表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 木々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/60

不慣れ

[登場人物]

富野瑛亮(19)

小和瀬薫(20)

薫の衝撃的な報告は、続ける言葉を失うほどだった。空気を察した薫は、場を和ませるように笑ってみせる。

「いや、厳密に言えば、まだあるんだけど。彼氏と喧嘩して、昨日別れちゃったからさ。言ってなかったんだけど、年明けくらいから僕、ずっと家出気味で。ほぼ彼の家に住んでたの。」

「そうだったんだ。」

「卒業したら新居見つけて、すぐ出て行くつもりだったんだけど、審査全然通らなくてさ。彼も、ずっと一緒にいれるからこのままのがいいって言ってくれてて、その言葉に甘えて同棲してた。けどさ、最近は顔合わせるたびに喧嘩ばっかしちゃって、ついに昨日の夜で別れちゃった。今さらこんな格好で実家には帰れないし、いや帰りたくもないから、家無くなった、って感じ。」

「そっか。大変だったんだね。」

薫は淡々と話しながらも、どこか不安げな表情を浮かべる。無理もない。今まで生活を共にするほど、信頼を寄せていたひととの関係が終わるのは、想像しただけで苦しかった。

「まぁね。今夜はさすがに会いたくないし、ネカフェにでも泊まろうと思ってる。まだ彼の家に荷物置いたままで、鍵も返してないから、どっかのタイミングでまた会うことにはなるけど。早いとこ部屋探さなきゃね。」

起きてしまった出来事から、次の行動へ前向きにすぐ移れるのは薫の強さだ。それは認めていても、目の前で困っている友達に、手を差し伸べずにはいられなかった。

「……泊まる?うちでよければ、だけど。」

薫は大きな瞳を見開いて、静かに驚いた。

「え、いいよ。だってせっかく瑛亮は一人暮らし始めたのに。僕なんか居たら邪魔でしょ?」

「薫ならいいよ。」

「ほんと……瑛亮は、お人好しだよね。」

薫は呆れた様子で溜め息をつく。薫にどう思われたとしても、自分はそれでよかった。

「うん。」

「なんかもっと、他に言いたいことないの?一人暮らしする!ってあんなに息巻いてたくせに、とか。家あるなら余計な意地張ってないで帰れば?とかさぁ。」

「いや、顔を合わせたくないひとがいる場所に、わざわざ帰らなくていいと思う。全部、薫が決めることだよ。俺はそれに何か言える立場でもないから。」

「なんか……。瑛亮、知らない間に大人になった?」

「え……。」

顔が引きつる。その顔を見て、薫は心配そうに笑った。

「なんでちょっと嫌そうなの?笑える。」

「……なんでだろうね。」

薫の言葉は、自分だけが葛西を置いて、大人になっていく事実を突きつけられるみたいだった。ふと、ずっとそばにいたはずの葛西が、何も言わなくなったことに気づく。きっと、置いていかれるのは葛西も嫌なのだろう。

その夜から、狭い部屋で薫との生活が始まった。朝起きると、薫は昨日の残りで朝食を作ってくれていた。昨晩と同じように、折りたたみテーブルを二人で囲み、朝食を食べる。この部屋に自分以外のひとがいることが、まだ慣れなかった。

「そろそろ行くね。鍵って、置いてったほうがいい?」

「あー、そうだね。買い出しもしておきたいし。今日さぁ、夜何食べたい?」

「ん?」

「泊まらせてもらってるし、お礼っていうか宿代っていうか。僕、これでも少しくらい料理できるからね?」

「……食べたいもの、か。」

食べるもののことなど、毎日ちゃんと考えたことが無かった。スーパーへ行って、目の前に食べ物を見ればなんとなくで選べるのに、それが無いだけでとたんに難しい問いに変わる。

「今食べたばっかで思いつかないか。適当に買っておくけどいい?」

「うん。薫に任せる。」

「分かった!じゃあ、仕事頑張って。いってらっしゃい。」

「あ、ありがとう。いってきます。」

玄関先で誰かに見送ってもらうのは、変な感じがした。仕事を終えた夕方、いつもの調子で家の鍵を出そうとして、手を止める。家の鍵が開いているか分からず、インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。

「おかえり。」

「た、ただいま……。」

こんなふうにやり取りをするのは、少し恥ずかしくて、一瞬だけ合った目を、すぐに逸してしまった。

「夕飯すぐ食べる?」

「え、あ、うん。」

「分かったー。すぐ用意しちゃうね。」

薫は狭いキッチンに立ち、手慣れた様子で料理をする。一時間もしないうちに、小さな折りたたみテーブルの上には、生姜焼きとサラダ、白米、味噌汁が並ぶ。その中には、買った覚えのない食器に盛り付けられた料理もあった。

「炊飯器無かったからご飯はレンチンのやつで、お味噌汁も即席のだけど。あ、その辺は買い置きもしといたから、また好きなタイミングで食べて。」

あれもこれも薫にやってもらってばかりで、申し訳ない気持ちが湧いてくる。

「こんな……いいの?これ、食器とかも。結構したんじゃない?」

「えー心配しなくても、ちゃんと稼ぎあるから!今日だって、これ食べたら仕事行くし。また朝方ここ帰ってきちゃうけどね。いただきまーす。」

「薫は、何の仕事してるんだっけ?」

そう訊いてから、手を合わせて小さく「いただきます」と言い、料理を一口食べる。脳を刺激するような美味しさだった。最近はスーパーの惣菜や弁当ばかりで、誰かの手料理食べるのは久々だ。

「バーで働いてる。そうだ、今度瑛亮もおいでよ。ゲイバーってイメージ派手な感じだけど、うちは結構落ち着いてるし、初心者でも来やすいよ?」

「いや俺はいいよ。」

「あれ?瑛亮ってまだ未成年だっけ?じゃあ、二十歳になったらおいで。誕生日いつ?」

「誕生日は……来月だけど。」

「夏生まれなんだ!なんか意外。欲しい物とかないの?せっかく二十歳なんだし。お祝いするよ。」

このまま生きていたら、自分も二十歳を迎えてしまうのか、と嫌気が差す。口に入れた料理も、すっと味が消えていくようだった。

「べつに無いよ。自分の誕生日、嫌いだから。」

「そうなの?なんで?」

「毎年体調崩すし、いい思い出も無い。」

食事をする手を止め、現実から目を背けるように、想像の中に生かした葛西のことを考える。自分だけが食事をして働いて、二十歳まで生きてしまうことに、やるせなさを感じた。

「えー、そうなの?でも一人暮らしで体調崩すのしんどいよね。もしそうなったら、僕のこと遠慮なく頼ってね。食べ物とか、必要なものあったらなんでも届けるから。」

「え……ありがとう。」

「瑛亮は僕が困ってるときに助けてくれたから。逆のときは任せてよ。」

思えば、薫はいつもそうやって、自分を現実に繋ぎとめてくれた。こんなにも出来た薫でさえ、人間関係がうまくいかないときがある。だとすれば、自分が葛西と真正面から向き合えなかったのは、当然の結果なのかもしれない。

[次回更新]4月21日 火曜日 23時予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