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  作者: 木々


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葛藤

[登場人物]

葛西愁吾(14)中学三年生

物心がついたころから、僕は女の子に好かれることが多かった。母の教えのせいだろう。保育園のころから始まって小学校のときも、女の子から何度か「好き」だと面と向かって言われた。僕はそれに対していつも、「ありがとう」とだけ返す。僕は相手の言っている「好き」を表面上理解していながら、相手にそれ以上の感情は抱かない。本質的な意味は理解していなかったと思う。僕はこんな間際になって初めて、誰かを好きになる感情を知った。

小学一年生か二年生のころに告白してきた女の子は、校庭の物陰に僕を手招きして呼んだ。暗がりのその場所で、僕はされるがまま、その子にキスをされた。相手の顔も名前さえ忘れてしまったのに、鮮明にその状況を覚えていて、感触もはっきりと覚えている。それだけ印象的だったのに、やっぱり僕は相手に何も思わなかった。ただ感触の気持ちよさだけが、今も僕の記憶に強く焼きついている。

僕もいつか、異性を好きになるのだろうと思っていた。でもそうじゃなかった。保健体育の授業でも、成長の過程で異性に興味が湧くと習った。周りの男子生徒は皆、授業中でも休み時間でも、興奮した様子で異性の体に興味を示すのに、僕だけが何も感じない。好きなタイプや好みの異性を訊かれたときも、僕は適当に答える。異性に興味が湧かない、というエラーをなんとなく感じてはいて、周りには気づかれないよう、その場をしのぐための答えを用意していた。

ちょうどそのころに祖母が亡くなり、母も病に苦しんでいたから、周りのように僕には余裕が無いだけ。周りがする話も一つも面白くないから、そのせいで僕は興味が湧かないのだと思っていた。でもそうじゃなかった。これまで必死に取り繕って優等生をしてきたのに、僕は普通でさえ無かった。その事実をふと考える時間が、僕は苦痛だった。

僕は自分のことが理解できない状況が気持ち悪くて、図書館へ行って情報を集めるようになった。借りたら痕跡が残ってしまうから、すべて隅の席で隠れるように読んだ。僕はなかなか、自分が同性愛者であることを肯定できなかった。次から次へとあふれてきてしまう気持ちを偽り、無理やり異性に興味を持とうとも思った。けれど、富野くんのことを考えないようにさせてくれる異性など、どこにもいなかった。

一時も頭から離れないせいで、僕は何度も彼を想像の中で汚す。母の居ない夜を選んで、一人自分の部屋で剥き出しの性愛感情を露わにするたび、罪悪感と歪な寂しさのような感情が僕を襲う。終わったら決まって、馬鹿馬鹿しくて嫌になるのに、何夜も繰り返す。想像の中で、彼に愛を囁かれている僕が薄ら寒い。後になったらそう思うのに、最中はそんなことにも気が回らないほど、僕の脳はどろどろに溶けて溺れて、みっともない。僕は、こんなところが母に似ているのだろうといつも考える。好きな人に愛されたい、寂しさを受け止めてほしい、僕も心の底ではそんなことを思っているのかもしれない。大きなため息をつく。僕は絶対に、母のようにはなりたくない。あんな奴と一緒になって堪るか。そんな贅沢な願望を実行に移してしまうほど、僕は馬鹿じゃない。

母が調子を崩すのは、決まって熊谷さんの仕事が忙しくなるころ。母は、誰かに依存することでしか生きていけない弱い人間。今までなら、一番に母を心配する気持ちが湧いたのに、今は冷徹な視線を向けながら、可哀想でいつまでも自立できないひとだと蔑んでいる。母と鉢合わせれば、腕を掴まれ爪を立てられる。作った微笑みが怒りで崩れないように、僕は母の前でも仮面を被るようになった。怒っているのは母に対してだけじゃない、理解不能な僕自身に対しても。どうして普通じゃないのか、どうしてあんなにも簡単なことで好きになってしまったのか、どうして僕は同性を好きになるのか。考えたってどうしようもない事柄に、僕はずっと腹が立っていた。

いつも通りの対応を終え、母から解放された僕は、怒りの感情をぜんぶ、彼にぶちまけて汚してしまいたいと思った。僕は彼を捌け口に使った。母のいる部屋と壁を一枚隔てただけのこの部屋で、母の想像が及ばないほど汚れた感情を吐き出す。数年前まで、僕の世界は母と祖母によって創造された綺麗な世界だったのに、今この瞬間、僕はすべてを裏切った。僕はもう、母のいる世界で生きるのを辞めた。解放感と多幸感、それに罪悪感と背徳感が入り交ざり合う。そのときの興奮が、僕は忘れられなかった。

頭の中の雑念が透き通るようにすっきりして、怒りも悩みも何もかも、すべてが無くなる。冴えた頭は思考を巡らす。母のように利用されるくらいなら、僕が彼を利用してしまえばいい。どうせ僕はいなくなるのだから、後のことなんかもうどうでもいい。僕はとっくに壊れているから、仕方ない。この夜、僕は母を裏切った代わりに、彼への執着を肯定できた。僕は初めて、わがままになった気がする。どうせ死ぬなら、彼を知ってから死にたいと思った。

[次回更新]6月23日 火曜日 23時予定

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