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  作者: 木々


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学習

[登場人物]

葛西愁吾(14)中学三年生

十一歳の誕生日、一週間前。母と祖母といつものように夕食を食べていたとき、母は僕に、誕生日プレゼントは何がいいかと訊いた。いつも僕は遠慮して、誕生日に欲しいものなどお願いしたことはなかった。たぶん、母はその遠慮に気づいていて、たまにはわがまま言っていいよ、とも言う。祖母も笑顔で賛同していて、僕はとても困ってしまった。急に訊かれても、欲しい物など特に何も浮かばなくて、いつかのテレビドラマで見たような場面を思い出す。

「遊園地、行ってみたい。」

僕は笑顔でそう言った。言っておきながら、軽々しく嘘をついている自覚がある。笑顔も、他人の大人へ向けるようなやつを家族へ向けていて、不思議な感覚だった。遊園地へ遊びに行ったのは、僕がベビーカーに乗っているころ以来らしく、母も祖母も嬉しそうに笑って、その予定はすぐに決まった。僕は自分の回答が正しかったことに、心から安堵した。

祖母はその週、工場の仕事が忙しかったのか、何かトラブルがあったのか、珍しく土曜の朝から仕事へ行った。遊園地へ出かけるのは、母のパートの兼ね合いもあって日曜に決まっていたから、確実に次の日を休みにするためだったのだろう。いつもなら祖母は、三時か四時になれば帰ってくるのに、その日はなかなか帰らず、僕が夕食の下準備をした。それをしておけば、祖母が帰ったらすぐ調理ができる。祖母はきっとまた褒めてくれて、すぐに三人で食べられるから、母も喜ぶはず。外は暗くなって、母が先に帰宅した。祖母が帰っていないことを心配した母は、帰宅してそのまま家を出て、歩いて数分の距離にある工場へ行った。

家の中で時間だけが過ぎる。七時になって、八時を過ぎる。僕は何をするでもなく、ぼうっと時計を眺めていた。家の電話が鳴って、すぐに受話器を取る。母からの電話で、祖母が亡くなったことを知った。

ここからは誰かにあとで聞いた。その日の昼ごろ、祖母は慣れているはずの工場で階段から足を滑らせて転落し、その場で意識を失った。誰かが気づいていれば、祖母は助かったかもしれない、と。その日、工場は休日で祖母の他には誰も出勤しておらず、母が気づいた夜の時点ではもう、ほとんど助かる見込みはなかった。

祖母の通夜、告別式が終わり、一週間が忙しく過ぎたあとから、母はショックで部屋から出てこなくなった。大きすぎる喪失感と罪悪感。僕があのとき、遊園地に行ってみたい、などという馬鹿げた芝居をしなければ。僕があのとき、異変に気づいて工場まで祖母の様子を見に行っていれば。祖母が亡くなることもなければ、母が悲しむこともなく、この家の幸せは消えずに済んだ。全部、僕のせいだと思った。

祖母が亡くなっても、僕と母は生きて行かなければならなくて、お金がいる。毎日食事をしなければいけないし、学校で使うものがあれば買わなければいけない。母は精神的にかなり参って、パートへ行けなくなり、病院にかかるようにもなった。工場のことはよく分からなかったけれど、翌年には解体され、何軒かの真新しい家が建った。なんとなく寂しさが残り、引っ越してきた家族の明るい声や、家の前で小さな子供が遊ぶ姿。絵に描いたような幸せから、僕はよく目を逸らした。

母と二人きりになった生活は、少しだけぎこちなかった。うつ病の診断を受けた母は、一日ベッドから動けず寝込んでいる日もあれば、思い立ったように祖母の遺品を片付けては、感情の起伏が激しい日もある。風呂に入れない日もあり、食欲も日によってまちまち。頼れる大人も近くにいないから、僕が母を支えるほかにない。母が寝込んで動けない日に、僕は図書館へ行くようになった。

母の病について調べ、僕にできることを探す。どんなふうに母と接するのがいいのか、逆にどんな言葉をかけてはいけないのか。バランスのよい食事を作るために、料理についての本も読んだ。僕は毎日、母が心配でならなかったのと同時に、これは自分が招いたことだと強く自責した。

母の精神状態は一人称ですぐに分かる。自身を「ママ」と呼ぶときは安定していて、「私」と呼ぶときは少し揺らいでいる。一番気を遣うのは、母が自らを名前で「あゆ」と呼ぶとき。この状態のときは、かなり不安定になっていて、母を「ママ」と呼ぶのは避けなければいけない。日に日に、切り替わるタイミングが分からなくなり、僕はどんな場合でも対応できるよう、母のことを「あゆちゃん」と呼ぶことにした。これが僕にできる、一番安全な方法だった。

母の感情の波は、ときに直接僕へ向けられる。分かっている罪の意識を、母の視線と言葉が、僕をさらに崖の淵へ押し出す。どれだけ僕が母を思い、母を救おうと努力をしても、僕はこうしてたまに、ただ生きていることさえ否定される。心は鉛のように重たい質量を持ち始めて、苦しさから涙を流して何度も謝った。どうにもできなくて、傷跡がどうなっているかも目に見えない鉛よりは、頬をつままれ、掴まれた腕に爪を立てられるほうが、痛くなかった。僕はこれを何度か経験して、僕が泣くと母の状態が悪化することを学んだ。それからは、微笑みを浮かべながら謝るようにした。

[次回更新]6月9日 火曜日 23時予定

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