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  作者: 木々


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救済

[登場人物]

富野瑛亮(22)

小和瀬薫(22)

そのまま薫に手を引かれ、寝室のベッドの上へ誘導される。手のひらに触れるツルツルとしたベッドカバーの感触が、異様に印象的だった。部屋の明かりはベッドの上の間接照明だけ。ぼんやりと薫の顔が見える。

「もう忘れよう。」

薫のその真剣な表情から、自分をからかっているわけじゃないと伝わる。

「なんで、俺のためにそんなことまで……。薫は、嫌じゃないの?」

「野暮なこと訊かないで。その気がある相手しか僕は家に入れないの。……僕が瑛亮を友達だと思ってることに変わりはないけど。こうすることでしか、僕は瑛亮を救ってあげられないから。」

「いいよ……。俺のことなんか、救わなくて。」

「そんな顔で言ったって説得力ないよ。瑛亮が前を向いて生きていくためには、その子にずっと囚われたままじゃよくないの。今日で最後にして。」

「嫌だ……。」

薫の言った「最後」という言葉が、胸のあたりを刺す。葛西はもういないのに、後に残った痕跡をまだ守ろうとしていた。

「瑛亮がそうやって求めちゃったら、その子だって前に進めないよ。残酷だけど、生きてるひとと亡くなったひとは、住む世界が違うの。ちゃんと、お別れしてあげて。」

自分が生きている世界で、自分が前に進めないということは、葛西のいる世界では葛西も前に進めない。自分は葛西の住む世界のことなど、一度も考えたことがなくて、それが嫌だった。

「……もう、今夜で忘れよう。瑛亮の中で、代わりにすればいいから。」

薫は枕元へ手を伸ばし、間接照明の明かりを消す。途端に真っ暗になる視界。すぐ目の前にあったはずの薫の顔さえ、見えなくなった。

「その子は今だけ瑛亮と一緒にいる。今夜だけ、これが最後。」

触れられた腕が反射的にぴくっと跳ねる。

「初めて?」

「……うん。」

「大丈夫。その子だと思えば、きっと平気だから。」

唇に触れる柔らかい感触。瞬間的にあの夏の日を思い出した。葛西が泣いた、あの日の河川敷。頬の温度を確かめ、顔に掛かった髪に触れ、それを耳に掛ける。服の裾からするりと入った温かい手が、自分の冷たい腹に触れた。あのころ散々一方的に求めた葛西を、今度は自分が求められるがまま。その愛を受け止めるように、舌を絡めた。

「ちゃんと……葛西のことだけ考えて生きてたよ。それくらい、今でも好き。」

「僕も。」

葛西の顔を両手で支えると、葛西は手を背中側に回して、自分のことを引き寄せる。離れたくないと思った。両手を葛西の顔から降ろし、肩を掴んでから頭を抱くようにして葛西のことを抱きしめる。自ら死を選ぶほどひとりで抱えた苦しみを、これっぽっちも分かってあげられなかったどころか、自分はさらに追い込んだ。葛西に一度でも好きと伝えられていたら、その苦しみを少しでも楽にしてあげられただろうか。後悔が押し寄せ、自然と涙が頬を伝っていた。

「ごめん……葛西。本当に、ごめん。俺が、もっと早く気づけてたら……。葛西のこと、もっと幸せにしてあげられたかもしれないのに。俺、本当に最低だった。」

口から出る言葉が、聞き取れなくなるまで何度も謝った。涙と嗚咽が止まらない。こんな呼吸の苦しさなど、葛西の味わった死の痛みに比べれば大したことはない。

「代わりなんてできないね……。」

薫の手が優しく頭の後ろを撫でる。力なく絡みついた自分の腕をどけて、薫は枕元の照明を付け、ティッシュを数枚取ると、あふれた涙を代わりに拭った。

「その子は好きなひとからそんなに愛されて、幸せだね。」

「……俺は、葛西のこと愛してるでいいのかな。」

「愛してるでしょ。今の瑛亮、痛々しいよ。」

薫はティッシュを箱ごと取って目の前に置く。薫の右手がこちらへ伸びて、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「もう二度と会えないひとのこと、ずっと好きだなんて瑛亮はバカみたい。」

「いいよ。それで。」

薫は呆れた顔で大きく溜め息をついて、照明の手前に置かれたポーチを手に取った。嗅ぎ慣れない焦げたような、知らない匂いが空間に漂って、薫は口から煙を吐く。

「薫って、煙草吸うんだ。」

「僕っていつまでも子供じゃないから。」

薫は電子煙草を片手にベッドを降り、クローゼットを開けて支度を始めた。その様子が気になって、視線をずっと薫に向ける。

「薫……どっか行くの?」

「うん。だって寸止めじゃ終われないもん。瑛亮も知ってるでしょ、僕がモテること。」

「……うん。」

自分が知っているころの薫とは、もうすっかり変わっているのが寂しいような気がした。けれどこの寂しさは、薫が変わったことに対してじゃなく、七年も経っていながら、何も変われていない自分に対してだ。葛西にもそれを無理やり強制していたと思うと、余計にやるせない気持ちになった。

「家の中のもの、好きに使っていいよ。ベッドも使っていいし、シャワー浴びたければ自由に使って。僕が帰るころには瑛亮もういないでしょ。じゃあ、またね。」

「うん……。気をつけてね。」

部屋を出て行く薫を目で追う。見慣れない部屋の景色を見ながら、いつの間にか眠りについていた。

[次回更新]5月22日 金曜日 23時予定

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