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  作者: 木々


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51/60

哲学

[登場人物]

富野瑛亮(19)高校四年生

小和瀬薫(20)高校四年生

三家良樹(18)高校三年生

三家逸樹(17)高校二年生

葛西の面影が、他の誰かと重なる。そんな感覚は初めてだった。驚きと困惑とともに、嬉しさのあまり感動が押し寄せる。

「……瑛亮?どした?」

「あ……ごめん。」

薫に心配され、我に返る。それでもまだ浮足立った感情は、現実の世界から自分を遮断する。相槌を打っているだけで、薫の話は全く頭に入らなかった。午後の授業も時計の針ばかりを見て、終わるとすぐに学校の図書室へ向かう。掴んだ感覚を忘れないうちに、思いついたことを試したかった。家に帰るまでの時間さえ惜しく、ふだんなら避ける自習スペースの真ん中の空席に座る。鞄から適当な裏紙を取り出し、それまで書き留めていた葛西とのことを書き出す。何度も繰り返し読んでいたから、容易にすらすらと書き出せた。

そもそも、葛西は自分とは真逆の人間だ。賢くて人当たりがよく、常に色んなことを考えている。何も考えていない自分とは全く違った。つまり、自分が真っ先に思いつく程度の浅はかな考えを捨て、時間をかけて考え抜いた先に到達する考えこそ、葛西の考えに最も近い。これを書き出していけば、あのとき脳裏に浮かんだ未来の葛西を、もっと高い解像度で想像できる気がする。今も葛西が生きていたら、どんな顔をして、どんなふうに、どんなことを話すのか、早く知りたくて仕方がなかった。

葛西が告白してくれたのは五月。このとき、葛西が付き合おうとは言わなかったのは、きっと自分に気を遣ったからだ。あのころの自分に、気遣いなんて必要無かったのに。自分がちゃんとした返事をしなかったせいで、あんな歪な関係性にせざるを得なくなった。葛西はリップクリームをくれた。これもまた、葛西なりの気遣い。自分に利用している罪悪感を植え付けないため、あんなことを積極的に望む素振りを見せるためだ。誕生日に学校で待っていたのも、わざわざプレゼントをくれたのも全部、そのための物資。馬鹿な自分は、この強大な罪悪感にも気づいていなかったのに。宿題を写させてくれる代わりに、夏らしいことをしたいと言ったのは。

「……なんでだったんだろう。」

自分と真逆だとすれば、葛西は季節を感じたかった。けれど、それではない気がする。葛西は常に色んなことを考えている、自分になんか想像もつかないようなこと。状況は、目の前にいる自分が何時間もかけて答えを書き写し、夏休み最後の一週間で宿題に追われていた。

「まさか、つかの間の息抜きを俺に提供するため……?」

その考えに辿り着いた瞬間、体の芯を通る神経がびりびりとした。葛西の視野の広さと、状況を奥行きまでしっかりと見る力。多少流れは強引でも「交換条件」という、一見すれば取引にも見える方法に持ち込むことで、さも自分のしたいことかのように提供する。宿題を見せてほしいと頼んだ自分との上下関係を、葛西はその一言で対等な関係に引き上げたのだ。

昼夜を問わず、葛西の行動原理を考える日々が続いた。一度答えを出したことでも、もう一度よく考えれば別の「これだ」と思う完璧な答えにたどりつく。そのたびに、体がぞくぞくして鳥肌が立つ。この感覚はときに、意識が吹き飛びそうになるくらい堪らなくて、のめり込むように「葛西の今」を考えるようになった。後悔はやがて、空想上の葛西を創ることに作用した。自分だけの葛西を蘇生させることができたのだ。感覚が掴めたあの瞬間から、季節が移り変わった今でも、その行為は変わらなかった。

