宙へ
女性一人を救助してマリネリスの断崖を越えた頃、ベルナール陥落の情報がラジオから流れる。 彼女から涙は見えない。 ただ車両の前方を向いていただけである。
難民キャンプ地を越え、断崖近隣の都市国家 クサンテ に到着する。
ここまで来れば、治安はある程度安定する。 少なくともラビリントス軍はいない。
一行は、燃料や食事のため一旦の休憩に入る。 全員グッタリしているが、ここまで命を賭して戻ってきたを改めて実感する。
3名は、バイザーメットを外して、勝利のビール掛けをしている。
「まったく。3人が飲んだら、運転するのが俺しかねーだろ」
ダイゴの愚痴が聞こえる。
その様子を呆れながら見ている、ダイゴにスキュリアルが、話しかけて来る。
「ダイゴさん。 私を一緒に宇宙に連れて行ってくれないでしょうか? 」
「……俺達は惑星間貿易商だ。 素人は歓迎できないな。 この地であればそれなりに安全に暮らせる。 あんたを助けたのはただの気まぐれだ」
ダイゴは彼女を突き離そうとするが、彼女は、折れない。
「私、精神科医なんです。 まだインターンですけど」
「精神科医? 」
「はい。 きっとお役に立てるはずです」
「そうか……」
ダイゴが暫く考え込み、彼女に提案をすることになる。
「一件頼みたい事案がある」
「はい。 私にできることがあれば」
「詳細は、追って話す。 今は養生していてくれ」
ダイゴは詳細を話さず放置する。 彼女の気持ちの整理とそして余りに奇妙な案件のため、説明を少し躊躇している感じもある。
そもそも同性であれば、容赦なく説明するのであるが、異性であり、それもかなりの美人であるため、多少の気後れもある。
そこからの道中は、無い事もなく進んでいく。 車両を一つ潰したが、それでも十分な報酬で損失をカバーしている。 もっとも保険に入っていたのが幸いする。
そして、ヒルベルト商会は、彼女と共に宇宙に上がる。 交わらないであろう2つの運命が、交差することになる。
--- マールス 宙域 ラッキースター号 船内
ヒルベルト商会は、莫大は報奨金により経営が、かなり安定してきている。
コンバットスーツの代金と危険手当と様々な金額は、内部留保を潤わせるには、十分であった。
『今回のミッションお疲れさまでした。 これだけであれば暫く労働が無くとも会社は維持できるでしょう』
「そうはいかないさ。 それに装備のレベル向上や積立金も必要だろう」
『積立金ですか?』
「次の船のだ」
『まだ船は暫くしか経過していないのにせっかちさんですね』
「時の流れは早い。 故に早めに準備する。 段取り8分は、仕事の鉄則だ」
『了解です“新造艦積立費”をプールしておきます』
「頼んだぞ」
『それと新たなクルーですが』
「スキュリアル・フォー・ベルナール・トリュフィナか」
『よく噛まずに言えますね。 彼女はどう対応する気で? 危険因子と考えます』
「危険因子? 」
『タニア連合王国軍の苦しめたベルナールの貴族。そこのお姫様となれば、反逆の旗手としては申し分ない。 そしてタニアからしたら、もっとも警戒される人物でしょう。 事実、彼女の遺体がないことに捜索隊が作られているほどです』
「そうなるか……」
『彼女に何をさせる気で? 』
「タツマの対応を任せようと思っている」
『ご子息のですか? 意外ですね』
「母親が目の前で爆殺されて、そのショックで別の人格にその精神的負荷を負わせているらしい」
『……専属の医師をつけると』
「俺は、精神疾患の詳しい事は分からないし、精神科医がどういう者かも分からない。 しかし、息子をこのままにしておけない。 分らないからずっと逃げてきたが、こうして彼女と出会った」
『なるほど。 ようやく踏ん切りがついたと? 』
「ああ。 判断は遅れたがな」
『となると……』
セレンからダイゴに一つの案が示される。
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「……分かった。 やってみよう」
宇宙酔いでグッタリするスキュリアル。 一方、乗組員は一発当てて暫く休みがもらえることで各員がそわそわしている船内。 対照的な面々が、そこに映る。
