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  作者: 木々


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隔たり

[登場人物]

富野瑛亮(25)

吉沢花音(24)

花音との再会は十年ぶり。朦朧とする意識の中で、顔もよく見えなければ、声を聞いてもピンと来ていなかった。

「エイちゃんって、今一人暮らししてるの?」

「……うん。」

「あっごめん、問診票の住所に何号室って書いてあったのだけ見えて。食べるものとか、大丈夫?家にありそう?」

「あ……少しは。」

そう言いながら、発熱が続いて動けない状態が三日も続けば、買い置きの食料は底を尽きる。買い出しに行くにしても、感染の危険を考えると家の中で大人しくしているほうがいいだろう。消費の配分は一切考えていなかったから、花音の話を聞いておいてよかったと思った。

「私でよければ、何か買って行こうか?」

「えっ。」

プライベートへ介入されるかもしれない、という恐怖がゾワッと背中をなぞる。悪寒とはまた違う不快感だった。それと同時に、自分の変わってしまったところを痛感する。この十年で自分は、幼馴染の花音にさえ心を閉ざしている。その事実は少し寂しかった。

「……いや、いいよ。一週間分くらい、ぜんぜん、あるから。」

「そう?それなら大丈夫そうだね。」

「……うん。」

「治ったらまた、ゆっくり話そう?」

「ああ……うん。」

言われるがまま、その場で花音と連絡先を交換し、強力な病原体に侵された重い体を引きずって帰宅する。病院にかかったとはいえ、即効性のある薬がもらえるわけでもない。よくある薬で熱を下げ、別の薬で他の症状を緩和する。体中の痛みやだるさは、良くなってきたときに目に見えて分かるから、まだ楽だった。あの日、最初から葛西はいなかったと気づいたときから、治らない胸の冷たさに比べれば、この程度の風邪なんて、どうということはなかった。味のしない食事も、ただ腹を満たすために口へ放り込んでいるのだから、初めから味もどうでもいい。

熱は二日くらいで下がったものの、不調や咳が四日間くらい続き、その間は仕事を休んだ。花音からは何度かメッセージが届いて、あまり心配をかけないよう返信する作業を最優先に行う。その余韻が続いてか、仕事に復帰してからも花音とは連絡を取り続けていた。

週末、ゆっくり話したいと言う花音の要望に応え、指定されたカフェへ向かう。そういうふうに、誰かとの時間を作るのはずいぶんぶりだった。

「大丈夫?後遺症とか、まだありそう?」

「……ああ、うん。もう大丈夫。」

「そっか。よかったぁ。」

十年ぶりにちゃんと会った花音は、すっかり大人の女性になっていた。髪の色こそ変わっていなかったが、中学生のころとは当たり前に雰囲気が変わっている。誰かと話をするのも、女性と話をするのも久々で、ろくに目も合わせられない。飲み物が入った手元のコップをずっと見ていたせいで、目を閉じてもその光景が鮮明に浮かんできそうだった。

「エイちゃん、あれから大丈夫だった?」

遠慮していたのか、花音は一番気になっていたであろう話を、中盤になってやっと話題にした。

「色々あったけど、ぜんぜん、大丈夫。高校は通信制行って、友達もできたし。そのころからバイト始めたりして、今は正社員になってる。」

「そうなんだ!すごいね。」

「看護師になってるほうが普通にすごいと思うけど。」

「ありがとう。でも……こんなに大変になるとは思ってなかったから、今、続けようかどうかって毎日迷ってて。」

「そっか。」

うまく自分が返せないせいで、花音との間に流れる空気が暗くなる。花音はそれを気にして話題を変えた。

「あっそうそう、この前ね。舞の子供に会ってきたの!」

「えっ?」

「あ、舞ね、一昨年結婚したんだよ!赤ちゃん抱っこさせてもらったんだけど、めちゃくちゃかわいかったよー。写真見る?」

嬉しそうに話す花音とは温度差があった。あんなにも葛西に執着していた長谷川が、結婚して子供までいる事実に、胃の壁面がキリキリと痛む。花音が見せる写真に対し、ひととして思ってはいけないことが真っ先に浮かんで、喉の奥を圧迫されるような苦しさを感じた。気持ち悪い。花音の話も、全く耳に入らなかった。

長谷川にとって葛西は、その自分勝手な判断で疑わしい人間を潰せるほど、大きな存在じゃなかったのか。あれからたった十年で、葛西のことなんてすっかり忘れてしまって、他の男と結婚した?子供が生まれた?あれから、どうやって生きていたら、結婚して子供が作れるまでになるのか、全く理解ができなかった。

葛西がその程度なら、あのときあんなにも責められる必要がどこにあった。一時的な感情や思惑をぶつけて、発散するためだけのために、自分の人生は利用されたのか。長谷川が幸せな人生を歩んでいる一方で、自分は今でも苦しい日々を過ごしている。何が、違った?どうして自分だけ?

「私、ちょっとトイレ行ってくるね。」

「あ……うん。」

衝撃と怒りで黙ってしまったせいで、せっかく花音が出してくれた話題も盛り上がらなかった。花音は、見ていたスマホをテーブルの上に置いて、席を立つ。画面にロックも掛けず、待ち受けは開いたまま。不用意というか、無防備というか。信用されきっているのかもしれないが、自分だったらありえない行動だった。

花音のスマホの通知が鳴って、画面が嫌でも気になった。その後も、何度か通知が来るせいで、ついに画面を見てしまう。表示された「中学同窓会」というグループ名。続いて、誰かのメッセージがパッと目に入った。

「……閉校?」

[次回更新]5月29日 金曜日 23時予定

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