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  作者: 木々


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49/60

季節

[登場人物]

富野瑛亮(18)高校四年生

小和瀬薫(19)高校四年生

薫の言葉の意味は、頭で理解できても、すぐに切り替えられるほど、簡単なことではなかった。

それを保留にしたまま、来年から社員になることを見越して、アルバイト先の工場で、四月にから新しい仕事を覚えることになる。最初は時間がかかっても、失敗してもいいから、繰り返すことで作業に慣れていってほしい、と言われた。指導してくれる社員さんも、丁寧に教えてくれて、余分があるから気にしなくていい、と何度も言われる。自分の心が折れないようになのか、そうして配慮される環境に甘えながら週五日間、毎日出勤して一生懸命に仕事を覚えた。

一日の生活のなかで新たに、家に帰って覚えたことを反芻する時間が増える。今までは、学校に提出するレポートにあてていた時間だった。そのときは合間に、読書をすることもあったが、四月のあいだ平日はその反芻に必死で、土曜日になってやっと、家か図書館でレポートを終わらせる。日曜日にはスクーリングへ行って、このときも時間があればレポートに取り組む。このスケジュールを繰り返すのが、精一杯だった。そのせいか普段より、一か月過ぎるのがとても早かった。

あっという間に五月になって、大型連休も終わり、梅雨に入る。この雨の日々が終わったら、またあの暑くて、いやな毎日がやってくる。現実逃避なのか、ずっとこの雨の季節が続いてくれればいいのに、と無駄な願望を抱いたりした。夏は、精神的にも大変な時期。今でもまだ、葛西に対する申し訳なさと、一度も「好きだ」と言ってあげられなかった後悔が、腹の底で重りのように沈んでいる。葛西が自分のせいで死んだことを、直視しないで済むように、毎日を忙しく過ごしている。罪悪感を誤魔化して、今も自分だけが生きている、そんな感覚だった。

梅雨が明けてすぐ、薫から連絡が来る。内容は「海へ遊びに行こう」というものだった。正直、最初に思ったのは面倒だ、という薫には直接言えるわけもない本心。毎日の仕事で溜まった疲れと、どこかへ出かけるという気力のいる行動が、その言葉に集約されていた。その日のために物を買い揃える時間や手間まで考えると、行ったときの楽しさが、それを上回らないのは明確だ。でも、薫から遊びに誘われたのは、この日が初めてだった。適当な理由として、アルバイトを使って返信する。

「新しい仕事に慣れるまでは余裕がなくて。休みも取りづらいから。」

すぐに薫から返信が来る。

「土日は?仕事のリフレッシュも必要でしょ。夏らしいことしようよ。」

「土曜はレポートやらなきゃいけないし、日曜は学校行かないと。」

「夏のあいだはいつも自主的に夏休みにしてたじゃん。一日休んだくらいで卒業できないとか、瑛亮そんなギリギリの単位じゃないでしょ。」

薫の返信で、もう夏になるのか、と思った。薫の言う通りで、返す言葉もなく困り果てる。メッセージは既読にしたものの、何と断ったらいいか分からない。せっかくの誘いを断れる正当な理由が見つからないまま、半日が過ぎたころにやっと、薫には本当のことを話そうと決心する。

面倒などという、無慈悲で直接的な言葉を使わず、海という場所へ行くのが億劫に感じること、薫と出かけるのが嫌というわけではないから、また機会があれば誘ってほしいことを伝えた。薫は意外にも、あっさりとした返事で、遠慮せず最初からそう言ってくれればよかったのに、と言ってくれて、ホッとした。

今まで続けていたことが少しずつ変わって、その変化に適応しようと一生懸命になると、一か月や二か月などあっという間だ。その週は、月曜日から気が重い日が続いていて、木曜日の朝、職場でタイムカードを見て気づく。この日は自分の誕生日だった。

それを意識する一日は、普段と違う。ずっと、得体の知れない焦燥感と、重くのしかかる罪悪感、そしてもう二度と葛西に会えないという喪失感と虚無感。すべてが自分の足を引っ張って、もうとっくに覚えたと思っていた箇所で、失敗する。焦りは次第に、自分へのイライラに変わる。仕事が終わるまで耐えた反動か、帰り道には限界値を超えた。どこかへ逃げたくなるくらいの恐怖と罪悪感で、普段なら真っ直ぐ帰る道を、あてもなく歩き続けた。この感情をどう発散していいのかも思いつかず、ただひたすらに歩く。こうしているのを薫が知ったら、また呆れた顔をされるだろう。

知らない道を歩いていたはずなのに、気づけば見知った大通りへ出る。この道を真っ直ぐ歩いていれば図書館が見えてきて、もう少し行くと、例のファミレスが出てくる。目に見える見慣れた風景が、意識を現実へ引き戻す。それと一緒に、自分の体の感覚が戻ってくる。腹が減り、歩き疲れて、足の裏や膝のあたり痛みを感じた。結局、以前と同じパターンで、ファミレスへ入る。その日はたまたま、あの日と同じ席へ案内されてしまった。何も考えていなかったころの自分を思い出すのが苦しくて、せめてもの(あがな)いか、葛西が座っていた椅子に座る。葛西はこの席からずっと、自分がワークを写す姿を見ていた。どんな思いだったのか、ここに座ることで、自分は少しでも葛西のことを分かろうとする。

「交換条件……。」

ぽつりとつぶやく。葛西はワークを貸す代わりに、夏らしいことをしたいと言った。どうして、そんなことをしたがったのだろう。季節なんて、勝手に移り変わって、毎年自分を置いていく、いやなものなのに。

[次回更新]4月3日 金曜日 23時予定

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