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  作者: 木々


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再訪

[登場人物]

富野瑛亮(25)

吉沢花音(24)

花音が戻ってきて、椅子に腰掛けるのも待たず問いかける。

「ごめん、メッセージ見えちゃったんだけど。中学って、閉校すんの?」

「あれ、エイちゃん知らなかった?あっ。そっか、成人式来てなかったもんね。そのころから噂あってね、三年前くらいに閉校が決まったの。」

「そう、だったんだ……。」

普通に過ごしてきた同級生との溝を、改めて強く感じた。同級生の誰もが知っていた閉校の事実を、道を外れた自分だけが知らない。今でもたまに見る、中学の屋上から落ちていく、あの夢。その校舎が無くなる。葛西の姿を見失い、葛西と出会った場所さえも無くなってしまう。言い表しようのない寂しさが込み上げた。

「隣の中学校と統合してね、うちらが通ってた校舎は使われなくなるみたい。それで、閉校だって。今はこんな最中だから集まって飲食とかはできないけど、思い出の校舎で最後に何かできたらって、委員長が企画してくれてて。」

「えっ?」

「写真撮ったりするだけならって学校の許可が下りてね。プチ同窓会?みたいなのやるんだよ。」

「えっ。それ、いつ?」

自分でも、言ってから恥ずかしくなるくらい速いスピードで、花音に訊いた。この日一番の食いつきだった。閉校という字を見たときから、自分は焦っている。

「えっと、来月の三十日だったかな。」

花音はスマホで日程を確認し「うん、そう」とつぶやく。葛西と過ごした場所に行けば、月日が経って忘れてしまった葛西の姿や質感を、再び思い出せるような気がした。

「その日なら、校舎に入れるってこと?」

「そうだよ。」

花音の話が聞けたのはこの瞬間までだった。その後はずっと、上の空のまま相槌だけを打つ。気がつけば、周りは日常に戻っていた。当日までが待ち遠しく、指折り数える日々。花音にもらった当日の概要を、内容が変わるわけでもないのに毎日読んだ。

迎えた当日。もう二度と来ないと思っていた場所へやって来た。校門の横にあった木は、伸びた枝が校名が書かれた縁の上に当たっている。あの日、葛西が座っていた場所は、茂った木々に侵食されていた。

校門を抜けて入口が見えたとき、思わず自分は目を疑う。受付と書かれた長テーブルが置かれていたのは、青いビニールシートで囲われていたはずの場所。彼らは葛西が落下した場所にテーブルを置き、何食わぬ顔でそこに立っていた。葛西がその場所で息絶えたことを、この人たちは忘れたのだろうか。沸き上がる怒りが、自分の足取りを荒くさせる。受付を済まさなければ中へは入れないせいで、嫌々ながらそこへ立ち寄った。

「名前を書いてから来校者用の名札取って下さーい。」

おそらく同級生だろう。気だるげな声掛けに、やる気がないならこんな役割を引き受けるな、と八つ当たりしそうになる気持ちを抑えて記名する。

「あれ……瑛亮?えー、瑛亮じゃん!やば、久しぶり!元気してた?」

「は?」

急にうるさくなった目の前の人間を見た。軽々しくそんなことを口にして、誰が元気なわけあるかと吐き捨てたい気持ちを、ぐっと飲み込む。顔をしっかり見ても、黒いマスク越しでは誰だか判別できない。サイドを刈り上げ、両耳にはピアスが光る男。一見すると黒い髪が、日の光に当たって赤茶色に見えた。

「二年と三年のとき、よく一緒にいたじゃん!憶えてない?」

「……これ、消毒したら中入っていい?」

眉間に皺を寄せ、名前も分からない同級生の顔を睨むように見て言った。彼は面食らったように静かになる。

「あ……うん。瑛亮、なんか変わったな。あ、教室は三年の時使ってたとこしか空いてないから、よろしく。」

適当に返事をして、机上に並べられた「卒業生」と書かれた名札を一つ取る。葛西が亡くなった直後、その場所は怖くて足が向かなかった。葛西と出会い、別れてから十年の月日を経て、やっと向かう。校舎へ入ってすぐ、自分だけが北側へ急いだ。

北階段の下、掃除用具が入ったロッカーの奥、鍵も掛からない、ただの倉庫。見た目は、あの当時から何も変わっていなかった。少しずつ上がる心拍数が、当時の記憶を思い出させる。葛西と築いた歪な関係、欲ばかりに支配され、何も考えていなかったころの自分。葛西には、どう見えていたのだろう。

ゆっくりと、軋む扉を開けた。きいっという耳障りな音、埃っぽい空気の匂い。葛西のことを思い出す。当時から少し屈んで入っていたのだろうが、それでも頭をぶつけそうだった。中へ入って、スマホに備わったライトを点灯する。目に映る光景を見て驚いた。その空間は、まるで時が止まったかのように、あの時のまま。机と椅子が一つずつ、葛西がいつも座っていた場所だ。記憶の中よりもだいぶ狭く感じる。こんな場所で、自分は毎日のように葛西と過ごしていたのか。

当時はあまり座らなかった椅子に腰掛け、葛西の見ていた世界を追体験する。葛西はここで何を見て、何を感じていたのだろう。机の中に入れた手に何かが触れ、心臓が跳ね上がる。手に取り、ゆっくりと視界に入ったそれは、見慣れない一冊のノート。表紙には「文芸部 日誌」と書かれている。その字を見た瞬間、葛西の字だと直感で分かった。

血の気が引き、呼吸がうまくできなくなって、閉鎖的で圧迫感のあるこの空間が異常に怖くなる。ノートを手に、急いで外へ出た。途中で机に脚をぶつけても、痛みさえ感じない。それくらい、気が動転していた。四つん這いになるような姿勢でしか自分の体を支えられず、息を整える間もなく不規則な脈拍と呼吸のまま、ノートを開いた。

[次回更新]6月2日 火曜日 23時予定

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