合理的
[登場人物]
葛西愁吾(14)中学三年生
葛西鮎子(29)
ちょうど、そのころだった。テレビのニュースで、真っ黒な濁流が何もかもを飲み込み消し去っていく映像を見た。皆が、怖いとか恐ろしいと言う中で、僕だけがその映像に見惚れた。僕はもう、とっくに壊れていたのだろう。
僕はこの世界で、一体何をするために生まれたのか。答えの無い自問自答を繰り返しては毎日、色の無い世界を過ごした。楽しいことなど何もなくて、何をするにも気力が湧かない。クラスメイトの騒がしい声はうるさくて、時々、手当り次第に物を投げて、ストレスを発散させたい衝動に駆られる。けれど、ずっと被ってきた優等生の外面と、冷静に考える僕の脳みそが、そんなことをしたって意味が無い、と結論を出す。僕は毎日、クラスメイトにも、教師にも、誰にも悟られないよう、偽物の微笑みを浮かべ続けた。僕がおかしくなっているのは、毎日のように不毛なことを考え続けているせいだと思った。
僕は休日、図書館へ行って家を空けることが増えた。何もしないと意味の無いことを考えてしまうから、そうしないようにするためと、母と熊谷さんの時間を邪魔しないため。図書館はとても快適な空間だった。どんなひとでも口を閉ざすから、その静かに流れる時間の中で本の世界へ逃避できる。意識をどこか違うところへ運んでくれるならどんな本でもよくて、創られた世界へ飛んでいく感覚は、とても心地よかった。現実という、つまらないどころか、不快でしかない景色から目を逸らすように、僕は食事も忘れて読書にのめり込んだ。
夏が近づくにつれて、それも思うようにいかなくなった。本を読んで頭に言葉が入っているはずなのに、内容を理解するまで時間がかかる。そのせいで、何度か同じ行を繰り返し読まなければいけなかった。一週間あっても一冊が読めず、もう一週同じ本を借りることも増えた。勉強も変わらずしていたのに、学期末のテストは少し成績が下がった。母のための作り置きを調理するとき、不注意のミスや怪我が増えた。完璧にやっているはずなのに、心と体が重いせいで、うまくやれなかった。
その日は、学校から帰ったとき、珍しく母が玄関まで走ってきて、満面の笑みを浮かべた。
「シュウくん、十四歳のお誕生日おめでとう。」
毎日ただ必死に生にしがみついているだけだった。日付なんて気にする余裕も無く、僕はいつの間にか訪れた自分の誕生日にも気づかなかった。母は僕のためにケーキを用意して、数字の「14」を形取ったろうそくに火を灯す。ハッピーバースデーを歌い、僕はろうそくの火を吹いて消す。どんな顔をすればいいか分からなくて、母に、他人へ向けるような微笑みを見せた。
「おめでとう。もう十四歳なんて、早いね。ママが十四歳の時にはもう、お腹の中にシュウくんがいたんだよ。なんか、不思議な感じがするね。」
僕は必死に、繕った微笑みが崩れないよう保定した。息が止まりそうだった。漠然と抱えていた恐怖の正体が、遂に姿を現したように血の気が引く。僕は、十五歳になることが怖かったのだ。母が僕を産んだ年齢に、自分自身が到達することがこの上なく怖い。僕はこの言葉が忘れられなかった。切り分けたケーキを「美味しい」と口で言いながら、本当は何の味もしていなかった。
母はその夜も仕事へ出かける。このころには、毎日最低限やらなければいけないこともぜんぶ面倒になった。食器を洗うのも、風呂へ入るのも、しなければいけないと頭では分かっているのに体が動かない。母が帰る朝までにやればいいと後回しにして、僕は自分の部屋に閉じこもった。
電気も付けず、真っ暗な部屋の中でぼうっと空間を見つめる。ベッドの上で膝を抱え、感情を伴わない機械の不調のような涙があふれ出てきても、僕は拭うことも面倒でそのままだった。僕はこの世に、何をするために生まれたのか分からない。そんな僕が、母の人生をめちゃくちゃにしている。罪悪感と自己嫌悪が、取り返しのつかない十四年という膨大な時間を、僕に突きつける。僕なんて最初からいなかったことになればいいのに、と馬鹿げたことを本気で考えた。母の人生はまだ、いくらでもやり直しがきく。大丈夫、母には熊谷さんがいる。僕がいなくなったあと、母には熊谷さんとの幸せな人生を歩んでほしい。
僕が自分自身の責任を取ることは、早いに越したことはない。色んな人と知り合う前にしてしまえば、悲しむ人だって少なくて済む。誰にも迷惑をかけないで済むならそのほうがいいけれど、現実的に考えてほぼ不可能。迷惑は最小限で、巻き込む人数も最低限にしたい。タイミングは、僕に対して誰もが一番関心をなくすときがいい。環境が変わるタイミングなら、クラスメイトは自分自身のことで精一杯のはずだから、中学を卒業したあとがいい。
そう考えた僕の脳みそは、すぐ現実的に考える。建前とする高校は、一般入試が卒業後に設定されている学校か、二次募集を実施する学校を第一希望にすれば自然。最近には珍しく、僕は躊躇いもなく、すらすらと物事を考えてしまえた。卒業して少し経ったころ、僕が母以外に誰とも関わることが無くなったら実行する、そんな具体的な仮計画がすぐに決まった。その夜が、僕の自殺計画の始まりだった。
[次回更新]6月16日 火曜日 23時予定