多くの思いを乗せながら、ラッキースター号は、母港であるテラに向かって漆黒の闇の中を進む。
タツマがいるテラ・マールスコロニーに到着したのは、そこから数日後であった。
--- テラ・マールスコロニー
スキュリアルにとってみれば、映像では見たことがあるが、初めての場所になる。
「凄い……これがコロニー」
宇宙酔いでグッタリしつつもここまで来た。
「ああ。 スペースコロニーってやつだ。さっき通ったポータル建造の労働者達の飯場だな」
「……」
映像より実物の圧倒的迫力を肌で感じる。 天井に見える建物の一群が降ってくるわけでもなく、人も動いている。 今までの常識が覆る景色である。
「……」
あまりの圧倒的な建造物に言葉を失い、眺めることしかできない。
「それと、スキュリアルさん。あんたの名は目立つ。 ここで新しく証明書を作ってもらった」
ダイゴの言葉に意思が戻り、ダイゴの方を見る。 彼の手には一枚のIDをスキュリアルに側に差し出している。
“スキュレス・トリフィナ” IDの名称欄には、そう書かれている。
「……」
彼女が唇をかむのが判る。 勝手に襲われ名前まで捨てなければいけないのか。 しかし、感情だけで世間は渡れない。
「色々な感情があるのも分かる。 しかし、ベルナールの貴族と分かれば、タニアに襲われる可能性もある。 故にこれから、これがあんたの名前になる。 なるべく近い発音の名前にしてみた」
「……分かりました」
悔しいが、今の自分には何の力もない。
「さてと! 行くか。 ついて来てくれ」
ダイゴは、スキュレスを連れて移動する。他の面々は、ラッキースター号などで思い思いに過ごしている。
「よろしいのですか? 」
「ああ。 ここでは自由行動だ。 それに大の男4人が何時も一緒では、別の意味で怪しまれるだろ? 」
「……」
ダイゴが進む道中には、古い家屋が立ち並ぶ。 古いだけあって落書きもあり、治安の悪さを感じられる。
「ああ。少し治安が悪そうだが、まぁそんな何悪いことは起きない。 少なくともあの戦場よりは、よっぽど治安がいいから安心してくれ」
そんな言葉が飛び交いながら、彼の後ろに従うようについて来るスキュレス。
「そう言えば……」
彼女が呟く。
「どうした?」
「そう言えば、案件の詳細がまだでした」
その言葉を吐くと同時に子供達の声が聞こえ始める。 木造平屋建ての建物に広場が前面にある施設が目に入って来る。
子供達が走りまわり、奥では授業らしきものを受けている風景が見える。
「そうだったな。 ここがあんたの職場になる」
「――※1 キンダーガルテン? 」
「孤児院だ」
「……」
ダイゴは言うと門の前に立ち、呼び鈴を押す。 しばらくすると、保母さんらしき人間が現れる。
「あら。ヒルベルトさん。 また来られたんですか? 」
大口寄付者に対して余りにも素っ気ない。
担当者は、隣の女性に視線をやり、“どうぞ”と言いながら門を開け中に招き入れる。
建物正面の広場では、ちびっ子たちが走り回っている。
「賑やか……ね」
スキュレスの口から感想が洩れるが、小さいためちびっ子たちの声にかき消されることになる。
事務室まで案内され客人用の家具に通される。 ローテーブルとソファーのセットになる。
ダイゴとスキュレスが座ると奥から院長が現れる。
「これは、これは、ヒルベルトさん。 今回は随分と短い期間でのお越しですね」
「少し頼みごとがあってな」
ダイゴからのその言葉に院長が反応し、ダイゴが意見を言う前に話始める。
「ヒルベルトさんの多額の寄付は、我々に安定な運営をもたらしており、大変助かっております。 ただし、ヒルベルトさん。 我々もヒルベルトさんのお子さんで手一杯なんですよ。 あまり助力できるようなことはないと思いますよ」
頼みごとの内容を聞かずの拒絶。 これだけでもダイゴとこの孤児院の間に何かあると想像できる。
「別にうちのガキにサービスをしろと言っているんじゃない。 うちのにカウンセラーを付けたいと思ってな」
「カウンセラー? 」
その言葉でダイゴの脇に座っている若い女性に視線が向く。
