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  作者: 木々


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59/60

窮地

[登場人物]

富野瑛亮(22)

折橋愛花(21)

次の日も、その次の日も、折橋さんは昼休憩のたびに自分を捕まえては一方的に話をする。相変わらず彼女は言葉を羅列するだけで、自分の相槌が適当でも全く気にしていない。毎日昼休憩を邪魔される自分はこんなにも疲弊しているのに、彼女にはダメージが一つもない。そんなふうに考え始めると、次第に折橋さんの行動に対する怒りが湧いてきた。

「休憩、一人で取りたいので。もうついてこないでもらっていいですか。」

そんな日々が二週間ほど続いてやっと、断りを言葉にすることができた。毎晩、葛西の助言を受けては、今日こそ言おうと決意して家を出ても、肝心なところで折橋さんの圧に負ける。それを毎日、葛西は見下すように笑いながらも、自分の我慢強さを認めてくれていた。きっと、葛西の存在が無ければ自分はずっと、こんなことも言えずにいたのだろう。

案外、折橋さんはそれ以降あっさりと現れなくなった。それでも、あのコンビニの存在は知られてしまっているから、そこへ行ったら鉢合わせるかもしれない。断った翌日から、昼休憩で一度家まで帰ることにした。そのコンビニよりも家のほうが多少距離はあるが、自宅なら誰にも邪魔されることはない。休憩時間が短くなることより、少しでも安心できるほうが何倍も大事だった。

それから三日経ったころ、折橋さんは再び自分の前に現れる。今度は退勤のタイミングで声をかけられた。またいつもの調子で、彼女だけが楽しい会話を繰り広げ、自分は毎日帰るタイミングを見計らわなければならない。無理やりに「お疲れ様でした」と話を切って帰ろうとすれば、彼女は話を続けながらついて来ることもあった。これが続けば自宅まで知られてしまう、という新しい恐怖が生まれ、さらに帰るタイミングが難しくなった。

季節が変わったころ、自分よりひと回り以上歳上の社員さんに、ほとんど新品だがもう使う予定がないという自転車をもらって欲しいと言われ、好機が訪れる。自分はすぐにその自転車を譲り受け、社員さんの言うとおりに防犯登録を済ませた。自転車で通勤するようになってから、折橋さんは帰り際に話しかけてくることはあっても、もう後についてくることは無くなった。

多少は改善した状況で数か月が経ち、季節は冬になる。その日は、夜のうちに降った雪がシャーベット状になって凍り、とても自転車で出勤できるような状態ではなかった。玄関から見える景色は、あの日の受験を思い出させ、嫌な予感がする。今までは雨の日でも構わず自転車で通勤し続け、折橋さんにつけられないよう対策していたのに、今日はそれができない。仕方なく徒歩で通勤した自分を、彼女はいち早く察知する。

「富野さん、今日は自転車じゃないんですね。雪だとさすがに自転車は危ないですもんね。」

「ああ……はい。」

出勤したときは仕事を理由に話を切り上げられるからいいものの、これが退勤で帰るだけになるとそういはいかない。折橋さんは何の断りもなく、帰宅する自分に自然な態度でついてくる。

「今日寒いですね。」

「はい。」

折橋さんの悪気の無い圧に、どうしても自分は何も言えなかった。本心では嫌だと思っても、自分がこれに耐えられる限りは我慢してしまう。得体の知れない彼女を相手にするには、それが一番ことが丸く収まる。それに、今日だけ耐えてしまえば、こんな機会はそうそうやってこない。毎日続いた昼休憩のことを思えば、どうということは無かった。

「富野さんはクリスマスの予定ありますか?」

「いや無いです。」

「えー!彼女とかいないんですか?」

折橋さんはいつも、何も考えず自分が知りたいと思ったことを、すぐ訊けてしまう。ひとの気持ちなど考えていないし、そもそもひとに話しかけている意識すらないのかもしれない。そんな相手に、自分の個人的な情報など一つも答えたくもなかった。けれど、自分は本当のこと言うしかこの場の乗り切りかたを知らない。

「いないです。」

「えっ、そうなんですね。じゃあ私、クリスマスは富野さんと一緒に過ごしたいです。」

「……え?」

予想もしなかった方向からの言葉に、自分は眉間にしわを寄せて固まる。一つも意味が分からなかった。

「私、富野さんのこと好きになっちゃったと思うんです。ダメですか?」

折橋さんから好意を向けられ、心拍数だけは速いのに頭は回らなかった。脳に酸素が行き届いていないみたいに、何も言えなかった。好きになるのは彼女の勝手だ。言葉を羅列するだけの話とほとんど同じ。それなのに、どうにもその好意が気持ち悪くて仕方ない。どうして彼女の勝手は、いつも自分に向けられるのかを考えていた。

「すぐに返事もらえなくても大丈夫ですよ。私は待ってるので。」

本心のまま、相手のことを何も考えず返事をするのは簡単だ。ただ、嫌だと断ればいいだけ。しかし、真っ先に「どうして自分なのか」と思ったばかりに、薫に言われた言葉を思い出して、その判断を実行できなかった。精一杯思いを伝えた相手だと考えれば考えるほど、断り方が分からない。断ってしまえば、そこで相手を傷つけることになる。折橋さんを傷つけたくないのではなく、自分がこれ以上、誰かを傷つけたくないだけ。もう悪者にはなりたくない。今の自分は、とてつもなく卑怯だった。

[次回更新]5月8日 金曜日 23時予定

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