一年前にも来た公園の入口で、慣れない格好で、硬い革靴の先に砂が付かないように立っていた。駅のほうから、薫が手を振っているのが見えて、右手を上げる。

「瑛亮、ごめんお待たせ。」

「うん。大丈夫。」

卒業式へ参加するため、待ち合わせ場所へやって来た薫は、自分の前でくるりと一回転してみせる。

「ねぇ、これどう?」

「うん。すごく似合ってる。」

赤みがかった濃い茶色のスーツを着こなす薫は、得意気に微笑みを浮かべる。

「でしょ?成人式もあったからさ。そのお祝いで、彼がオーダーメイドスーツ買ってくれたの。ねぇこれ見て?近くで見るとチェック柄なんだよ!可愛いでしょ?一緒に生地から選んだんだ。」

薫が見せてきた袖の生地を、近くに寄ってまじまじと見る。

「へぇ、本当だ。すごい。」

顔を上げると、薫は穏やかな視線をこちらに向けていた。

「瑛亮も、褒めてもらった?」

薫の表情と声のトーンから、葛西のことを指しているのだと、すぐに察した。

「ああ……うん。俺はどれでもよかったんだけど、あいつはそうじゃないだろうと思って、選んだ。」

「そっか。よかったね。そろそろ会場行こっか。」

薫が先に歩きだし、その後について歩く。自分の中の葛西は、簡単な質問になら答えてくれる。何かを選ぶとき、どちらか迷ったときは、葛西が決めてくれたり、イレギュラーな場面に遭遇したときは、あとで反省しすぎないように考え方を提示してくれる。そうして、葛西は着実に、自分の中に根を生やし、今も生きていた。

「富野先輩、薫先輩、卒業おめでとうございます。」

式が終わって会場を出ると、ホールで待っていた三家先輩の弟、良樹くんと逸樹くんが花束を渡しに来てくれた。

「えー!ありがとう!」

「あ、ありがとう。」

隣で嬉しそうに受け取る薫に対し、自分は不格好に、ぎこちなく花を受け取った。二人は学校でも常に一緒にいて、昼食を一緒に取ったりしたのは良樹くんが入学した一年間だけ。授業で顔を合わせたら挨拶をする程度だった自分は、先輩らしく気の利いた会話も続けられなかった。

「ねぇ、蒼太くん元気?連絡取ってる?」

「はい。よく連絡来ますよ。元気そうです。」

薫が会話のきっかけを出してくれて、良樹くんがそれに答え、逸樹くんも隣で頷く。

「最近はサークルに打ち込んでるみたいです。写真、あったっけ?」

「あ、これです。」

良樹くんがスマホの画面を見せる。そこに写っている三家先輩は、テニスラケットを片手に友人たちと楽しそうにしていた。

「えー、ほんとだー。なんか焼けた?でも元気そうで何より!」

その場で良樹くんたちとは別れ、薫と一緒にホールから外へ出ると、母がそこで待っていた。

「瑛亮。卒業、おめでとう。」

「あ……ありがとう。」

「お花、もらったんだ。綺麗だね。」

「うん。後輩が来てくれて。」

照れくさくて、なぜかまともに目も合わせられなかった。ただ、嫌な態度だけは取らないようにだけ、気をつけていた。

「お母さん?」

「あ、うん……。」

そう答えると、薫は自分の隣を離れ、母のほうへ体を向ける。

「初めましてー。四年間、瑛亮くんと仲良くさせてもらってた小和瀬です。」

「ああ……それは、本当にありがとうございました。これからもぜひ、瑛亮と友達でいてやってください。」

母が薫にお礼を言い、薫が「こちらこそ」と言っている光景は、気恥ずかしくなんだか不思議なものだった。

「あっ、写真撮ってあげようか?お母さんと二人で。」

「え、いいよ。」

「せっかくだから!あとで送るからさ、僕ので撮るよ!そこ、卒業式って書いてるとこの横並んで!」

薫は自分の言ったことなど聞かないで、早速スマホを構えている。写真を撮らないと終われない状況に、乗らない気持ちで母の隣に並ぶ。

「撮りまーす。はい、チーズ!」

一年前と違い、写真の中ではうまく笑えなかったけれど、それはそれで周りに流されやすい自分らしいと、葛西は笑ってくれた。

[次回更新]4月10日 金曜日 23時予定

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