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  作者: 木々


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71/73

欠伸

[登場人物]

葛西愁吾(14)中学三年生

富野瑛亮(14)中学三年生

終わりを決めたときから、僕は少しだけ心が軽くなった。うるさい周りも、僕を知ったふうに話す教師の顔も、母の感情の起伏も、ぜんぶどうでもよくなった。今だけ適当に過ごして、それなりに対応すればいい。どうせ、僕はいなくなるのだから。

新年度になって、周りがクラス替えに喜んだり悲しがったりしているのを横目に、僕は指定されたクラスの、指定された座席に座る。僕はもう何も考えなくていいから、決められたことを遂行するだけ。全校生徒が体育館に集められ、僕はただ時間が過ぎるのを待っていた。僕の前に並ぶクラスメイトと、僕の後ろに並ぶクラスメイトが、僕を挟んで会話をするので、彼らにひと声かけてから僕は後ろへ下がる。さっきまで周りなんかひとつも気にしていなかったのに、僕が行動をした途端、二人は話を止めて気まずそうにする。二人の思惑を察し、僕は「先生もまだ新しいクラスの番号順なんて覚えてないから怒られることはないよ」と言ってあげた。二人は「確かに」と納得した様子で、話を再開した。

彼らも含め、同じクラスに振り分けられたひとたちは見覚えのないひとが多い印象だった。今年こそ、僕は無駄に気力をすり減らして誰かと馴れ合うなんてしたくないから、新しいクラスの顔ぶれは都合がよかった。体育館に一列で並ぶはずの列は、明らかに真っ直ぐとは言えず、蛇行した列の中、僕の隣には眠たそうなひとが立っていた。彼が後ろへ下がってくれたら、もう少し綺麗な列になるのに、と僕はどうでもいいことを考えて彼の顔をちらりと見る。彼は僕の視線にも気づかず、大きく口を開けてあくびをする。そのあくびは、無意識のうちに僕に移った。彼は僕のあくびに気づき「あ、移った」と無邪気に笑う。

「あくびくらい出るよな、生きてんだからさ。」

僕は彼の言葉に、頷くしか出来なかった。生きていることを面と向かって肯定されたことが、僕には新鮮で、衝撃だった。いつも死んでいるみたいに生きていたから、今こうして僕は生きているということを、もうすっかり忘れていた。

彼の席は僕の左斜め前。名前は、富野瑛亮と言うらしく、三年生になるまで一度も同じクラスになったことがなかった。僕は、毎日のように彼のことを目で追うようになった。強気で自由なふうに見せて、本当は周りの友達の空気感を壊さないよう、雰囲気ばかり気にしている。貴重な精神力をわざわざ他人のために使って、彼は一生懸命浮かないように振る舞う。友達に気を遣いながら、たまに目立つことをするのは、無理して合わせた周りから振り落とされないため。きっと本当は繊細で、周りに認められることでしか自分を表現できない不器用なひと。僕にはそんな彼が、とても魅力的に見えた。

僕のつまらない日々は、彼の様子を眺めているだけで自然と色づき始める。彼はこれまでどんな世界で、どんな景色を見て過ごしてきたのか。学校が休みの日は何をしているのか。彼のことを考えているときは、現実の不快さも忘れられた。けれど、彼のことを見ていて僕は、一つだけ不快なことがあった。

クラスにたった一人だけ、彼が名前で呼ぶひとがいる。仲のよさそうな友達も基本的には苗字で呼ぶのに、その一人だけ、彼は名前で呼ぶ。彼と同じ小学校出身の、吉沢花音。授業中も、彼はよく彼女の姿を目で追っていて、僕はすぐに一方的に好きなんだろうと勘づいた。僕は、彼女のこともよく観察するようになった。明るく、よく笑い、純粋で、誰にでも優しい。家族からとても愛されて育ったのだろうと想像できる。僕に無いものを、彼女は全部持っている気がして、存在自体が癇に障った。

母はよく、僕に「女の子には親切にして、優しくしなきゃだめ」と言った。母がそう言い出したのは、僕が保育園に入ったころから。今になって、僕はその言葉を違う意味で捉える。母はきっと、僕の実の父親から大切にされなかったのだろう。母は小学生のころ、父親が急にいなくなったことがずっと寂しかったのだ。だから母は、一度手にした他人からの「愛」と仮定した「ただの興味」を断れなかった。それがこんな結果を生んだ。子どもにそんな教訓を教える前に、興味を受け入れたらどんな未来が待ち受けているのか、考えてほしかった。吉沢花音に対する苛立ちと、母の無責任さに対する怒りで、僕は仮面の下では常に腹が立っていた。僕は優等生がやめられない。母の教え通り、話しかけられれば吉沢花音にも優しく接してしまう。好きな人の好きな人なんか、嫌いに決まっているのに。

毎日のように彼を目で追って、彼が好きな彼女に嫉妬する。そのくせ、彼女の生き方が気になって、彼女のようになりたいとも思う。今まで生きてきた人生の中で、今の僕の器が一番小さくて、面倒で、とても嫌いだった。誰かを好きになるのは、非合理的で、気味が悪い。僕の心の中には汚い感情ばかりが渦巻いて、苛立ちが僕を埋め尽くす。彼の姿も見なければいいのに、気づけば毎日、僕は彼の姿を見てしまう。僕は僕が理解できなくなった。

[次回更新]6月19日 金曜日 23時予定

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