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囚  作者: 木々


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75/80

留書

[登場人物]

葛西愁吾(14)中学三年生

葛西鮎子(30)

玄関に明かりが付いているのを見て、僕は溜め息をついた。母と顔を合わせるのが億劫だった。僕は持ち帰った燃えかすの入ったペットボトルを玄関の隅に置き、扉の前で一つ息を吐いてから、家の中へ入った。

「ただいま。」

母の返事は無く、僕はひとまず安堵する。すぐに階段を上がり、自分の部屋に荷物を置いた。お腹は空いていたけれど、何か食べるよりも、この暗い部屋にただ座っているだけのほうが楽だった。階段を上がってくる足音。背後で部屋の扉がノックもなく開いた。

「シュウくん、こんな時間までどこで何してたの?」

僕は母の声がするほうを振り返る。その途中で、穏やかな表情をした仮面を付け、不快な気持ちや苛つきはその下へ隠した。

「図書館の帰りに、たまたま友達と会ったから。少し話してから帰ってきた。」

「そうなの?ママも知ってる子?男の子だよね?」

「そうだよ。」

「女の子とこんな時間に会わないよね。シュウくんはいい子だもんね?」

「うん、会わないよ。」

僕は穏やかに答えながら、母が知ってる人物かどうかなど、僕はいちいち知らないと思った。中学生になった僕が、実の父親のように加害者にならないか、と母は心配しているのだ。つまり、母は僕のことを信用していない。無理もない。僕の中には半分、加害者である実の父親の血が流れているのだから。

僕は最近、母が「普通」に異常な執着を持っていたことに気がついた。だからきっと、僕が同性愛者であることも母は認めないだろう。母はいつも僕に何かを勧めるとき、必ず、世間一般的に「普通」なほうを選ばせたがった。幼いころからその繰り返しで、僕にも「普通」は染み付いている。そのせいで、僕は自分の気持ちが受け入れられなかった。僕は僕を「普通」の型に押し込み、大人に褒められるほうにだけ、はみ出すことを許した。だから僕は、こんなにも歪なのだ。

翌朝、玄関の隅に置いたはずの燃えかすは、ごみ袋の中へ移動していた。適当に入れられたごみ袋の中身は、分別もされないで庭に置かれている。いつも、家中のごみを回収し、一つにまとめて外へ出すのは僕がやっている。掃除も洗濯も、食事を作り置きしておくのだって、全部僕がやっている。このごみ袋は、母の見せしめだと思った。

僕は袋の中から汚れたペットボトルを取り出し、中に入った燃えかすと、袋の中にこぼれた数本の燃えかすを拾った。こんなただの燃えかすが、どうしても捨てられず、僕は雑草が生い茂った花壇の隅に埋めた。分別されていない他のごみもすべて取り出し、袋を分ける。気づかれることはないと分かっていながら、僕は母にする言い訳を作っていた。

母はその日の夜から、家の中で感情的になることが増えた。些細なことで怒り、泣きわめく。僕が安心できるのは、母が仕事へ出かけた夜だけだったのに、母は仕事へも行けなくなってしまった。家にいるのが嫌になって外へ出ようとすれば、母は玄関へ走ってきて、どこへ行くのか、誰に会うのか、を訊く。僕はそれが鬱陶しくて、必要最低限にしか出かけなくなった。唯一の逃げ場だった図書館も、こうして母に取り上げられた。

顔を合わせれば、その機嫌によって僕は母の感情をすべて吸収するスポンジのようになる。

「なんで、なんで生きてるの。どうして生まれてきたの。」

何を言われても、僕はいつもの通り微笑む。決して荒波は立てないけれど、耳から入った言葉は、嫌でも脳で処理される。言いたいことは山ほどある。

なんでって言われたって、僕を産んだのはお前じゃないか。愛されることを欲しがったばかりに、必要とされない命を授かった。相手を繋ぎ止めておきたい、そんな浅はかな手段の果てに僕がいる。最後まで責任を取れないくせに、少し考えれば分かることさえ考えなかった。

僕は頭に浮かんだすべての感情と言葉を飲み込む。

「シュウくんが生まれてこなければ、あゆはこんなつらい思いをしなくて済んだの。」

頬をつままれ、掴まれた腕に爪を立てられる。もう何年、こんなようなことを言われてきたのだろう。力づくなら、もうとっくに母の手を振り払えるのに、いつまでも僕はそうしない。母もこれ以上のことはしない、怖いとも思わない。僕は母を、可哀想と思って見るだけだった。

僕はその夜、めずらしく母の言葉が頭の中で繰り返された。僕は、どうして生まれてきたのか。僕が死んだら、これまで生きてきた時間の中で、僕が何を考え、どう思って生きてきたのかも、一緒に消えてしまう。僕が生きていたという証が、僕が生まれたころから知っている母の記憶の中にしか残らない。

ゾッとした。創られた美しい世界を、僕がとうに捨てたことさえ、母は知らない。僕が仮面の下でずっと怒りをひた隠しにしていることも、母は知らない。本当の僕を知らないひとだけが、僕の生きてきた時間を勝手な解釈で、美しく語ってしまう。僕はそれが受け入れられなかった。

本の著者が自身の半生を、自分から出てくる言葉だけで綴って残すように、僕も僕の言葉で自分の存在を、僕の本当の姿を、どこかに残しておきたくなった。僕は新しいノートを取り出し、僕の過去を順番に書き留め始めた。

[次回更新]7月3日 金曜日 23時予定

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