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  作者: 木々


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61/73

消失

[登場人物]

富野瑛亮(22)

折橋愛花(21)

折橋さんが言うには、先週末、自転車で帰る自分の後を追ったらしい。そこで薫と会っているのを見かけ、駅に戻るところで彼女は薫に声をかけたというのだ。

「富野さんのことはやめといたほうがいいって言われました。私に扱えるような単純なひとじゃないって。彼女さんがいるなら、早くそう言って振ってくれたらよかったのに。なんでずっと私のこと避けるんですか?」

「……昨日会ってたのは、友達です。折橋さんが想像してるような関係性じゃないので。」

「私にはそうやってまた嘘つくんですね。富野さんは、昔に色々あったとも聞きましたけど……そうやって避け続けてたら何も変わらないですよ。」

何も知らないこのひとに、どうしてそんなことを言われなきゃいけないのか、と怒りが湧いた。それに加え、薫に裏切られた気分になっていることもまた、自分を苦しめる。「色々」という表現と、折橋さんの性格からして、きっと薫はすべてを話したわけじゃない。口止めをしていたわけでもない。このひとにしつこく訊かれたら、薫が話してしまうのも無理はない。

「俺の、何が分かるんですか。俺のこと、あなたには関係ないですよね。」

「関係あります!だって私、富野さんのこと好きなんですよ!私だって富野さんのこと支えたいんです!」

駐輪場の低い屋根と狭い空間。その中で、折橋さんの高い声が反響する。鼓膜に突き刺さるような嫌悪と、迷惑を考えないこのひとの行動に、ここにいてはいけないと思った。

「場所、変えましょう。今日は逃げずにちゃんと聞くので。」

自分は嫌々ながら自転車を押して、人通りの少ない高架下まで折橋さんと移動する。上を通る電車の轟音なら、このひとの声がこちらに届く前に、かき消してくれる気がした。

「富野さんは私のこと、どう思ってるんですか?チョコをもらってたひとが友達なら、私とは付き合えますよね?なんでその人はよくて、私はだめなんですか?」

自分の想像していた通り、折橋さんはひとを思いやることができない。このひとの言うことなど、聞いているだけ無駄な気がしてくる。明確に言わない限り分かってくれないせいで、渡したくない情報を言う覚悟を決めなければならなかった。

「俺には他に好きなひとがいるので。折橋さんとは付き合えません。」

「それって友達って言ってたあのひとのことですか?やっぱり嘘ついてたんじゃないですか。」

「……違うひとです。」

いちいち正さなければいけないのは、余計な労力を消費する。折橋さんとの会話が長ければ長いほど、自分はダメージを負っていた。

「それって、好きなだけで付き合ってないってことですか?だったら、私でいいじゃないですか。せっかくこうやって告白してるんだから。……男の人ってやらしいことできたら、誰でもいいんでしょ。私、富野さんになら何されてもいいですよ。」

嫌でしかない折橋さんの話が、葛西の言ったことを思い出させる。葛西はあのとき、確かに「ひとがキスをするのは、気持ちいいから」だと言った。どうして今まで忘れていたのか。嫌いなひとの話で思い出したことも、葛西の言った言葉を忘れている自分も、この上なく嫌だった。

「……俺の好きなひとはもう死んでるので。伝えようがないです。俺はもうこの世にいないひとのことが、折橋さんとは比べものにならないくらい、好きなので。」

ふつふつと沸いた怒りをぶつけるつもりで言い放つ。折橋さんも、さすがにすぐには言い返すことをしなかった。

「……私って、そんなふうに思われてたんですね。富野さんの友達ってひとにも、私は敵わないんですか?……なんで、私じゃだめなんですか?」

「なんでって……。」

「だって、その人はもういなくて私はまだいるのに!そのひととは付き合ってたんですか?」

自分が、葛西との関係性をあやふやにしていたせいで、その問いかけは余計に苦しかった。

「なんでそんなこと話さなきゃいけないんですか……。折橋さんはいつも、自分のことしか考えてないですよね。こうやって何か訊かれることも、告白されたことだって、俺には迷惑でした。」

今まで我慢してきた怒りの原動力と、隣で葛西が見守ってくれている感覚が、自分を強くしている気がする。はっきりと、折橋さんに迷惑だと伝えられたのは、自分にとって大きな成長だ。そんな自分のことを、葛西はそこで受け止めてくれている気がした。

「富野さんは、告白したことってないんですか……。こんなに私、勇気を振り絞っていつも話しかけてるのに、迷惑って……。富野さんこそ、自分のことしか考えてないじゃないですか。」

「一緒にしないでください。」

「その好きなひとにだったら、告白されても絶対そんなふうに言わないんですよね。」

上の線路を電車が駆け抜けて、轟音が響く。その音と一緒に、隣にいたはずの葛西までいなくなっていく感覚が怖かった。葛西は自分に告白をして、その身だけを差し出すことを提案した。それは、今この状況と一体何が違ったのだろう。血の気が引いて、途方もない絶望が自分の表情までもを飲み込んでいく。そんな自分の変化に、折橋さんはいち早く気づいた。

「え……富野さんって、そのひとに告白されてるんですか?」

何も言い返せない間に、折橋さんは話を続ける。

「富野さんが告白を迷惑だって捉えてるなら、そのひとの気持ちも考えられてないですよ。だって、告白なんて欲の塊だから。そのひとが富野さんが言うように相手のことを考えてたら、そもそも告白なんかしないと思います。そのひとだって富野さんを自分のものにしたいから告白したんですよ。」

「……違う。そんなんじゃ、葛西はそんな自分勝手なことを思うような……そんなひとじゃない。」

揺れる視界から色が無くなっていくみたいだった。折橋さんの声も、かき消す轟音はもうしないのにうっすらとしか聞こえない。

「そのひとが死んじゃったから、富野さんが勝手にそのひとを良い人にしてるだけですね。死んじゃったから好きだって思い込んで、自分だけ助かろうとしてるんですよ。だって、もう死んじゃったひとは私みたいに迷惑かけてこないし、富野さんが好きだって思うだけで、富野さんの一番いいふうで解決しちゃいますもんね。」

折橋さんは最後まで言いたいことを羅列して、その場から走り去って行った。

[次回更新]5月15日 金曜日 23時予定

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