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  作者: 木々


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50/60

浮遊

[登場人物]

富野瑛亮(19)高校四年生

小和瀬薫(19)高校四年生

薫も海に誘ってくれたとき、夏らしいことをしようと言っていた。きっと、季節を感じたくないのは自分だけ。過去を過去にしないと決めたのに、季節が巡って、自分だけが置いていかれるのは嫌なのだ。自らの傲慢さに嫌気が差す。溜め息をつき、惰性でファミレスのメニューを開く。

腹は減っているのに、胃は食べ物が入ることを拒否しているのか、メニューを一周、二周と眺めても注文しようと思える料理はない。結局、ここへ一人で来るときの定番になった、ドリンクバーとフライドポテトを注文する。進まない手でフライドポテトを少しずつ口に放り、ドリンクバーのカルピスとオレンジを混ぜたジュースで流し込む。たったこれだけの食事に、一時間弱かけてから、帰路についた。

玄関の扉を開けると、珍しく母が玄関まで出てくる。ぎこちなく「ただいま」と言うと、母は「おかえり」と返した。その後の続け方が分からず、自分はその場を離れようとする。

「瑛亮、誕生日おめでとう。」

母は、階段を上がっていこうとする自分を、引き留めるように言った。不意をつかれて、足が止まる。無理やりに体力を消費させて、あの夏の日とも無理やり向き合って、やっと少し落ち着いたのに、胸を締め付けられる思いだった。

「うん……。それ、毎年言わなくていいって、いつも言ってるよね。」

「そうだったね、分かった。瑛亮、ごはんは?」

「大丈夫。食べてきたから。」

一度も、母の顔を見ないで答えた。本当はそんな態度を取りたくない。自分に、母の気持ちを考える余裕があれば、もっとうまく返せたのだろう。もう慣れたと思ったのに、まだこれが自分の弱みだと意識させられるのが、苦しかった。

この日から一週間くらいは、体調の悪い日が続いた。しかし、九月に入るとめっきり治まる。この期間は、普通に生きようとする自分を拒否する。一種のトラウマだ。でも仕事をしている間は、気を張っているせいか、責任感と体力がついたからか、はたから見れば普段と変わらず、作業をすることができた。そんなふうに繕える自分が、まるで自分ではないように思えて、決まった作業を行うだけのロボットかと錯覚する。仕事が終われば、夜なかなか寝付けないために、朝起きるのが難しく、仕事を終えた途端、プツンと糸が切れたように何事も手につかなくなる。そんな日が一週間以上続くのは、身体的にも、精神的にも堪えた。

疲れのせいか、自分が毎日何を考えて、何を思っているのかさえ、分からなくなってくる。ロボットのように仕事をするだけなら、工場にいるのは自分でなくても構わないような気がする。体だけが動いて、意識はこの世から消えていきそうな、やりきれない寂しさを感じたとき、浮遊した意識を引き戻すのは、決まって葛西の存在だった。崖のふち、ギリギリに立つたびに、せめて葛西のことだけは残したい、と思う。葛西の、自分への思いを知っているのは、この世に自分しかいない。また自分が、何のために生きているのか分からなくなったとき、葛西を近くに感じられるよう、憶えているかぎりで葛西のことを書き留めはじめた。

夏の暑さが落ち着いて、久々にスクーリングで薫と顔を合わせる。また少し、薫の雰囲気が変わっていた。どこが変わったかと言われると、自信を持ってここだと指摘できないけれど、見た目の雰囲気も、纏う空気感も、夏の前に会ったときの薫ではなかった。

昼休み、薫と二人で昼食を取っていると、唐突に薫は「あっ」と言って、箸を置く。

「そういえばさ。誰にも言ってなかったけど、瑛亮には言っておかなきゃね。」

「何?」

「僕、彼氏できた。」

薫は嬉しそうにするわけでもなく、淡々と言う。自分が新しい仕事を覚えて、その生活に慣れるため必死になっていた間に、薫は自身の理想へまたひとつ近づいていた。

「そっか、よかったね。」

「えー?そんだけ?もっと質問していいよ?どんなひとなのーとか。」

「あっ。どんなひと?」

薫は頬を緩ませ、大きな瞳の視線を左右に動かす。やっと、自分の知っている薫が見れた気がした。

「えー、あのね。十個上だからすっごく優しくて、顔もかっこいい。」

「へぇ。」

「もっと訊いてよ!どこで知り合ったのー、とか、どうして付き合うことになったのー、とか!」

淡々と報告をしたときの薫とは打って変わり、嬉々とした表情で、食い気味にこちらへ近づく。

「あっ。どうして付き合ったの?」

「なんかー、初めて会ったときに向こうから声かけてくれてー、何回かデートしていいなー好きだなーって思ってたら、向こうが告白してくれたから、その場でオッケーした、みたいな?えー、恥ずかしー。」

薫は嬉しそうに笑い、恥ずかしそうに顔を隠す。それを見て、こちらも頬が緩んだ。

「そっか。薫が幸せそうで、よかった。」

「ほんっとに幸せ!なんかね、好きになったきっかけって、些細なことなんだけど。彼、初対面からずっと僕のこと、薫ちゃんって呼んでくれるの。そうやって呼ばれたの、初めてでさ。なんか嬉しかったの。」

「そっか。」

薫はこちらをじっと見て、疑う素振りをみせる。

「ねー、僕のこと今、単純って思ったでしょ?」

「思ってないよ。」

「いいよ?そう思って。自分でも単純だなーって思ってるから。ひとにとってのそんなこと?が僕にとっては、すごく大事だったってだけだから。好きなひとから好きって言ってもらえるのって、今まで生きてきた人生のなかで、一番幸せな瞬間だったの。」

薫は心の底から幸せそうに、嬉しそうにしていた。すぐそばにいる薫が、ずいぶんと遠くにいるみたいに感じる。自分はその姿を、想像の中だけにいる未来の葛西と重ねていた。

[次回更新]4月7日 火曜日 23時予定

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