「彼女はスキュレス・トリフィナさんだ。 マールス出身で精神科医のインターンだそうだ」
「あら? お医者さん? 」
全員が意外な顔をしている。
「精神科医だから体の傷は治せないが、心傷ならいけるとのこと。 彼女をここにおいて欲しい」
「……しかし……」
「無償だ。 彼女への給与は、俺が出す」
「なるほど。 タツマ君への専属カウンセラーと言うことでいいんですかね? しかし、ここには他にも多くの心に傷を持った子供が多い。 その専属と言う訳にもー」
「それ以外の業務に関しては、彼女と相談してくれ。 働き過ぎて彼女が鬱になってもらっても困るからな。 あくまでも息子メインだ」
「分かりました。 その要望お受けしましょう」
「では、早速今日から頼む。彼女の部屋を用意して欲しい」
スキュレスの意思とは関係なく事が進む。 しかし、彼女はそれに反発することなくただ黙っている。
「要望はわかりました。 暫くお時間を頂ければともいます。夕方には、準備できるますので暫く外出していてくださいな」
「ああ頼む」
ダイゴは立ち上がり、孤児院を後にする。 スキュレスは何も言わずその後を付いていく。
トリフィナは、これからの自分の運命が、全くの闇の中にいることを感じている。 ただ前の男が、食べるものと寝る場所を用意した。
そして、それと引き換えるように自分の力を求めている。
今の自分に理解できるのは、その程度しかない。 もはや、帰る家も家族も全て失い、路銀すら持ち合わせていない。
今はただ生かされている。 そんな言葉がぴたりとあてはまる。
ダイゴは、何も言わずに進んでいく。
コロニーの雑多な雰囲気が、多くのものを隠してくれる。 自分のかつての貴族としての存在は、外に出れば何の役に立たない。
おそらく目に映る人は、こちらをタニアの有力貴族であるとは、かけらも思っていないだろう。 そんな、虚無感に襲われている中、ダイゴから話しかけられる。
「かなり強引だったが、引き受けてもらうぞ」
「構いません。 もう私には帰る場所もありませんから」
「そうか……」
ダイゴとしては、強引な取引きのため、スキュレスからの反発も覚悟していたが、大人しく引きうけたことに少し拍子抜けの勘がある。
「できそうか? 」
「やります。 ヒルベルトさんの息子さんの世話ですよねー―精神疾患でも? 」
「多重人格だ」
「……」
両名は進む。 旧市街の路地はいかにもな雰囲気もあるが、極端に治安も悪くは無さそうだ。 といってもダイゴの迫力のためそれ系が近寄ってこないだけとの理屈もある。
「何か質問はないのか? 」
「いえ……おいくつ」
「12だ」
「そう。 虐待……」
「そんな訳……いや。ダメ親父の放置による虐待だな……息子の母親。俺の妻は内戦で死亡したんだ」
「……」
「息子の目の前で母親が榴弾か、ミサイルか知らないが、爆殺されてな。 その精神的負荷を仮初の人格を作りそこに押し付けていると言っていた」
「精神鑑定を受けているのですね」
「ああ。 しかし、どの医者も息子の狂暴性からさじを投げてな、俺もこうして息子から目を逸らしていたわけだ」
「しかし、今こうして向き合おうとしている」
「少し思う所と――まぁ叱られてな」
「叱られる? 」
「……気にしないでくれ。 とにかく、そろそろ息子と真剣に向き合おうと思ってな。こうして強い味方もできたわけだし」
「まだ、インターンですよ」
「それでもだ。 苛烈な環境を理解できる人間は少ない……」
暫く両名が歩いていくと、緑豊かな場所が視界に入る。 中木の林と低木の生垣、花壇には、花も咲いており、昆虫もいる。 土の匂いもしっかりと薫ってくる。
人工の空間にれっきとした自然が再現できている。
「……凄い。 コロニーでもここまで緑豊かになるんですね」
「だろ? 生態系の構築するのにかなり苦労したらしいが、ここまで仕上がっている。 この地域の憩いの場所だ」
ダイゴがそう言いながら中に入っていく。暫く歩くと少し高いモニュメントが見える。
そのモニュメントに一人の子供が乗っており、こちらに気づいたのか視線を向けて来る。
※1 幼稚園




