特殊ですからね。 スキュレスさんには、少し荷が重いかもしれませんよ」


「命の管理ですからね。 修道院にでも入って経験を積まないとダメかしら? 」

人差し指を顎に当て、首をかしげる。彼女の癖の様だ。


「……そう言う問題ではありませんが……」

少し歯切れが悪くなる。


そんな長閑(のどか)な会話を破る者がいる。


「よう! マールス(火星)のカウンセラー。 何時もここだな! 」

「また悪ガキのご登場ですか……」


墓守の管理者は、呆れながら言葉を洩らす。


「あなた。 また孤児院を抜け出したの? 授業は! 」

スキュレスが、叱責する。


「終わりだ! あんなのつまらん」


「そうじゃないの。 みんなで学ぶことを重視しているの。 貴方が優秀であれば、そうでない子を教えなさい! 何時も言っているでしょう! 」


「ふーん。 まぁいいや。 それにしても過去の傷は癒えたかい? お嬢さん」

1周りの下の子供に過去を抉られる屈辱的な状況である。


「……」

スキュレスからタツマを見る目が鋭くなる。


「タツマ! 人の過去を詮索するものでないと何回言えば――」

墓守の管理者は、諫める。


「いやー痛々しくてな。 何があったか知らねーが、仕事に逃げる様子は、かつてのダイゴとそっくりでな。 表情までよく似ていると思ってさ」


「貴方に……あんたの様なガキに……」

スキュレスの言葉が詰まる。


「何が分るかってか? あー聞き飽きた質問だな」

タツマは、ケラケラ笑っている。


「……」


「もう一人の俺も同じ感情で引き籠ったまま、出てきやしねー」

「……」


「“何が分るのか” って聞きいたよな。 故に分るんだよ。 いつまで引き籠っているあいつがいるからな。 いつまでぐずっているか知らねーが、アイツのお陰で俺はこうして自由を謳歌している。 陰気様様だな! 」


「あなた! 」


「まっ。 あんたの人生なんかどうでもいい。 好きに生きればいいさ。 ここに骨をうずめるのも一興だろう! 」


スキュレスを煽り散らかすタツマである。 しかし、その様子を見ながら管理者が、タツマに質問をする。


「それでタツマさん。 本日は何の用で? 」

「ああ。 例の代物はあるかい? 」


「……ええ。 管理棟に入って待っていてください」

「あいよー」


タツマが四角い白い建物に入っていく。


「最初は、人格が入れ替わる程度だったんですが、徐々に裏人格が支配的になりあんな感じになってしまって」


「最初からでは、ないんですか? 」


「徐々にですよ。 ダイゴさんも息子の性格が急に変わるため、恐ろしくなって逃げたんですかね。 少なくとも自分ではそう言っていました。


そうして彼を放置して5年。 その間にああなってしまった。 自由を与えすぎた結果、化け物になったそんな感じですかね」


「……」

「でも、希望もあるんですよ」


「希望? 」


「ええ。 あなたです」

「私? 」


「はい。 彼が、自身の親以外に私的な会話をする人間は、今までいませんでした。 私との会話も業務のみでした。 それがスキュレスさんのカウンセリングを通して、他者ともこうして会話が、できるようになった。 少し煽り過ぎですがね」


「そう……ですか。 お役に立てたら何よりです。 ところで、彼が先ほど代物っていっていましたが、なんなんです? 」


「それは秘密です。 しかし、何らかの心境はあるようです。 それに私は彼のお守り担当ですから」


「ヒルベルトさんからですか? 」

「それも秘密です」


そう言い残して管理者が管理棟に入っていく。 スキュレスが、一人その場に残される。 


彼が一体何を隠しているのか。 それにどんな意図があるのか。

何とも言えない謎が残るが、今の彼女にとってそれほど心を揺らすものではなかった。


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